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ゴミ箱に腕を突っ込んで

作者: 膝野サラ

クーラーが壊れた。扇風機の風もぬるく、八月の夜の六畳間は熱帯夜であった。

その薄暗く暑い六畳間で俺は、大粒の汗をかきながらも、なおも画面内の女性の裸体に見入り、我が恥ずかしがり屋な息子を慰めていた。そうしてじきに果てた後、出たソレを包んだティッシュをゴミ箱に放り投げた。丸くなったティッシュは上手くゴミ箱に入り、俺はガッツポーズをした。しかしすぐに虚しくなり、己に向かってなのか舌打ちをした。そうして独り虚空に思う。こんなでもうどれくらいが過ぎた。


年齢的にはまだまだ若いはずだが、それでも我が身体は息子を慰める時以外はろくに動こうとせず、しかもソレを終えた後となると尚更動く気配がない。尿意を覚えようやくトイレへと動いた身体も、用を足し終え再び布団の上に寝転んだ頃には元どおりになった。そうしてまた独り虚空に思う。こんなはずじゃなかった。



二年前の春、俺は彼女に出会った。詳しくは省くが、俺と彼女は同じ場所に通っており、そこで一緒になるだけの、関係とも呼べないくらいの関係であった。

それから俺は彼女の可憐な姿、そしてちょっとした仕草や、気遣いをする様子などに段々と惹かれていった。しかし生来の人見知りのせいで彼女とほとんど言葉を交わすことなく、一年以上の時が過ぎてしまった。

丁度一年前の夏。彼女の方から俺に話しかけてきてくれた時、ようやく俺と彼女の間に、僅かながらも関係と呼べるものが生まれた気がした。それからまた一年程かけてゆっくりとその距離を縮めて行った。今年の夏前にはもう一緒に出かけることもあるほどまでに距離は縮まっていた。いや、今思えば俺が勝手にそう思っていただけかもしれない。


この夏が来る少し前、俺と彼女の関係は突然終わった。原因はやはり俺にある。彼女との距離は縮まっていたかに思えたが、しかしそれでも俺は人見知りからか時折彼女と上手く話せない時があった。というかそういうのが多すぎた。

その日も俺と彼女は一緒に出かけていたのだが、俺はそこでまた上手く話せなくなってしまい、何か喋らねばと焦ったあまりに、冗談まじりに思ってもないことを言ってしまった。その時彼女は少し困ったように笑っていたが、俺はそれに気づいていなかった。

そうしてその日はそのまま分かれて帰った。帰宅後、彼女にメールを送り、少しばかりやりとりをした。そうしてじきに彼女からそのメールが来た。そのメールは彼女の優しさからかえらく濁されてはいたものの、彼女が傷ついていることは容易に読み取れた。そのメールが来て、その時になって俺はようやくその失態に気づいたのだった。しかしそれでもなお俺はそれを「ちょっとしたこと」なぞと思っていた。それもまたあまりにもな失態であった。

それから彼女とは音信不通になった。同じ場所に通ってはいるものの、もとよりそこで接する機会はそれほど多くなく、片方が避ければ全く会わなくするのは容易なことだった。一度だけ彼女の後ろ姿を見かけたことがあった。彼女は他の人と楽しげに話していた。俺は勿論声をかけられるわけもなく、そそくさと逃げてしまうばかりであった。

彼女は俺が思っていた以上に弱く、俺は自分で思っていた以上に人の気持ちがわからないクズであった。


そうして昨日、彼女の写真をゴミ箱に捨てた。



六畳間、むごい扇風機の音が俺を煽る。それでもなお起き上がる気配なく、Tシャツからはみ出ただらしねえ腹を掻く己の馬鹿馬鹿しさったら、それはもはや笑えるものがあった。そうして実際に独り笑ってしまった。しかしすぐにまた虚しくなり、己に向かってなのか二度目の舌打ちをした。

