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足掻く鬼  作者: 猫崎
2/2

二話

 裏路地を進んでいく。

 薄暗く、小汚い、空気の重い道だ。人の気配は無いが、何か見られているような感覚がする。


「…………」


 幸い靴を履いていたから足が汚れる事はない。服は血だらけなのだが。


 何回も角を曲がって、曲がって、方向感覚も無くなって、この道は一度歩いた事がある道なんじゃないかと錯覚してきた。


 ……何か、来る。


 先程から感じる見られている感覚が、どんどん大きくなっている。

 でも、方向が分からない。ただただ存在感を増していく気配に、俺は壁を背にしてナイフを強く握った。


「おい、そこのガキ」


 声は進行方向から聞こえた。


「女だな。ナイフを捨てろ」


 上裸の男だ。30代くらいの、清潔とは言えない身なりをしている。でも、とても鍛えられている体だ。


「悪いようにはしない。抵抗しなければだがな」


「…………」


「そんな震えたナイフで何ができる」


 言われて、ナイフを持つ手が震えている事に気づいた。

 この男が怖いのだろうか。


「名前は」


「……」


「そうか、まあいい」


 そう言うと、男はこちらに向かって歩いてきた。


 男との距離が縮まる。ナイフを持つ手は震えているが、しっかりと握って男を──


「っ、ぁ……?」


 背後から、強い衝撃。


 それだけを理解して、俺の意識は沈んでいく。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 ジャラ


 頭部の痛みと、鉄の臭い。


「っ、ぅ……」


 瞼を開けると、眼前には鉄格子があった。


「ここ、は……」


「大丈夫? どこか痛くない?」


 ぼやけた視界で辺りを見回そうとすると、近くから声を掛けられた。

 そこには、ボロボロの布を体に巻いた少女が居た。少女の右足は鎖に繋がれていて、それは壁に伸びている。

 そして鎖の元を見れば、それが何本もある事に気づく。 


 ここには、鎖に繋がれた少年少女たちが押し込められている。


「ここは奴隷商。君も捕まっちゃったんだね」


 奴隷、商……。


「ここは、どこですか?」


「えっと、ここはレーナスだよ。他の街から連れてこられたの?」


「地球、アースで言ったら、どこですか?」


「え? ちきゅう? あーす? どこだろ、そこ。ごめん、わかんないや」


 …………。

 ここは、地球ではない?

 目の前の少女の言動と、頭から生えている獣の耳で、そう勘ぐる。

 …………だとしたらここは、異世界? 


「名前はなんて言うの?」


 少女が耳をピクピクと動かしながら聞いてくる。髪と同色で鮮やかな青色の、犬の耳だ。


「……アヤです」


「アヤちゃんって言うんだ。私はトトラ。獣人のトトラだよ」


 そう言ってトトラは手を差し伸べてきた。


 …………。


「? アヤちゃんは──」


「おい! さっきから何喋ってやがる!!」


 気が付かなかった。この牢の前に人が居る。


「す、すいません!」


 トトラは怒鳴ってきた男に向かって萎縮した。

 男は腰に帯剣している。その他はそこら辺に居そうな格好だ。

 そう言えばナイフが無い。服もワンピースから、トトラや他の子どもたちと同じような布を巻いたようなものになっている。


「チッ、黙ってろ!」


 そう言って男は壁に背を預け目を閉じた。見張り、なんだろう。


「…………」


 俺が移動すると、そこに居た子どもたちは離れていく。

 俺は部屋の隅まで行くと、壁に背を付け体育座りをして、これからの事を考える。

 さっきと同じだ。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「おいガキ共、飯の時間だ」


 ふと、見張りの男の声が聞こえた。

 男の方を見ると、鉄格子の前でしゃがんで何かをしている。その傍らには大皿が二枚。まさか、そのぐちゃぐちゃの嘔吐物のような物が飯だとでも言うのだろうか。


「ほらよっ!」


 どうやら鉄格子の下の方は皿や物を受け渡し出来るように別の小さな扉があるようだ。

 そこから大皿を二枚滑らせながらこちらに寄越してくる。


「…………」


 ちょうど部屋の中央辺りに滑ってきた二枚の大皿。

 一つは、ゴミやら何やらが浮いてる濁った水。

 一つは、嘔吐物のようなぐちゃぐちゃの何か。


 これを食べろと言うのだろうか。

 奴隷だとしても、もう少しまともな扱いは受けないのだろうか。

 と思っていると、子どもたちはその皿に向かってゆっくりと歩いていった。そして四つん這いになり、手を使わずに食べていく。犬や猫のように。


「アヤちゃん、食べないとだめだよ……」


 子どもたちの食事をじっと見ていると、口元を汚したトトラが近づいてきた。


「食べない」


 お腹は空いている。でも、何でもいいって訳じゃない。

 自分の中にある最低限の基準の更に下にあれはある。


「でも、食べないと怒られるんだよ……! 暴力を振るわれるの!」


 あの男か……。

 鉄格子越しに見張りの男を見つめると、相手もこちらを見ていたようで、ちょうど目が合った。


「おい、なんだその目は」


「…………」


「お前、飯を食べてないな?」


 男が鍵を開けて中に入ってくる。そんな簡単に開けていいものなのか。


「綺麗な顔だなあ、良いとこの出かぁ? 他の所じゃ良くされるかもしんねえけど、うちは違うんだよ、なッ!」


 殴られた、と思う。頭が点滅して良くわからない。


「ここのお得意様はよ、別に死んでもいいっつう太っ腹なんでよ。おかげで維持費が安くて済むんだわ」


 痛い。髪を引っ張られている。


「でもよぉ、だからって死体ばっかだったらあちらさんに悪いだろ? お前らを生かしてるのは、そういう俺達の誠意なんだよ、わかってんのか?」


 べちゃ


「ほら、食え! さっさと食え!」


「ん、ぐっ……」


「食えっつってんだろう、が!」



  ◇  ◇  ◇  ◇



 ここに来て五日が経った。抜け出せないか試しているが、どうにも難しい。

 食事はまともに食べていない。その度にあの男に暴行を加えられている。

 見張りはあの男ともう一人居るのだが、そちらは細身の男で、基本的にただこちらをじっと見つめているだけだ。

 獣人のトトラは初日二日目は俺に話しかけてきていたのだが、最近はこちらを見ているだけだ。


 あの日から俺はあの男に目をつけられたようで、何もしていない時でも殴られるようになった。

 一度目を潰そうとして失敗して、その後は気絶するまで殴られた。体は痣だらけで、恐らく右腕は骨折してる。


「おい、今日はお得意様が来ている」


 男がそう言うと、子どもたちはざわざわと騒がしくなった。


「…………」


 男の後ろから付いてきたのは、黒いローブで全身を隠した人間。体格からして男だ。



「ぼ、僕を買ってください!」「私を!」「俺も!」



 子どもたちが黒ローブに向かって叫ぶ。ここから出たいのだろう。

 でも、こいつに連れて行かれた所で何があるのか。きっと、ここと変わらない。


 黒ローブは、一人二人と子どもたちを指差した。そして最後の三人目を指す指は、俺に向いていた。


「かしこまりました。おいお前ら、邪魔だ! 散れ!」


 男が鍵を開けて、指名された子どもたちの鎖を外していく。

 そして最後に俺の鎖を外し、


「……向こうは地獄だぞ、俺に遊ばれてる方が幸せだったなぁ、ははっ」


 少し残念そうな顔で、そんな事を囁いた。

  

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