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オン・ザ・クロスワールド  作者: 青咲りん
第一話 「変わる世界」
1/1

プロローグ「衝突」

 宇宙、と我々魔術師が呼ぶこの世界がどうやってできたか知ってるか?


 誰かが材料こねくり回して創ったとか思ってるなら、そりゃ間違いってもんだ。


 いや、ある意味“それ”を擬人化させて考えているなら正解と呼んでも過言じゃないかもしれない。


 ……知りたいか?

 なら、教えてやろう。


 この世界は、未だ誕生していない。


 ……ハハッ。

 そう鳩が豆鉄砲食らったような顔すんなって。

 わかるように説明してやる。


 まず、この宇宙は一元論だった。

 フラワーシードというやつだ、お前も魔術師なら聞いたことくらいあるだろ?


 この宇宙はたった一つの“何か”でできていた。

 ××××数秘術じゃあ、それを幾何学的な文様に例えて、その形状が一つの種から一輪の花が咲くように描画されることから、その“何か”をシードと呼ぶ。


 そうやって最初からあった一元論の宇宙には、すべてが有る状態とすべてが無い状態が重なって存在していた。


 ……そうだな、わかりやすく言えば、量子的重ね合わせに似たようなものか。

 本質は全くの別物だが──なんだ、もう頭が痛くなってきたのか?


 ……全く、これだから人間を材料に魔術師を作るなんて無駄だと言ったんだ。

 奴らは真理を理解したがらない。

 なぜなら奴らが住んでいる世界は幻想の中だ。

 奴らは脳みそを通してしか魂に世界を知覚させたがらないしできない。


 私のような、魂だけの存在で生きていられる高位の魔術師でもない限り、真理を理解することなんて不可能だろう、なぁ?


 そうは思わないかい?


⚪⚫○●⚪⚫○●


 目が覚めた。

 暗い部屋の中にいた。

 肌に何かが触れている。

 冷たい金属のようだ。

 それが私の背面に触れている。


 ……なぜか、金属の板の上に寝かされている。

 ここはどこだ。

 私は誰だ。

 今はいつで、そして──。


 様々な疑問が頭の中を支配した。

 しかし、そんな事がどうでも良くなる出来事が起きた。


「おはよう、10,032号。

 起きたまえ」


 部屋の一部が明るい四角で切り取られた。

 声はそちらの方から聞こえてきた。

 誰だか気になる。

 今なら確かめられる。


 体の動かし方はわかっていた。

 平衡感覚の調整も、何もかも思い通りに動く。


 私は寝かされていた板の上に起き上がった。


 体の上から何かが落ちた。

 暗くてよく見えない。

 明かりの方に足を伸ばす。


「……?」


 誰もいない。

 明るい廊下が左右に続いている。


「こっちだ」


 右手の方から声が聞こえた。

 私は歩き出した。


 ひたひたと音がなる。

 自分の足音だ。


 それから声の導きに従って、私は歩いた。

 歩いて、歩いて、歩いて。


 そしたら空が見えた。

 空を見たことはなかったけれど、それが空であるということは理解できた。


 空中に開いた、四角い穴。

 そこから私は、地上を見下ろしていた。


 見渡せるのは、一面、街、街、街。

 ガラスと鉄骨とコンクリートの巨大なビルがひしめき、車がアスファルトの地面を走っている。


「あっ」


 背中を誰かに押された気がした。

 私の足は床を踏み外し、空へ──否、地上へ。


 この時、私は初めて風を感じた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 都市伝説があった。

 なんでも願いを叶える樹が、この街のどこかに生えているという。


 その樹の前で願い事をすると、その人の大事なものと引き換えに、願いが成就するのだ。


「大事なもの、ねぇ……。

 なんだと思う?」


 昼休み。

 高校の教室で弁当を食べていると、机を向かい合わせにくっつけて食べている友人──古海ふるみ海斗かいとが尋ねた。


「んーなんだろ」


「案外、とんでもないものだったりして」


「なんだよ、その、ふわっとした感じのは」


 明るい茶髪に、すこしバカっぽそうな印象を持つこの友人に、俺──新見にいみはじめは呆れたため息をついた。


「あー、例えば……ち◯ことか!」


「んなわけ──」


 古海の冗談に眉を顰める。


「だいたい、今食事中だからな?

 そういう下品な話はするもんじゃない」


「へーへー、そうでやしたね。

 新見クンはそーゆースカトロとか?そっち系は苦手なオトコノコでしたもんね」


「いや逆に言わせてもらうけどな、あんなので──」


「こーら男子!

 うちらこっちでご飯食べてるんだから、そんな汚い話しないでよね!」


 会話が聞こえていたのか、クラスの女子が注意を飛ばしてきた。


「……理不尽だ」


「それな」


「お前のせいだろうがッ!」


 腹いせに、彼の弁当箱の唐揚げを一つ奪ってやる。


「あっ!?