そうしてえらく寂しくなってしまい、暑さにでこをおさえる俺はまた彼女の姿を思い描く。

始めは思い出の中の彼女を思い描いていたが、じきにそれも無くなり、挙句には妄想の中の虚構(うそ)の彼女を思い描き始める始末であった。



妄想の中の彼女は、このクーラーも効かぬ六畳間で肌の表面と髪を薄い汗で濡らしていた。寝転ぶ俺の傍らで彼女もこちらを向き横になっており、たわいもない話をしては、その大きな瞳で我が汚れた目を見て笑うのだった。

そのあまりに綺麗な光景が虚構だとわかりつつも、それでも俺はその彼女に縋りつくのであった。しかしやはり虚構。その姿はじきに消えた。



再び独りに戻った六畳間は無論熱帯夜。まるでこの世に俺しかいないのではと思えるほど外は静かで、しかしそんな訳がないのは当たり前のことであった。街は夜であれどいくらでも人がいる。それがまた言葉に表すことのできないもどかしさを感じさせるばかりであった。

戻らない時は順調に過ぎ行き、彼女との距離もまた順調に遠ざかって行く。

そうして頭を抱える俺をまた、むごい扇風機の音が煽る。しかし煽られたとて走る勇気、それどころか宛てもなく、その寂しさや虚しさにとうとう「ああっ!クソ!」なぞほざいてしまう始末。そうして頭を掻き毟り意味もなく部屋の中を見渡した。言わずもがなそこに彼女の姿は微塵も無く、しかしそれでもなお、あんな失態をしてもなお、どうにか彼女の姿を眼中におさえておきたいという無責任な衝動に駆られ、それでも当然彼女に会いに行けるわけもなく、どうしたものかと頭を抱えた末に、ふと目に入ったゴミ箱を見て昨日彼女の写真をそのゴミ箱に捨てたことを思い出した。

もう忘れてしまおうと思った。無責任だろう。でもそれでももういいから、もう忘れてしまおうと思った。だから昨日、その彼女の写真を捨てた。捨てたというのに。



俺はゴミ箱に腕を突っ込んで彼女の写真を探した。扇風機はそっぽを向いており、俺は大粒の汗をかく。しかしそれを拭うこともなく、必死にゴミ箱を漁り、彼女の写真を探した。ソレを包んだ丸いティッシュや、お菓子の袋なぞで溢れるゴミ箱を必死で漁った。そうして俺はその彼女の写真を再び手にした。

俺はハアハアと息を切らしながら、俯き床にひざまずき、目を見開いてその写真の中の彼女に見入る。そうしてその写真を抱きしめるように、土下座のような間抜けな格好で固まり黙る。しばらくそうしていた。

それはまるで冬のような寂しさと虚しさがあった。


そうして俺はまた六畳間の熱帯夜で、傷つけた彼女にいつまでも無責任に縋り続ける。




彼女はこのクーラーも効かぬ六畳間で肌の表面と髪を薄い汗で濡らしていた。寝転ぶ俺の傍らで彼女もこちらを向き横になっており、たわいもない話をしては、その大きな瞳で我が汚れた目を見て笑うのだった。

実際この前クーラーが壊れてしまいました。外のホースが詰まっていたようでクーラーをつけていると永遠に水がポタポタと落ちてきて、下にタオルを置けど足りないわ、音があまりに鬱陶しいわでクーラーをつけれない状況になり、その日、六畳間は実際熱帯夜でした。そんな中何故か特に意味もない衝動に駆られ、そのままに三時間程でこの小説を書きました。この物語には実体験が多く含まれていますが、一つ言えることは、六畳間の熱帯夜で大粒の汗をかきながらも我が息子を慰めていたというのは紛れもない事実だということです。


タイトルは竹原ピストルさんがかつて組んでいたフォークデュオ、野狐禅の「便器に頭を突っ込んで」からつけました。すごく好きな曲なので是非聴いてください。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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