04_トリトマ
あれから数日が経ったがまだジーク司教様は私の託したカタクリの花の花言葉が分からないらしい。友人の司教様方に聞いても教えてくれ無いようで、花の名前からもう一度調べ直しているのだとか。其処から覚えていないとなると探し当てるのに随分時間が掛かりそうな気もするけど、今回だけはジーク司教様に苦労してもらわなくては意味がない。
今日も教会に花を持って行きながら私はジーク司教様の背中を見つめた。私より大きいその場所はまるで何かを語っているかのような気配すらさせる。今の私にはそれしか分からないけど、それで良いのだと思い少しだけ感じた疲れに負けて彼の背中に凭れる様にして少しばかりの仮眠をとった。
「ほら、着いたぜ。」
「ん・・・あ、すみません・・・!」
少し気の抜けた返事をしてしまいながらも私は彼の運転してくれるバイクから降りる。あの日からジーク司教様に対して少しだけ遠慮というものをしなくなっている自分に危機感を感じながらも庭園にいくとレト司教様やカスティール司教様がフォリーの中で優雅にお茶をしていた。
「カスティール司教様、シスターリリィ。こんにちは。」
「ソラティさん、こんにちは。」
「ソラティ、こんにちは。」
最近シスターリリィは私にも話しかけてくれるようになってくれた。声を出すことが怖いらしくカスティール司教様くらいにしか話しかけないらしいが、花の事を聞かせているうちに挨拶だけはしてくれるようになった。彼女はジーク司教様と遊ぶのが楽しいようで、バイクを置いて着替えてきたたジーク司教様を見て走っていき戯れだしたので、それを合図に私とレト司教様は立ち上がって花の世話を始める。
レト司教様とはいつも花の話を出来るので毎日凄く勉強になっている。肥料の適度な使い方、花それぞれの上手な水やり時間といったその花の個性をばっちり把握しているレト司教様にはいつも頭が上がらず、常に会話の時にはメモ帳を取り出してしまう程。
「今日はどの花の手入れをするんですか?」
「そうだね今日はこのトリトマにしようかな。」
「この花ですか?」
そうだよと言うレト司教様の話によると最近この花に適した土を手に入れる事が出来たらしく、少しずつ土の配分を変えてゆきたいのだとか本当になにもかもが勉強になる方だなぁと思っていると午後のミサの時間を知らせる鐘が鳴るのが聞こえる。その音にレト司教様やジーク司教様が立ち上がる。
司教様は教会に来る者の懺悔や祈りを聞き、代行者となって神にその言葉を届ける役目を負っている。今日の当番はレト司教様とカスティール司教様のようで、カスティール司教様がシスターリリィをミサに付いて来るように声をかけていると、レト司教様がジーク司教様の方を向いて声をかけた。
「じゃあ、ジークはソラティちゃんの事を宜しくね。」
「花の事全然わかってないんだが・・・。」
「ソラティちゃんの指示に従って手伝ってくれたら大丈夫だよ。ソラティちゃんの事はオレに任せろって言ってたよね?よろしくね。」
ん?今聞き捨てならない事をレト司教様言わなかった?確かにいつも送り迎えをしてくれているのはジーク司教様だけど。それって・・・。
一人でうんうん悩んでいる私をよそに、言葉を数回交わしてからジーク司教様の肩を叩いて笑顔で去っていくレト司教様。
入れ違いでジーク司教様が今度は此方にやって来るので私は少し熱くなっていた頬を隠すようにトリトマに向き合う。ジーク司教様が私の肩が触れる距離にしゃがみ込むのが分かったけれど、そっちを向く事ができないまま黙々と作業を続けることにする。
「なぁ、何を手伝う事あるか?」
「・・・いえ、今は大丈夫です。」
「・・・ふっ・・・ははっ。」
何が面白かったのかわからないまま、急に笑ったジーク司教様のそんな表情を見た事がなくて思わず横を向いてジーク司教様の横顔をじいっと見つめてしまう。それに驚いたのかジーク司教様の表情が今度は真顔に変わっていく。
「・・・なんだよ。」
「いえ、そんな風に笑う司教様初めて見たので。」
「そんな珍しげに見なくてもいいだろ。」
そう言ってジーク司教様が私に顔を向けたんだけど、いかんせん距離が近くて自然と顔に熱が集まり始める。それを知ってか知らずかジーク司教様は意地悪げな笑みを浮かべて話し始める。
「なぁ、ソラティ。この間の花何て言うんだ?」
「教えませんよ。レト司教様も教えていないのでしょう?」
「ヒント位あってもいいと思うんだがな。」
「・・・では一つだけですよ。ユリ科の多年草の花です。」
私のヒントに再び悩み始めたジーク司教様は視線を目の前の花壇に向けてうんうん唸っている。その横顔を改めてみると、ミトラからちらりとこぼれる金髪と海のような深いサファイアブルー色の瞳がとても神々しく見えて・・・いけない。仕事しなきゃ。
煩悩のような思考を振り払い、目の前の作業を再開することにした。
そうしているうちにミサの時間が終わったようで、レト司教様が戻って来て作業の出来栄えを評価してもらい、土いじりをした手を近くの水洗い場で綺麗にする。ジーク司教様はレト司教様が戻ってきた途端調べ物をすると言っていなくなったので、今日は送ってもらわずにそのままそっと帰ろう。レト司教様の許に戻ると今日の作業はこれで終わりと言われたので、挨拶をして許可証を返却し教会の門を抜けて、花屋へ戻るために通りを渡ろうとした時、後ろから誰かに手を掴まれた。
驚いて振り返ると息を切らしているジーク司教様が私服姿で私の手を掴んでいた。
「ジーク司教様?どうしたんですか?」
「・・・やっと・・・見つけた。」
それが何を指すのか気付いてジーク司教様の顔を見ると、ジーク司教様は私の手を引いて送るとだけ言って歩き出した。私もそれについて行きながらも、先ほどの言葉の続きを聞けずにお互いに黙ったまま、歩き続ける。
気まずい・・・。どうしよう・・・。そうだ、あの花を贈ったからってどうこうなりたいわけじゃないっていう事だけでも伝えようかな。
「ジーク司教様、私は司教様のお立場も使命も理解しています。あの花を贈りましたけど、司教様とどうこうなりたい訳ではないのです。」
言い訳のように早口に言葉を紡ぐ私にジーク司教様は何も言わずに手を握ったまま静かに歩き続ける。いつもはよく喋る方であるジーク司教様が黙っているのを見て私の声はどんどん小さくなっていく。
そうして歩き続けている間に仕事場の花屋の近くまで戻ってきていた。その頃には私の頭の中は司教様に迷惑をかけてしまったということで一杯になっていて、どう謝ったらいいのだろうと考えをめぐらせているとジーク司教様が私の方を見たことに気付き、顔をあげる。
「ソラティ、ひどい顔になっているぞ。」
「すっ、すみません・・・。」
「嬉しいよ。ソラティの気持ちを込めた花を贈ってくれて。」
ジーク司教様がその続きを話した時、花屋のトリトマが風に吹かれ揺れて私の頬をかすめるように流れていった。
「でも、オレはソラティの気持ちを受け取ることは出来ない。」
花言葉は恋する胸の痛み