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仮題 死神は愚者が見る完全世界の夢を静かに刈り取る  作者: 浦井朝時
1章「新夢遊病患者(ドリーマー)」
8/11

1章④


新夢遊病患者。それが案内人と【Elysion】が生み出してしまった負の遺産である。


【Elysion】の販売コンセプト「子らによる天地創造(Genesis of man)」が示すように、このゲームは(拡張式空間生成システム)を取っており、プレイヤーは案内人を装着し、五感全体に作用する催眠導入により意識を仮想空間に飛ばされ、様々なユーザー登録を終えると【Elysion】を構成する二つの世界を目にする。


 一方はEVORES社自らが制作、生成したRPG空間【Ambrosia】

 信仰を失った神々によって異世界から召喚されたプレイヤー達が、神々が本来の力を取り戻し、崩壊した世界の回復のために必要な秘宝(Ambrosia)を巡る旅に出るといったストーリーのもと、各々ジョブ(天職)を与えられ広大なマップを冒険するゲーム空間になっており、今現在のアップデートでは世界各地の様々な宗教観を土台とした合計5つのステージが配信されているが、4つ目のステージに至ったものですらまだ全世界で数十人程度という空前絶後の鬼畜さを誇っていることで有名である。


発売当時、「まさしくこれが求めていたVRMMOだ!」ということで、プレイヤーたちは他プレイヤーとのクラン結成やステージ攻略に勤しみ、しばしば多くのプレイヤーは【Ambrosia】=【Elysion】といった認識を持ちがちであった。

しかし、発売から少ししてその考えは大きな間違いであったとプレイヤーたちは気付く。





「【Nectar】・・・、《実在する桃源郷》、《すべての望みが叶う場所》、か、、、」


 部署から支給された黒塗りのワゴンに乗り、恐らく今も職務放棄してアキバをぷらついている

であろうおちゃらけ上司から渡された書類に目を通しながら、天野卯月は一連の事件の根源であ

る【Elysion】もう一つの顔について思いを巡らせていた。


 「案内人との互換性を有するソフトの後出によって、多岐にわたるオプションが実現。そして【Nectar】利用人口の爆発的増加につながったと、、、うーん、なんで他社製のゲームソフトが出てきたからって【Nectar】を使う人が増えるんだろう?」

 バンッ

 「うわっ」

 「ううめひゃんううかひいかおひてどうひたの?」


外のほうを向くと、いつもならきれいに整っているもう一人の上司の顔が、鼻や唇がつぶれる形で窓ガラスに押し付けられていた。


「何やってるんですかセレーネ先輩。」

と、ジト目でパワーウインドウのスイッチを押す。


「い、いたい、痛いよぉウズメちゃん」

「仕事終わったんなら早く後ろ乗ってくださいよ。」

「いやぁ、ウズメちゃんが寂しがってるかなぁーなんて思いまして。」

「別に寂しかったりしてないので零間先輩みたくちゃっちゃと乗ってくださいよ。」


例の通り、表情一つ変えない若き(死神)は音一つ立てず助手席に座っていた。


「ちぇーノリが悪いですよねぇー。二人とも。」


渋々後部座席に乗る(女教皇)

