第11話『遠い夜の悲劇』
「全治1か月、か……」
困り顔の郁仁と、その周りには同じ部隊に属する隊員。
「……すみません」
海良は気まずい表情で、真っ白で無機質なベッドに座っている。
その足には包帯が巻かれている。
郁仁と桐奈を取り巻く隊員たちの視線が、ちくちくと海良を刺す。
そのせいで、もとはと言えば自業自得なのだが、彼はなかなか顔をあげられない。
「しばらく戦うのは無理そうだな」
と、桐奈はため息交じりに言った。
「ま、あんたの分も頑張るしかない、か」
そう言いながら、2人の後輩たちに振り向いた。
珪は一切表情を崩さぬまま、無言でうなずく。
だが、その一方、
「桐奈さん……」
その隣に立っていた隊員、紺乃が、じっと桐奈を見上げた。
珪の肩くらいの背丈の彼女は、いかにも迷惑そうな顔で眉をぎゅっと下げている。
こいつ、あまりに身勝手じゃないですか、と言いたげな表情だ。
それでも桐奈は、何も言わずに彼女の肩に手を置いた。
彼女は、唯一未成年で入隊した海良の事情を知っていたからだ。
「それじゃ、俺たちはそろそろお暇するか」
郁仁が言い出し、それじゃあなと手を振って病室を後にした。
隊員たちの去り際、一番後ろについていた紺乃がちらりと振り向き、目が合った海良は、どぎまぎとしながら視線を逸らした。
扉が閉まり、部屋はしんと静まかえった。
ベッド脇のサイドボードに、視線を移す。
そこには、郁仁たちが持ってきた花と果物かごに、GOL隊員の証明書とピンバッジ、そして長方形のチャームがついたペンダントが置かれていた。
隊員としたことが、何をやっているんだと、海良は己の行いを悔いた。
彼が足を怪我した原因は、先日の戦闘で起こした、無茶ぶりとも言える行動だった。
かつて自分が通っていた学校に火を放った怪物に怒り、さらに彼が敵視している少年の姿を見たことで、冷静さを失い、後先考えずに高い場所から飛び降りた。
よく考えればわかることだろうと、海良はそのときの向こう見ずな自分を責めた。
その後彼は、何が何でも目の前の敵を倒そうと、がむしゃらに刃を振り続けた。
だが、彼はその途中でディアロイドに捉えられ、今まで見たことのない謎のビジョンを――。
「っ……⁉」
海良はその時のことを思い出し、漠然とした恐怖感を覚えた。
あれは何だったのだろう。
熱を帯びた、怪物の手に触れられた時の感覚。
自分の内側――器官だけでなく、精神的なものまで蝕まれてしまうのではないかという直感が、彼を襲っていた。
もしあの時、郁仁さんが来てなかったら?
そう考えると、彼はぞっとした。
海良はそのとき触れられた腹部をなぞりながら、今は大丈夫だと、自分を落ち着かせた。
「よっ!」
声のしたほうを見ると、先ほど帰ったはずの郁仁が立っていたので、海良は目を丸くした。
「郁仁さん、戻ったんじゃ……?」
「何だかほっとけなかったんだよ。ずっとここに1人でいるのも辛いだろし、ちょっとした話し相手っつうかさ。桐奈も連れてこようとしたけど、後輩ちゃんたちに付いてもらうことにしたよ」
郁仁はそう言いながら、ベッド際の丸椅子に座った。
「まあ、戦力が減ったのは痛いっちゃ痛いが、そうなっちまうのも無理ないよ」
と、郁仁はあらたまったように言った。
「俺も新入りの頃は、戦い慣れてないくせに無茶したせいでケガして、先輩たちに怒られたもんだよ」
と、彼はその時のことを懐かしむように言った。
「そうなんですか」
「ああ。『今の俺ならきっとやれる』って、経験浅いくせに自分を過信してたんだよ」
郁仁は脚を組みなおしながら言った。
「ちなみに俺がケガしたのも、高いとこから飛び降りたのが原因だ。ジャンプしながら攻撃くらわそうとして、思いっきり大失敗」
今やその話題を話のネタにしている彼は、笑いながら言った。
「だから、海ちゃんが目の前の敵を倒す一心で、うっかりケガしちまったのもよくわかるよ。……なにせ、特例で入ったのも事情が事情だからな」
彼の表情が暗くなる。
「ええ。今となっては、あんな出来事があったとはいえ、よく入隊させてもらえたなと」
「上の人たちも、話がわかる人たちでよかったよホント」
「今でも、すごく感謝してます」
海良は俯きがちに言った。
「むしろ、あの時受け入れてもらえていなかったら、僕はどうやって生きていればよかったのか……」
海良は幼いころからGOLの存在を知っていて、それに憧れを抱いていた。
街に現れる悪者を退治する、みんなのヒーローだよ、と両親から教えられ、実際の戦闘も何度か見てきた。
そのたびに、毎週両親が見させてくれた、勧善懲悪もののアニメを思い出し、それが現実世界に飛び出してきたみたいだと、目を輝かせていた。
彼の通っていた幼稚園で、『大きくなったらなりたいもの』の絵を描かされた時も、GOLの隊員になりたい、と言っていた園児も必ずクラスに数人はいた。
気分によって描くものが変わることもあったが、海良もしばしばその一人になっていた。
人生最大の分岐点とも言える出来事は、16歳の頃に起きた。
彼の通っていた学校の放課後、生徒会役員の業務で帰りが遅くなった日。
早足で家に近づくと、辺りが妙に騒がしく、赤いライトがあちらこちらに点滅していた。
不吉な光に嫌な予感を覚えた海良は、背中に冷や汗が流れるのを感じずにはいられなかった。
その正体を知りたくないという気持ちと反対に歩を進めると、何台ものパトカーが自宅の前に停まっており、海良は体を強張らせた。
心臓が大きく跳ね、何が起きたのか、僕はどうすればいいのかと狼狽していると、一人の警察官が彼に気づき、言った。
彼以外の家族全員が、ディアロイドの手によって殺害された、と。
父、母、兄と妹。
幸せな家族の日常が、何の前触れもなしに壊された。
どうして僕がいないときに?
