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第3話『死神は俺だ』

 




 飛鳥が『死神』呼ばわりされてからの、彼の行動は驚くほどに早かった。


「いきなりのこのこと出てきたと思えば、なんてこと……!」


 飛鳥はものすごい剣幕で怒りを剥き出しにしながら、少年の胸倉を引っ掴んでいる。

 遊魔を追いかける時とはまるで別人のように。


 それでも小柄の少年は怯むことなく、平然としている。


「僕は事実を言ったまでだ」


「何を……っ!」


 飛鳥の怒りは更にヒートアップし、今にも殴りかかりそうな勢いだった。


「やめとけ」


 が、遊魔の冷静な一言で、飛鳥は仕方なく手を放した。


「ゆーくん……」


 飛鳥は不安げな瞳で、遊魔をじっと見た。


「『死神』は俺だ」


「えっ……?」


 遊魔が毅然とした態度でそういうと、少年は冷淡な笑みを浮かべた。


「そいつを(かば)ったつもりか」


 その見下すような口ぶりが癇に障った飛鳥は、再び少年をキッと睨む。


 遊魔は何も答えない。


「……あるいは、それも事実か?」


 少年がそう言うと、空間がピリッと緊張感に包まれた。


「『神出鬼没で謎が多い』と人々からは言われているみたいだが、その裏で非人道的な行為をしている可能性もゼロではないな。あるいは、()()()()()()()()()()自然と災いを……」


「ふざけないでよ‼」


 飛鳥が怒鳴り声をあげた。


「でたらめばっかり言っちゃってさあ……」


 飛鳥は声を震わせて言った。


「ゆーくんは英雄なんだよ? この街に現れる怪物たちを倒してるんだよ⁉ 死神だなんてそんな……そんなわけないじゃん……」


 沈黙が続き、彼は遊魔に振り向いた。


「ねえ、ゆーくんも何でそんな……」


 遊魔は、恐ろしいほどに落ち着き払っていた。

 少年の言葉に憤るでもなく、かといって悲嘆にも暮れず、彼は一切の感情をも持っていないようだった。


 そんな彼を見た飛鳥は、何か大きな力に圧倒されたような気持ちになり、また、自分が感情を剥き出しにしたことが徐々に恥ずかしくなり、口をつぐんでしまった。


「言わせておけ」


 遊魔は諫めるように、目を伏せて言った。

 ぴんと張り詰めていた空気が、徐々に和らいでゆく。



「僕は……絶対に信じないからね」


 飛鳥は意地を張る幼子のように、俯きがちに言った。


 そんな彼をせせら笑うように、少年は鼻から小さく息を洩らした。


「まあいい。お前が何者であれ、ディアロイドを駆逐するのは僕たちの……」


 そう言いながら、少年は胸ポケットのボタンを外してその中の物を取り出す。

 が、その時。


「ちょっとちょっと、(かい)ちゃん!」


 第三者の介入により、少年の動作は止められてしまった。


「ディアロイド見つけたんなら、すぐ報告しないとー。でないと俺ら心配しちゃうよ?」


『海ちゃん』と呼ばれた少年に駆け寄ったのは、先ほど怪物にやられかけたところを遊魔に助けられた、屈強な青年だった。


「す、すみません……」


 少年は決まり悪そうに俯いた。


「まあ、無事でなにより……ん?」


 青年は遊魔たちの存在に気づき、目を見開く。


「あんた、さっきの!」


 表情を一切崩さない遊魔に対し、指を差す青年。


「いやあさっきは世話になっちゃったねえ……。海ちゃんの様子を見るに、そいつもあんたが倒したってわけかい?」


 青年は、地面に横たわる極彩色の羽の怪物を顎で指して言った。

 遊魔は無言でこくりと頷く。


郁仁(くにひと)さん……、そいつと知り合いなんですか?」


 少年は半信半疑で尋ねた。


「んや、ついさっき初めて会った。俺が戦ってる途中にふらっと現れてよ」


 郁仁は手をひらひらさせて言った。


「俺がやられそうになったところを、助けてくれたんだ」


 と彼が正直に言うと、少年は表情を強張らせた。


 まさかこの人が追い込まれて、それもよりによってこいつに助けられるだなんて。

 感情をあまり露骨にしない彼でもなお、そんな気持ちがすぐに読み取れる態度だった。


「一応命の恩人ってことだし、そっちこそ知り合いか何かみたいだけど、あんま意地悪しないでやってくれよ?」


 よその子供を諭すように言われると、少年は不服の表情を浮かべるも、大人しく返事をした。

 そんな様子を見ている飛鳥は、いい気味だとばかりに、肩を震わせながら笑いをかみ殺している。


「あ、そうだ、一応言っとかなきゃな」


 郁仁は思い出したように、先ほど少年がしようとしたのと同じように、胸ポケットからさっと何かを取り出した。

 遊魔たちが見ると、専用のケースに入った証明書で、彼の顔写真の下に名前が記載され、さらにその下には、同じくらいのサイズで彼の属する団体の名が記されていた。


「ルーンフルム防衛局・通称GOL。ディアロイドの駆逐が主な活動だ。で、本部直属の部隊の中で、俺達は主にこの第42区を担当している」


 彼はそう言いながら、カードをしまう。


「んじゃ、俺たちの役目はないみたいだし、これで失礼するよ」


 郁仁は遊魔たちに軽く手を振ると、行くぞ海ちゃん、と言いながら少年の肩に手を置き、その場を後にした。


 だから海良(かいら)と呼んでくださいよ、と言った少年は、一瞬だけ遊魔たちに向けて軽蔑の目を向けて去っていった。


 二人が遠ざかると、飛鳥は海良の背中に向けて、べえ、と大人げなく舌を突き出した。


 その後ろで、遊魔によって倒されたディアロイドは、魔力を吸い取られることなく自然消滅した。

 遊魔それを確認し、飛鳥のほうを向くと、彼は唇をかみしめて悔し気な表情をしていた。


「僕は死神なんかじゃない……」


 彼は両手をきつく握りながら、喉から絞り出すように言った。


「あんなの、絶対嘘だ……」


 そんな彼を見かねた遊魔は、落ち着き払った態度で、こう言った。


「奴の言うことは気にするな」


「ゆーくん、どうしてさっきあんなこと……」


 遊魔が自ら『死神』と言ったことだ。


「……俺は事実を言ったまでだ」


 どういうことだと飛鳥に訊かれても、遊魔はそれ以上、何も言わなかった。


「そろそろ帰れ」


 一瞬寂しそうな顔をする飛鳥。


()()()()()()帰れ」


 と、遊魔は念を押すようにもう一度言った。


「わかった、今日は帰るね」


 飛鳥はその言葉に素直に従った。


「じゃあ、明日もまた会いに来るから、待っててね」


 別に待たないが、と言う遊魔の言葉を無視するように、ばいばい、と飛鳥は手を振った。

 そして前に向きなおると、軽い足取りで歩きながら、首にかけていた愛用のヘッドホンを装着した。

 飛鳥の銀色の髪が風にそっと揺れる。


 やがて夕日が沈み、あたりが暗くなり始めると、遊魔は急ぎ足で行くべき場所へと向かった。

 人でにぎわう通りを過ぎ、誰も見ていないタイミングで屋根の上に飛んだ。


 少年は、開けた空のもとで、屋根から屋根へと軽い足取りで飛び移る。

 そして目的の場所へとたどり着いたころには、漆黒の空の中で、金色の巨大な月が煌々と輝いていた。


 決して欠けることのない、毎夜必ず現れてはこの地を照らす、大いなる天体が。



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