 それ俺が大事に取ってたやつ!?」


「仕返しだ」


 悔しそうに嘆く彼に、シラッとした顔で返す。


「まぁ、いいけど。

 ……そういえば、さっき言われて思い出したんだけどさ?」


 横目でさっきの女子グループに一瞥し、こちらに顔を寄せてくる古海。

 あまり聞かれたくない話のようなので、一応俺も耳を近づける。


「この前まで、めっちゃあの女子のグループの中心だった河合かわいさんっていたじゃん?

 最近見かけないの、なんかあったのかな?」


 言われて、そういえばと記憶を辿る。

 確か、フルネームは河合かわい瑠奈るな

 いつもあの女子グループの中心にいて、話を盛り上げていた女子生徒だ。


 彼女があのグループにいた頃は、彼女たちは四六時中キャーキャー奇声を上げて、毎度のことのように授業中には先生に怒られていたが……。


 言われてみれば、1週間くらい前から見かけない。


 あまりにも自然と姿を消していたから気がつかなかった。


「噂じゃあ、物理の山田先生とヤってうんたらかんたら、なんて聞いたけど、どうなんだろ?」


「さぁな」


 幸い、この台詞は彼女たちの耳には届いてなかったらしく、なんの反応も返されなかったが、聞かれていれば大変なことになったに違いない。

 なんたって、彼女たちはとても仲がいいように見えていた。

 きっと友達を思って怒ったに違いないのだ。


 いや、そうでなくとも、こういう噂にあまり不用意に関わるのはよろしくない。

 何がって、彼女の尊厳を傷つける行為になる。

 そういうのは、あまり好きじゃない。


 曖昧な返事を返して、さて大事に取っておいたハンバーグに箸を伸ばそうとしたところで、いつの間にかそれが姿を消していたことに気がついた。


「……ごくん、あ、いや、俺は食べてないぜ?」


 見上げれば、古海の口元にはケチャップがついていた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 帰り道。

 自転車に乗って高校から自宅へと続く道を走る。


 生憎友人の古海はサッカー部のメンバーが足りずに助っ人に走っているため、いつもと違い今日は一人だ。


「……にしても、この暑さは驚異的だな」


 セミの鳴き声と照りつける強烈な日差しに愚痴を吐きながら、自転車のペダルを漕いだ。


(大事なものと引き換えに願いを叶える樹、か……)


 昼休みに聞いた、例の都市伝説について思いを馳せる。


 願いなんて聞かれても、俺にはよくわからない。

 強いて言うなら、この楽しい時間がいつまでも続けばいいのに、なんて、あるはずもないことだけ。


 まぁ、単純に進路とか決めるのが面倒くさいなっていうだけの話なのだが。


 そんなことを考えながら、横断歩道の前でブレーキをかける。

 夏のこの時期、木陰のないこの強烈な日差しの下で赤信号を食らうのは正直拷問だと思う。


 額に伝う汗を拭って、陽炎にぼやける対岸に目を凝らす──と、横断歩道の先に、見知った人影を見つけて目を見開いた。


 あの白いノースリーブのワンピースにツバの広い白の帽子の姿で見るのは初めてだが、あの金に染めた髪と、帽子の影の中でも分かるあの整った顔立ちに赤のカラーコンタクトの瞳は、どう頑張っても間違えるはずがなかった。


「河合……さん……!?」


 声をかけなければならないと思った。

 なぜかはわからない。

 運命に導かれるような、そんな引力にも似たものを感じて、角を曲がる彼女を追いかけた。


「河合さん!」


 声をかける。


 驚いたように肩を震わせると、逃げるように走り出した。


「ま、待って!」


 頭の中で、昨日の昼休みに聞いた都市伝説が繋がりかけていた。

 そんなことはあるはずがないのに、俺は気になってしまっていた。


 あの、願いが叶うという樹の話を。


 河合瑠奈がビルの角を曲がる。

 それに倣って、俺もビルを曲がった。


「……あれ?」


 しかし、そこには誰もいなかった。


「おかしいな、確かにこっちを曲がったはずなんだけど」


 そこまで考えて、ふと不思議に思う。

 彼女は徒歩だった。

 対して俺は自転車で追いかけていた。


 追いつくつもりで、それなりの速度で走ったはずなのに、彼女に追いつくことができなかった。


 ……これって、おかしくないか?


 わからなかった。

 自転車で追いかけて追いつかないはずがなかったのに、追いつけなかったのはなぜなのか。

 確かに河合さんも走ってはいたが、それでも腑に落ちなかった。


(……まさか、な)