そもそも何故、奴は僕たちの家に襲撃した?
――だいたい、GOLの隊員の誰かが先に倒していれば、こんなことにはならなかったじゃないか。
ディアロイドを野放しにして、何が、みんなのヒーローだ。
僕の家族の命が、無残に奪われたじゃないか。
当時、大人たちへの反抗心の芽生える年頃だった彼は、そんなことを思った。
だが、それがどれほど愚かな考えだったかは、GOLの隊員となった今の海良にはわかる。
「お前は何も分かっていない」と、彼は当時の自分を叱りたくもなる。
事実を事実としてなかなか受け入れられず、彼は体のあらゆる機能が麻痺したかのように、しばらくの間、その場から動くことができなかった。
辺りを覆い尽くす暗闇の中、パトカーの赤いライトだけが、心から残念そうにする警官と、絶望の底に突き落とされた海良を、延々と照らし続けた。
この事件は連日、インターネットニュースや街の大型スクリーンで流れ、今や当たり前となりつつある、ディアロイドが絡む事件の中でも特に痛ましく悲しい事件として、話題に挙がった。
家族を一瞬にして奪われた、16歳の少年。
その事件を知ったほとんどの人が、彼を哀れみ、悲しみを寄せた。
人々の日常と平穏を脅かす憎き存在・ディアロイド。
そしてそれらを粛清し、人々の安全と平和を守る、ルーンフルムのヒーロー・GOL。
組織への反発心から一転、海良の考えは大きく変わった。
僕がやればいいじゃないか、と。
一連の悲劇が起きて間もない頃は、いっそ僕も、ディアロイドに殺されてしまいたい、という考えが過ることもしばしばあった。
だが、海良は折れなかった。
彼は人々の日常を守り、そして家族の仇を討つために、毎日何時間も勉強し、己の体力も徹底的に鍛えた。
そんな中で、学校に通う余裕はなかったし、優先順位も当然そちらが上だったため、彼は学校を自主退学した。
海良のただならぬ努力は報われ、試験は一発で合格した。
だが、GOLは本来、未成年――18歳未満の入隊は認めていなかった。
それでも彼が入隊できたのは、組織の上層部が一連の事件を知っていて、また融通の利く人物だったこと、そして、あのような目に遭ったにもかかわらず、立ち直り、組織に入るために努力を積み重ねてきたのが認められたことが大きかった。
このような経緯で、特例として認められた海良は、唯一の未成年の隊員となった。
「本当、海ちゃんはすげえよ」
郁仁は目を伏せて言った。
「筆記試験はその時の受験者で唯一満点、実技試験もずばぬけた結果……。上層部がよかったのもあるけど、やっぱり、海ちゃんの並々ならぬ努力があってこそだ」
俺にゃあ到底無理だ、と郁仁は笑った。
「ありがとうございます。あの頃、本当に頑張ってよかった……」
それなのに、と海良。
「それなのに、僕は本当に情けない。僕の愚かな行動で戦えなくなった上、他の人たちにも迷惑かけて……」
海良は奥歯を噛みしめながら、絞り出すように言った。
それを見かねた郁仁は、静かに口を開いた。
「そうやって自分の行いを反省できるのも、海ちゃんのいいところだよ。世の中には、自分の過失を頑なに認めない奴だっているもんだ」
彼はこう続けた。
「だけど海ちゃんは断じて違う。自分がケガをした原因も、それによってどういう被害が出たのかも、ちゃんと理解してる。それを改めて責めるつもりはさらさらねえよ」
海良は驚いたように顔をあげた。
「俺だって、自分で重々分かってることを他人にとやかく言われるのは大嫌いだ。大抵の人はそうだと俺は勝手に思ってるけどな」
だから、これだけ言わせてもらうぞ。
そう言いながら、郁仁は椅子からすっと立ち上がった。
「次から同じ失敗はしないって、自分に固く誓えればそれでいい。……戦線に復帰したら、今まで以上に活躍してもらうぞ!」
郁仁は先輩の威厳を見せながら、凛々しく言った。
「……はい!」
海良は勢いよく返事すると、郁仁は歯を見せながらにっと笑った。
「その意気じゃ、医者から言われたより早く復帰できちゃいそうだな」
それじゃ、と言いながら、郁仁は病室を出た。
部屋が再び静かになった。
海良はぎこちなく動きながら、サイドボードのペンダントを手に取った。
長方形のチャーム――小さな箱の蓋を開く。
そこには、彼を含めた家族の写真があった。
満面の笑みを浮かべる家族と、少し恥じらいのある、思春期を迎えたばかりの頃の海良。
この一枚が、GOLの隊員として戦う海良を勇気づけ、戦う理由を思い出させてくれる。
罪のない人々の日常を、あの怪物たちから守りたい。
そして、家族の無念を晴らしたい。
「……いつか、全てのディアロイドを倒してみせるよ」
海良は家族に語りかけるように、一人で呟いた。




