02_ディモルフォセカ
あの日からジーク司教様はよく花屋に来るようになった。
特別意識もしていなかった私だけど、花の事を聞いてくるジーク司教様と居るのは嫌な気分ではなかった。あの日貰った鈴蘭は私の家に飾られている。勿論手入れも怠っていない。
今日は少し育ちの早い花たちの選別をしないと。花にも売り出す時期があり、それを越えた花たちは選別をしてまだ店頭に出しても大丈夫かを確認する。それが今日の仕事なのだが、私はこの作業が一等嫌い。自分が花の命を選んでいる様なそんな気分にされるこの時間だけは憂鬱で、こんな日こそあの人が来たら好いのにと思いながら、花の咲き始めているツルニチニチソウを選別し始める。
痛みかけた花ばかりが多い、これはもうお店には置けない。まだ葉の色が綺麗、元気な証拠だからまだ大丈夫そう。大丈夫なものと駄目になってしまったものをより分けしていく、静かな店内に唯一響くのは店内にある機械の音だけ。奥で紅茶の為にポットにお湯を沸かしているが、それも静かなもので、何とも言えない気分になってゆく。よし、次はディモルフォセカだと手を伸ばした時だった。
「今日は何してるんだ。」
「あ、ジーク司教様。」
私の沈みかけた気持ちを掬い上げるように彼は入口に立っていた。珍しく司教服ではなく、私服のようだ。そのせいか普段とはまた印象が違ったようにも感じられるその姿のまま、ジーク司教様が店内に入ってきて、私のいる所まで歩いてくる。身体が大きいから時折花にぶつかりかけ、律義というほどに花に謝っている。それを繰り返しながら店の奥の作業台スペースにいる私の所まで来て、作業台に置かれたたくさんのディモルフォセカを見て驚いていた。それを気にしないように私は話を続ける。
「今日は・・・花の選別なんです。」
「選別。」
「はい。弱ってしまった花達と元気な花達をより分けして元気な方を店頭に飾るんです。」
それだけ言って私は作業を続ける。この子は・・・もう駄目だ。萎れてきて力がない。これはもしかしたら病気の可能性もあるかも。そう思いながら私は次々に選り分けていく。胸が締め付けられるように痛む、これをするのも花屋の仕事。決して綺麗な事だけではない。丹精込めて育て、管理してきた花でも駄目になったりするものもいる。以前は頑張って持って帰り、なんとかしようと頑張っていたが、廃棄処分にも近い花達の数は膨大で、私だけではどうにもならなかった。それからは少しだけ持ち帰りはするが、結局花達は廃棄されてゆく。
淡々と作業を続けていると、ジーク司教様が廃棄される予定のディモルフォセカを指さして聞いてくる。
「この駄目になった花はどうするんだ?」
「基本、引き取り手がいないので・・・廃棄処分です。」
私も自分で買っていたりはするんですけど量が多すぎてと自嘲気味に笑っていると、ジーク司教様は何かを考えているらしくずっと黙りこんでいる。そして少ししてから閃いた様な様子でお店の外へと出ていく。
「その廃棄処分の花達を捨てないで置いといてくれ。」
「え・・・?」
またあとで来ると言って足早に店を後にしてしまったジーク司教様。その光景に以前と同じように茫然としてい私だったが、彼に言われたとおりに廃棄される花達を次々に段ボールに入れていく。こうしておかないと店長に間違って廃棄されてしまう、一番隅の方に寄せて置いておく事にし、次々と選別をしていく。
それから数時間、全ての選別とまではいかなかったが、今日は全体の4分の1位は終了した。一応他の花達もジーク司教様に言われたとおり置いてあるが、彼が戻ってくる様子はない。店長もそろそろ閉めようかといって片付けの準備をしていた時だった。少し大きなトラックが止まりその運転席からあの人が降りてきて私の前に立った。
「さっき言っていた花達を全部貰ってもいいか?」
「え・・・でもあれは商品では。」
そう言うとジーク司教様は店長と話をし、数度言葉を交わしてから私が段ボールに詰めた花達をトラックに詰めていく。何が起きているのか分かっていない私はずっと首を傾げているしかなかった。それに気づいたジーク司教様が花達が入った段ボールを片方の腕で持ち上げて、もう片方の手で私の頭を撫でる。
「教会でこの花達を育てる事にしたんだよ。レトも賛成してくれてな。」
「・・・本当ですか?」
「ただの気休めにしかならないかもしれないが、教会の孤児たちにも花の世話などをさせて色々と教えてやろうと考えていたのもあったんだ。」
そう言って笑ったジーク司教様の笑顔に私は嬉しさがこみ上げる。捨てるしかない花達に居場所が作ってもらえる、それは花屋として働く私には出来ない事だった。情を掛けていては花達は買ってもらえない。それが分かっていてもどうしても捨てる度に泣きそうになっていた。
全ての花を何とかする事は出来ないけれど、せめても今回の花達は最後まで大事にしてもらえる。
「本当に、ありがとうございます。教会でも大事に育ててください。」
「まずはレトの元で元気になってからだけど。大事に世話をする。」
そう言ってほほ笑んだジーク司教様はトラックの助手席に行き、オレンジ色に輝くディモルフォセカを一輪私の前に差し出してきた。
「それで・・・良かったらだが、教会でこの花達の世話の手伝いをしてもらいたい。」
「え・・・。」
「店長も了承している。」
その言葉に振り返って店長を見やれば、親指を立てて此方を見ている。
え?ちょっと意味が分からないんですが。そんな事を言えばジーク司教様の顔がぐっと近くなって、思わず視線を逸らす。それを可笑しそうに笑いながら頼めるだろうかと少し低めの声で囁かれ、私の顔はオレンジ色のディモルフォセカよりも赤くなり、気づけば首を縦に振っていた。
どうしよう、この喜びをどう花にたとえたらいいのだろう。そう思っていた時視界に入ってきたオレンジ色のディモルフォセカ。
そう言えば、このディモルフォセカの花言葉は。
私は手渡されたオレンジ色のディモルフォセカをジーク司教様にもう一度差し出して、こう言った。
「私の気持ちをこの子に託します。それと、私の名前はソラティです。ジーク司教様。」
ディモルフォセカの花言葉は【ほのかな喜び】