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第2話『飛鳥の拠り所』

 




「来たよ、ゆーくん!」


 少年が振り向くと、銀色の髪を肩まで伸ばした同年代の人物・飛鳥(あすか)が満面の笑みを浮かべていた。


 彼は黒い学ランの第一ボタンだけを留め、左腕のみを袖に通すという、独特の着方をしている。

 首には、黄緑色のラインが入った黒いヘッドホンをかけている。


 ぱっちりと大きな金色の目は、見る者たちに黒猫のそれを想起させた。


 遊魔は道端の石ころを見るような目で、2,3秒その姿を確認すると、何事もなかったかのように無言ですたすたと先に進んだ。


「ちょっとちょっと、ゆーくんってばー!」


 飛鳥は慌てたように追いかけた。


「別にお前のことは待ってない。あとその呼び方はやめろ」


 そんな彼を無視して、遊魔は歩き続ける。


「やだ。だってこっちのほうが呼びやすいし、親しみも込められてる感じするもん」


「別に呼び名に親しみなど求めてないし、俺がやめろといったらやめろ」


「やだっ」


 飛鳥は短い眉をぎゅっと下げ、わがままな子供のように口を尖らせた。


「お前な……」


 たちまち呆れる遊魔。


「というか、いつまで俺についてくる気だ」


「うーん、僕が飽きるまで」


「どれだけ暇なんだ」


 飛鳥は従順な飼い犬さながら、遊魔のそばにくっついて歩いている。

 遊魔が急に早足になっても、ちゃんとそれにしたがって歩くスピードを速める。


 飛鳥はいつも――ほぼ毎日と言っていい頻度で遊魔の前に現れては、日が暮れるまで彼について回っている。

 その時の飛鳥は常に憎めない笑顔を浮かべていて、時々、身の回りのことなどをほぼ一方的に話している。

 どれだけ遊魔の反応が素っ気なくても、飛鳥は懲りず彼に構い続けた。



 すると飛鳥が小走りし、呆れ顔の遊魔の横に並んでからこう言った。


「だって、ゆーくんに会うのが僕の一番の楽しみなんだもん」


 そう言われた遊魔はますますしかめ面になり、顔を背けた。

 そして、何なんだそれは、と言う代わりにため息をついた。


 橋の上を通る途中、真横の自由人が一向に離れる気配がないと感じた遊魔は、とうとう耐えられなくなり、ぴたりと立ち止まった。

 彼にずっと付き従う少年はつんのめり、慌てて止まる。


「お前、このくだり何回目だと思ってるんだ」


「えっ?」


 難解な話を聞かされたような表情を浮かべる飛鳥。


「お前が夕方の時間帯に俺を待ち伏せしてから、どんだけ暇なんだと俺が突っ込むまでの一連の流れだ」


「んなのいちいち()()()()ないよー……」


 そう言いながら指折り数える飛鳥に、遊魔は正面に向きなおってきっぱりと答えた。


「60回目だ」と。


 再び歩き始めた遊魔を追いながら飛鳥は、おお、と感嘆の声をあげた。


「感心しするな。要は『俺に付き纏うのもいい加減にしろ』ってことだ」


「『付き纏う』って、人を虫みたいに!」


「そこまでは言ってない」


 遊魔は冷静に言った。


「ともかく、お前はどうして毎日懲りずに俺に付いてくるんだ」


 二人は同じ速さで歩き続ける。


「他に行くところはないのか」


 遊魔は強い悪意もなく、平坦な声で言った。


 すると飛鳥は突然、誰かに動きを鈍らされたかのように、重々しく立ち止まった。

 俯きがちの顔には、影が差している。


「……それってさあ、僕の事情を知ってる上で言ってるの?」


 一気に冷たくなった飛鳥の声を聞いた遊魔は、慌てて後ろを振り向く。


 彼がその姿を目視した瞬間、冷たい風が吹き込んだ。

 その風は、俯きがちの飛鳥の銀色の髪を浮かせ、学ランの裾を靡かせる。

 一対の大きな瞳は前髪越しに遊魔を見据え、鈍く光っている。


 背後で何かどす黒いものが蠢いているかのような気配を、遊魔は感じる。

 恐ろしいほどの真顔になった飛鳥が口を開いた。



 ――「()()僕を一人にするの?」


 再び冷たい風が吹き、今度は遊魔の身体を貫いた。