二人が乗車したのを確認し、書類をまとめ運転席横のスペースにしまった。

車を発進させると、興味を持ったのかセレーネ先輩が書類に手を伸ばした。


「さてさて、お暇だったウズメちゃんが何を見ていたのかっていうと・・・うへぇーなにこれ仕事の資料じゃーん。」

「別にいいじゃないですか。」

「ダメダメ、ウズメちゃん若いんだからもっとファッション誌とか情報雑誌とか見ないと。」

「年端もいかぬ少女に若いとか言われたくありません。」


あ、やば


「それ皮肉で言ってる?」

「・・・!」


彼女が席を立ちあがり、運転席に覆いかぶさるような形で背後に迫ったのが分かる。

自分のすぐ左後ろにいる少女からはこちらにえも言わせぬような怒気が感じられ、彼女の表情をバックミラーなどでうかがうことすらも気後れしてしまう。


しまったとすぐさま自分の発言を後悔する。

面倒くさい絡みや見た目に似合わぬおじさん臭い言動にはもう慣れたが、この迫力にはまだ慣れない。

カーブを切ろうとするハンドルを握る手が汗ばんでいるのを感じた。


「新人をいじめるのもそれくらいにしておけ。」


自分と年もあまり変わらぬ(むしろ自分よりも若そうな)隣の青年が、本当に押しつぶされているかのような気迫にも臆さず制止する。


「・・・いやだなぁー、いじめてなんかないじゃないですかー」


嘘のように殺気が消えた。


「もう、乙女のデリケートな部分には触れちゃだめだぞ?ウズメちゃん。」

「は、はい。すいません。」


ほっと心の中でつぶやき、ひとまずの身の安全に安堵する。

そうだ、お礼お礼


「ありがとうございます。零間さん。」

「・・・」


相も変わらずの無言。

単に聞こえてないのか、それとも聞こえててその反応を取っているのか、この人は本当になにを考えているのかわからない。


「そういえば、さっきウズメちゃんは何で難しい顔してたの?」

「あぁ、それはですね」


バックミラーを覗き、つまらなさそうに書類をぺらぺらめくる少女を見る。

これだけみると本当に明日の学校の宿題に頭を悩ます小学生にしか見えないんだけどなぁ


「最近の新夢遊病患者多発の原因は【Nectar】における他社製のゲームの増加、ということになってるじゃないですか。それがなんでなんだろうなーと。」


そう告げると、彼女は少し考えるような素振りを見せた。


「うーん・・・、ウズメちゃんはそもそも新夢遊病の原因はなにかわかってるよね?」

「え、はい。【Elysion】内における自発ログアウト不使用による現実世界の肉体から精神の完全な分離を求める欲求、簡単に言えばVR空間へ死ぬまで現実逃避しようとすること、ですよね?」

「うむ、よろしーい。半分は、正解だね。」

「半分、ですか?」

「正確には【Elysion】の中でも【Nectar】空間を使用している人に限られるね。もう一方の【Ambrosia】はEVORES社の完全オリジナルゲーム空間。あらゆるプレイヤーの操作や行動の処理がEVORES社の管理サーバーを経由して行われるから、ログイン時間があまりにも長い人はプレイに制限がかかるようになってるんだよねぇ。」


それはそうだ。長時間ゲームに没頭していたら、いくら仮想空間が現実世界と何ら変わりないものとはいえ当然生命維持に必要な栄養や水分補給が必要となる。プレイヤーの安全面を考慮して、そのような対処がなされるのは当然だろう。


「では、なぜ【Nectar】で新夢遊病が発症してしまうのでしょうか?どちらの世界もEVORES社が開発、管理しているものですよね?」

「それはねーこのびっくかんぱにーのめんどくさーい経営方針が問題なんだよねぇ。」

「企業理念、というとあの情報公開のことでしょうか?」

「ざっつらいと!EVORES社はプレイヤーが仮想空間で各々の理想を実現できるように、完全に構成・設計、つまり「固定された」世界である【Ambrosia】、それともう一つ、手つかずの無制限拡張世界である【Nectar】を仮想空間内に造った。そして、【Nectar】と互換性のあるゲーム作成方法を公開することで、あとは勝手にプレイヤーの要望に沿ったゲームが生み出されていくってわけ。」

「なるほど。まさに「子らによる天地創造(Genesis of man)」。プレイヤーの自由な望みがかなえられるようにあえて仮想空間内に拡大可能な(余白)を生み出したんですね。」

「さすがわが妹!まぁ例えるなら【Ambrosia】は人々に夢を与えるテーマパーク、【Nectar】は自分たちの好きなように遊ぶプレイグラウンドってところかな。だから【Nectar】は【Ambrosia】に比べて自由度を高めるためにもサーバーのアクセス権が強力じゃないんだよねぇ。」

「妹じゃないですけどね。だから昨日渡された書類には【Nectar】のことが詳細に書かれていたんですね。」

「といっても、流石に強制ログアウト執行程度の最低限のアクセス権ぐらいはあるんだけどねぇ。」

「?ではなんでそれを実行しないんですか。」

「着いたぞ。」


隣で黙っていた零間が声を出す。

先程まで話に夢中で機械のようにカーナビに従って進んでいたが、ふと右を見ると私たちの職場である警視庁が他のビルから群を抜いてそびえたつのが目に映った。


「じゃ、あとは中で話そっか。」


 そう言うと彼女は書類をもとに戻し、小さいあくびを一つした。


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