独楽と双六
鉛臭い電車のボックス席で、向かいに座っている20代半ばの男が、止まりかけた独楽のように頭をクネクネと動かしている。私はスマホに気をとられていたので、しばらくその動きに気づかなかった。彼は一時的に動きをゆるめると、ウーッという低いうめき声を上げ、よだれを垂らした。よだれは光りながら顎をゆっくり伝わり、青いサテン地の、薄汚れたジャンパーの袖に落ちる。この世の終わりを目撃したのか、目は焦点が定まらず、左目だけはあらぬ方向を見すえている。私は彼自身よりも彼の体液に触れることを恐れて少し身構えた。いたたまれない状況下で誰もがするように私は彼を直視することはひかえ、そのくせ意識は彼の動作に集中する。私は子供のときからの癖で、得体の知れないものはそのニオイを嗅ぐ。ひなたに干されたワラのように甘く、粘土とレーズンが混ざったような郷愁を誘うニオイ。彼の呼気から出るのか、体臭か、それとも私の思い込みか。決して引き締まることのないそのニオイを感じて、彼が障害者であることを認めた。
二度目のよだれが流れたとき、真横からスーっと腕が伸びてきた。大きめの黄ばんだタオルが荒々しく彼の口元を拭い、何事もなかったように元に戻る。競馬新聞を読んでいた中年男で、彼との年齢差や彼への素っ気ないふるまいから考えて父親と思える。それまで他人のふりをして座っていたが、息子の行状を見るに見かね思わず手を差し伸べ、素早く引っ込めた。職種は想像がつかない。ところどころ色あせたコーデュロイのジャケット、傷だらけの靴からは、決してラクではない生活が垣間見えるが、競馬をする程度の余力はあるのだろうか。それとも、自暴自棄の道のりか。私はカネの出どころは息子の年金かもしれないと思いなし、父親を横目で観察した。イラつきを隠そうとはせず新聞を手荒くめくり、別レースをながめている。
好奇の目にさらされるとは、どういうことなのだろう。そのような家族を持つのは。私は思いめぐらした。よだれを垂らして揺れる息子とその父親に、会話が成立した過去はあるのか。二人がいっしょに笑った出来事はあったのか。安住できる場所はあるのか。他人の生活を想像しては「素」に戻ることをくり返しているうちに、サイコロの出目に左右されるような双六人生を呪った。いくつ進み、いくつ戻り、いくつ進み、またいくつ戻り…。その途中で一部の者は盤外へと消えていく。
ターミナル駅が近づくと父親は息子の肘を支えて立ち上がり、ドアへと促した。息子はまだ頭を揺らしている。私も同じ駅で降りるため彼らのあとに続く。ドアが開いたとき、乗り込んでくるサラリーマンと息子の肩がぶつかった。小太りのその男はチッ!と舌打ちをして相手を睨みつけた。しかし、その様子が尋常でないことをすぐに察し、それ以上の言葉を飲み込んでいる。男は眉間にシワを寄せたまま、席を確保することが使命であるかのように、降りようとしている人々を掻きわけながら空いているシートへ急いだ。降りかけていた親子はなにも言わず、父親は電車から息子を引きずりおろしてその場を足早に立ち去る。混雑したホームの上、息子はなにもわからず、頭を揺らしながらただ引っぱられていった。
私は人波に流されながら行き交う人々を眺めた。どの人間も茫洋としてつかみどころがない。みんな、小さな世界に閉じこもっている。その小さな世界を守ることだけに、必死になっている。




