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奇談

かお

作者: たぷ

「これ、持ってるのも気味が悪いからお前にやる」

 差し出されたのは黒のマジックペンだった。

 学生時代からきのつくほど真面目で通っている友人にしては笑える冗談だ。

「これが、気味悪い?」

 マジックペンを受け取り、まじまじと眺める。なんの変哲もないマジックペンである。

友人は忌々しげに顔をしかめた。

「お前、忘れたのか。普段の生活態度に釣り合ってお気楽だな、お前は」

「こんなペン、ただのペンじゃないか」

「ただのペン! それで何をしたかって、俺に言わせるつもりか。おお、おぞましい」

 おおげさなほどに嘆いてみせる友人。

 僕にはわけがわからない。

 もう会社に戻るからと、友人はカフェに僕一人置いて帰って行った。



「ねえ、知ってる? へのへのもへじさん」

「最近噂の? 見てみたいなぁ、わたし」

「なあに、それ」

 隣の席の女子高生たちがパフェをつつきながら話している。

 ちょうどマジックペンで紙ナプキンにへのへのもへじを書いていた僕は思わず聞き耳を立てた。

「道端にうずくまって泣いている女の人に『どうかしましたか』って声をかけると、女の人が『顔をなくしたの』って振り向くのよ。その顔が、へのへのもへじなんだって」

「えっ、なにそれ、うける」

「でもそれを見て笑っちゃうと、への字が開いてばっくり、食べられちゃうんだって!」

「やだぁ、チョーこわ」

 女子高生たちはそこで顔を見合わせ、くすくす笑う。

 僕は紙ナプキンのへのへのもへじを見つめる。

 あの夜のことを思い出していた。



 雲がかかって、暗い夜だった。

 学生時代の友人たちと居酒屋でしこまた飲んだあと、僕の家で飲みなおそうと四人で夜道を歩いていた。

 電信柱の陰に、その女はいた。女だと思ったのは髪が長いからで、こちらに背を向けてうずくまって泣いていた。

 僕らはべろんべろんに酔っていた。ふだんはそんなことしやしないのに、友人の一人が鼻の下を伸ばして女に近づいた。

「おねーさん、どうしたの? こんな夜中に、こんなところでなに泣いてるの?」

「……たの」

「え?」

 女が首が折れるんじゃないかと思うほどの勢いで振り返った。

「顔をなくしたの」

 僕らは一瞬固まる。

 女の顔には“顔”がなかったのだ。

「のっぺらぼうだ!」

 友人は真っ赤な顔でけらけら笑って僕を振り向いた。

 重ねて言うが、僕らは一人残らずべろんべろんだったのだ。

「こういうのは、お前の出番だろ!」

 僕はこの時、とにかくトイレに行きたくて面倒くさかった。

「誰かペン持ってる?」

「俺、あるよ」

 僕は友人が取り出した黒のマジックペンを受け取り、キャップを外して女へ近づいた。

 つるんとした顔に適当にペンを走らせる。

「へーのへーのもーへーじ」

 友人たちがどっと笑った。

「うわー、すっげー美人!」

「よかったねー、おねーさん!」

「いーい顔してるぜ!」

 そうして、僕らはげらげら笑いながら帰路についた――。



 友人とカフェで話したその夜。

 久しぶりに夜の散歩をした。

 僕は飲み会をしたあの日と同じ道をのんびりと歩いていた。

 電信柱の陰に女がいた。うずくまって泣いている。

「どうかしました?」

「……たの」

 女が勢いよく振り返る。

「顔をなくしたの」

 つるんと丸い顔に、雑に書かれたへのへのもへじ。

 僕はさっとポケットからマジックペンを取りだし、キャップをはずした。

 キュ、キュ、キュ。

 へのへのもへじの口にあたる『へ』の部分に、短い縦線をいくつか書きたす。

 女は縦線に封じられた『へ』の口に指をたてて、んー、んーとわめいた。しまいに、のの目からぽろぽろと涙をながし、消えた。

「黙ってれば美人なんだから」

 家に帰った僕はマジックペンをゴミ箱に放り投げた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 下手な怪異より酔っぱらいの方が怖い、そう思った。
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