 そう思うだけで、今日はもう諦めることにした。

 きっと暑くて幻覚でも見たに違いない。


 もし幻覚で河合さんを見てしまったというなら、俺は一体どれだけ彼女のことを考えていたのだろう。

 そう思うとすこし恥ずかしくなって、少し急いで、一人暮らしに借りているアパートまでの帰路に引き返すことにした。


⚪⚫○●⚪⚫○●


「河合さんを見たぁ!?」


 翌日。

 朝のホームルーム前の教室で、古海に昨日の話をした。


「うん、でも逃げられちゃって」


「逃げ……って、お前、なんかしたの?」


「んなわけないだろ。

 接点なんて、お前が知ってる以上のことなんてないんだし、それに──」


 ──相手は徒歩で、こっちは自転車で追いかけたのに追いつかなかった。


 そんな話を口にしかけて、噤んだ。


 明らかにおかしい事象。

 きっと幻覚に違いない。

 教えたら多分笑われるだろうな。


「なんだよ?」


「いや、なんでもない」


 誤魔化して、その日の河合談義は終わりにした。


 その話をどうやら聞いていたのだろう。

 次の休み時間になって、そろそろと次の授業の用意を広げようとしたところで、例の女子グループの一人に呼び出された。


「えっと、何の御用でしょう?」


 雛崎ひなさきあおいだ。

 昨日理不尽な注意をしてきた女子生徒である。


 こげ茶の髪をツインテにして、前髪を赤のピン留めで留めた、つり目気味の女子生徒。

 あのグループでは最も河合瑠奈と親しそうにしていたと記憶している。


「とぼけないで。

 昨日、瑠奈を見たって話。私にも詳しく聞かせなさいよ」


 校舎裏。

 台詞が台詞なら別の意味でドキドキしていたところを、ネクタイを引っ張って顔を近づけさせ、校舎の壁に追い詰めるようにして、雛崎は強請った。


「聞いてたんだ」


「そういうのいらないから」


 語調が強い。

 その小さな身長もあいまって、そこから吐き出される威勢は強調されていた。


「……実は」


 昨日見た話を、感じた話を雛崎に繰り返した。

 しかし、満足したような顔はせず、寧ろ『またこれか』とため息をついて、突き飛ばすように俺のネクタイを離した。


「また、って?」


「ここ3日、同じ話をする生徒がいたの。

 河合瑠奈を見た。でも角を曲がったところで消えた、って」


 イラついたように腕を胸の前で組んで、ローファーの踵を貧乏ゆすりよろしく何度も何度も叩きつける。


「……てことは、その幻覚を見たのは俺だけじゃないのか」


「みたいね。

 もう用はないわ、さっさと自分の教室もどんなさい」


 素っ気なく返事を返すなり、手をひらひらと振ってその場を後にする雛崎。


(教室、同じなんだけどな……)


⚪⚫○●⚪⚫○●


「ごめんっ!

 今日ちょっと急いで帰んなきゃでさ!

 はじめの自転車、今日一日貸してくんね?

 終わったら今日中に返しに行くからさ!」


 昼休み。

 そう言えばと思い出したように両手を合わせながら頼み込んでくる友人、古海ふるみ海斗かいとの姿があった。


「えぇ……」


 そう言われても困る。

 俺の家はここから結構遠い場所にある。

 それに、駅を経由するにしても今日はそんなにお金を持ってきていないから、その遠い道のりを歩いて帰らねばならないことになってしまう。


 ……けど。


 しばらく思考を巡らせた後、仕方ないかとため息をつく。


「いいよ。

 けど、絶対今日中には返してくれよ、明日も学校あるんだから」


「すまん、恩に着る!

 明日は帰りにアイス奢るから!」


 そんなやりとりもあって、俺は今日歩いて帰る羽目になった。


(……失敗したかな)


 昨日にも増してきつい日差しを腕で遮りながら、昨日と同じルートを辿って家に帰る。

 暑い日差しがじりじりと頸を焼いて痛くてたまらない。


(……昨日、ここで河合さんを見た……んだよな)


 横断歩道を眺めて、ふと昨日のことを思い出す。

 あの時、何か不審なことはなかったか。

 あの走る速度は。

 角を曲がるまでの彼女の様子は。

 彼女の、帽子に隠れた表情は。


 信号が青に変わる。

 俺は何となく帰路から外れて、昨日河合を追いかけた路地に足を進めることにした。


「ふぅ……」


 ビルの影に入れば、この鬱陶しい暑さも少しは和らぐ。

 すると急に喉の渇きが気になって、リュックの中から水の入ったペットボトルを取り出して一気に煽った。


 汗がダラダラと溢れてくる。

 ワイシャツの肩で口元を拭って、再び歩き出した。


 昨日と同じ角を曲がる。

 そこに見えるのは、シャッターを下ろしたバーや喫茶店、美容院に、対面には公園があるくらいで、人が咄嗟に隠れられそうなスペースは見当たらない。


 公園にあるものといえば、一本の巨大な樫の木くらいなもので。


(願いの叶う樹……)


 あの木が、もしその樹なら。


 そんなはずないとわかっていつつ、俺は足を伸ばした。

 あたりを見渡しても、人の姿はない。

 耳をすませば、いつの真中様の鳴き声も、人の喧騒からも切り離されたような静寂に包まれていた。


(もしこれが、例の都市伝説の樹なら)


 樫の木の幹に触れ、目を閉じ──たその瞬間だった。


 ──バキバキバキ


 頭上で木の枝が盛大に折れる音が聞こえ、まだ緑の木葉が大量に降り注いできた。


「えっ!?」


 驚いて、上を見上げる。

 すると、その巨大な木の枝を盛大に破壊しながら、一人の少女が空から降ってくるのが見えて。


 気がつくと、俺は自分の部屋のベッドで横になっていた。


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