 実体化した風は彼の奥底に眠る物を引っ掴み、そして外側に引っ張り出そうとし――。


「何が言いたい」


 拳をぎゅっと握りながら、遊魔は低く言った。

 冷たい風はぴたりと止んだ。


「……あはは、冗談だよ」


 と、飛鳥は乾いた声でぎこちなく言った。


「後からそう言えば許されると思うのか」


 遊魔は突き放すように、ぴしゃりと言った。

 そして進行方向に厄介なものの気配を感じた彼は、先に進はまず、また来た道に戻った。


「ねえ待ってよゆーくん、ごめんってば!」


 飛鳥が今にも泣きだしそうな声で追いかけても、遊魔は無言ですたすたと歩き続ける。

 そしてだんだんと歩く速度を上げていき、飛鳥は必死に彼に追い付こうとした。


「ねえ待ってよ! 何とか言ってよ! ねえ――」



 ――やっぱり僕を一人にするの?


 飛鳥はそう叫ぼうとし、どうにか自分の中に押し込んだ。


 それと同時に、彼は背後から何者かの気配を感じた。

 普通の人間にしては大きく、嫌な気配を感じて飛鳥は振り向いた。



 背後から怯えた声が聞こえ、遊魔は舌打ちしながらまた道を引き返した。


「結局追い付きやがったか」


 その視線の先では、極彩色の羽を垂らした腕が、飛鳥の両腕を後ろから捉えていた。

 大きなくちばしが、今にも飛鳥を痛い目に遭わせようとしていた。


「離せっ……このバケモノめ……!」


 飛鳥はそれを振り払おうと必死に抵抗するが、両者の力の差はあまりに大きかった。


「今すぐそいつを離せ。後お前も下手に抵抗するな」


 と、遊魔は二人に命令しながら、本日2回目となる変身を果たした。


 怪物の両腕から垂れる翼に描かれた大量の眼が、一斉にその姿を睨む。


 怪物の腕に捕らわれている飛鳥は、瞳を輝かせた。


「ゆーくん……」


「『チェーン/サンダー』」


 遊魔は無表情のまま、手の中から雷を纏った鎖を出現させた。

 閃光のごとく空中を走るそれはディアロイドの顔面に命中し、飛鳥は腕の中から開放された。


「わ、っ!」


 飛鳥は軽くよろめく。


「いつも俺のそばであれだけ歩いてるくせに、足腰はそんなものか」


 遊魔は涼しい顔でそう言いながら、鎖を手の中に引っ込める。


「もう、ゆーくんったらー!」


 たまたまよろけただけだよ、と、飛鳥は口を尖らせた。


 そんな彼をよそに、遊魔は前面に出て物理戦に移った。


「逃げろ」


 遊魔は怪物と向き合いながら、後方にいる飛鳥に言った。


 しかし彼は何も答えず、いつまでたってもその場を離れようとはしなかった。

 その表情には、戦闘を最後まで見届けたいという気持ちが表れていた。


「……好きにしろ」


 そんな彼を横目で見た遊魔は諦めたようにそう言い、怪物に向けて回転蹴りをお見舞いした。


 さらにもう2,3発蹴りを入れると、怪物は雷に打たれたように地面に落ちた。

 そしてそれ以上、再び起き上がることはなかった。


「回収するまでもないか」


 またも遊魔は、未知の怪物をあっさりと倒してしまった。

 そしてとどめを刺すべく、右手をそっとかざした。


 すると、背後からどたどたと足音が近づいてきた。


 遊魔が右手を降ろし、振り向くと、小柄な黒髪の少年が眉をひそめていた。


「一体どうなっている?」


 小柄な少年は、地面に倒れる怪物と遊魔を交互に見る。


 遊魔はめんどくさそうにしながら、無言で変身を解除した。

 右眼が再び前髪に覆われた。


 すると少年はたちまち目を見開き、驚きを露わにしたかとおもうと、ぎこちなく口角を上げて冷ややかに言い放った。


「なるほど、それがお前の素顔か」


 傍らの飛鳥の忌まわし気な視線。

 少年を真っすぐに見据える遊魔。


 ――「しかも、まさか『死神』も一緒とはな。奴もお前に引き寄せられたってわけか」


 少年がそう言いながら睨んでいたのは、飛鳥だった。


 ピンと張り詰めた空気があたりを覆う。

 極彩色の巨体は動かぬまま、冷たい地面に横たわっている。



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