05_ホテイアオイ-前編-
昨日ジーク司教様に言われた言葉が頭の中で何度も反響して繰り返される。その時の表情が、迷惑と違う気がして余計と頭の中がぐるぐると混乱していく。
「ソラティちゃん、手が止まっているよ。」
「あ、すみません。」
悩みをいったん頭の隅に置きざりにして、私は水面に浮く花ホテイアオイの花を水の張った少し大きめの壺に飾り付ける。薄い紫の花を咲かせるこのホテイアオイはとても生命力が高く時折害を及ぼす植物としても扱われるが手入れの必要もなく上手に向き合えばとても可愛らしい花になる。
「あの司教様と何かあったのかい?」
「え?な、何にもないですよ。」
「嘘おっしゃい。」
じいと店長に見つめられ、私は店長に懺悔するように司教であるジーク司教様に恋をしてしまった事を話した。もちろん神聖な役職である司教に恋をするなんて本来罪深い事である。勝手に恋していようと思っていたのならあの花を渡してはいけなかったのだ。
「そうかい・・・・・・。ソラティちゃんが恋をしたのかい。」
「いや、店長何で泣いてるんですか。」
「花にしか興味を示さなかったソラティちゃんが、初めて人に興味を持ってくれて私は・・・・・・。」
どうやら店長の中ではそれよりも私が恋をした事に感激しているみたいなのでそのまま泣かせてあげることにして、そろそろ教会に行く準備をしよう。
昨日のあの一件からジーク司教様の送迎をお断りしたので、少し早めに花屋を出ないと約束の時間に間に合わなくなる。持っていく花はまだ苗の状態のホテイアオイ、勿論水に入れないといけないので少し小さめの花瓶に水を入れて差してある。
エプロンを着替え終わっても未だ泣いてる店長に呆れながら行ってきますと声をかけ、花瓶を抱えて歩き出した。
「はぁ・・・・・・。」
溜め息が零れつつ慣れ親しんだ通りを歩くがその足取りはとても重く感じて、教会に行くことに初めて気が進まなかった。
だめだ。ちゃんと仕事として依頼されているんだから、しっかりしなきゃ。
「あれ。ソラティじゃないか。」
「あ、リヒシュじゃない。久しぶりね。」
視線の先にはグリーンフローライト色の髪が印象的なリヒシュが手を振っていた。
彼とは学生時代の友人で就職を機に外の世界を見たいと言って隣国へ行ったはずだと記憶していたけど。
リヒシュは私の方へ駆け寄ってくると驚いたような表情で私の手の中にあるホテイアオイを見た。
「びっくりしたよ。まさかソラティが花屋で働いているなんて。」
「花の魅力にとりつかれちゃったの。リヒシュこそ隣国に行ったんじゃなかったの?」
私の問いかけに歩きながら話すよと返されたので、教会へ行く事を伝えると手の中にいたホテイアオイを差した瓶を持ってくれた。そこまで大きい瓶ではないけど少し手が痛くなっていたので助かった。
歩きながら話を聞くと、隣国だけではなく沢山の国々や場所に行っていたらしい。今は休暇としてオリキュアル国に戻ってきたようで、また近いうちに友人とご飯に行くらしい。
聞いたこともない他国の景色や文化の話を聞くだけで、胸が躍るような気持ちになる。
そうして話していると時間はあっという間に過ぎていたようで気付けば教会の門の近くまで来ていた。私はリヒシュから瓶を受け取ってお礼を伝える。
「ありがとう。助かっちゃったわ。」
「いえいえ、お安い御用だよ。そうだ。良ければさ、今晩ご飯にでも行こうよ。」
「・・・・・・いいわよ。仕事が終わったらお店に行くわ。」
「良かった。じゃあ場所は・・・・・・。」
場所の打ち合わせをしてからリヒシュと別れた私は、明るくなった気分のまま教会の中へと入っていった。
許可証をもらってるとレト司教様とジーク司教様が歩いていらっしゃった、私はジーク司教様の顔を見れずに視線をレト司教様だけに向けると、ジーク司教様が私に気付いたようで、軽く会釈だけされてレト司教様の許から離れてどこかへと消えて行ってしまった。そんなジーク司教様の様子を呆れたように見ていたレト司教様が私の許に来て、苦笑いをしながらごめんねと謝られた。
「ジークは何も言わないけれど、何となく想像はつくから。」
「いえ、レト司教様が謝られることは何もないです。」
気にしないで下さいと続けると、ありがとうと微笑んで温室まで案内していただきながら持ってきたホテイアオイを見てもらった。
ガラス張りでドーム型になっている温室の中は様々な植物が育てられていて、外から入る光が反射して温室内が明るい。温室の真ん中には小さな噴水があってそこには水草が浮いているだけで花が見当たらず、レト司教様に聞くと以前育てていた花を、誰かに荒らされてしまったらしい。そこで、今日持ってきたホテイアオイを浮かべて少しずつ苗を増やしていきたいという事らしい。
早速、持ってきたホテイアオイを移し替える準備を始めていると、先ほど見たジーク司教様の顔が思い浮かぶ。
困っていたように見えたな・・・・・・。
まさか、あそこまで露骨に避けられるほどだとは思っていなかったのは自分の浅はかな行動のせいでジーク司教様を傷つけたのかもしれない。
「ソラティちゃん。大丈夫?」
「え、あ、はい・・・・・・。すみません。」
レト司教様の声でまた手が止まってしまっていた事に気が付いた。
そんな私を見かねてレト司教様から作業に入る前にお茶をして休憩しようという提案に感謝して、温室の中にあるフォリーでレト司教様お手製の紅茶をいただくことにした。
「ジークの事、嫌いにならないであげてほしい。」
「え・・・・・・?」
唐突にレト司教様に言われた言葉に私は紅茶を飲む手を止めて顔をあげた。
長くなってしまいそうなので、分けようと思います。
次は16時を予定しております。