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仮題 死神は愚者が見る完全世界の夢を静かに刈り取る  作者: 浦井朝時
1章「新夢遊病患者(ドリーマー)」
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1章⑥

元大会議室を改築したうちの職場はとてもじゃないが警察の職場とは思えない内装になっている。中には日本の職場特有のズラッと並んだデスクの列はなく、全体がガラスで区切られたさながら海外のお洒落なオフィスのようなデザインとなっており、外の廃れた廊下とは大違いな新社会人が選ぶ働きたい職場best5に入るんじゃないかという印象を持つ。

部屋数は少ないながら充実はしており、職員同士で話し合うディスカッションルームはもちろんのこと、休憩室には本格的なバーラウンジが備え付けてあり、簡単な料理や飲み物ならここで済ますことができる。また各職員専用のデスクはなく(板垣さんの受付用以外)、基本的に職場に登録された各自専用PCを持ち運ぶことで仕事ができるようになっている。

ちなみに、癪に障るがこの職場もおちゃらけ上司含む初期メンバーの提案らしい。

最初にこのオフィスを見たときには、私も少し心躍らせたものだが・・・


先輩に続きバーカウンターの席に着くと、隣で座っていた先輩がカウンターの高さに合わせてグンと背伸びをする。いや、正確には座るときには低かった回転いすが、先輩が座ると自動的にカウンターの高さまで伸びたのだが。

「話、といいますと何の話ですか?」

「えぇー忘れちゃったのー?ほら、強制ログアウトがどうこうっていう話だよぅ。」

あぁ、たしかそんなことさっきまで話してたな

「そうでしたね。すいません、自分から聞いといて。」

「いいのいいの、卯月ちゃん最近入ってきたばっかだし?」

注文して10秒もたたないうちに自動で出てきたオレンジジュース片手に話す先輩。

「それに・・・卯月ちゃんには、少し、同情してるからさ・・・」

ふと先輩のほうを見ると、ほんの一瞬だけ、そこには見たこともないような悲しい顔をした少女がいるように感じた。

が、それもつかの間、いつも見ているけらけら笑うような顔に戻ると、

「よし、ではでは、まだまだ未熟な後輩ちゃんにあたくし!セレーネ先輩が優しく、みっちり、仮想空間で何が起きているのかを教えて進ぜましょう!」

と意気揚々と話し始めた。


「さっきプレイヤーの強制ログアウト権限は最低限の管理者権限としてEVORES社が保有しているって言ったよね?」

「はい。それはEVORES社が直接管理している【Ambrosia】だけでなく、公的な仮想空間として制限を弱めた【Nectar】においてもそれは変わらない、ということですよね?」

「うん、その通り。」

先輩がオレンジジュースを口に運ぶ。

「・・ぷはぁー♪、だけどね、案内人が発売されてから1年ぐらいして、あるゲーム空間が【Nectar】内に出現するようになったんだー。」

「ゲーム?いったいどういうものなんですか?」

「【Nectar】専用VRゲーム『バベルの塔』。別名『桃源郷』ともネットでは言われててね。プレイヤーの理想や妄想を仮想空間で再現するっていうものなんだよね。」

「ざっくりとした内容ですね。」

「まぁ、例を挙げるなら、『モテモテになって女の子と一杯Hしたいっっ!!』て思えば、『バベルの塔』がそれに合わせてプレイヤーのステータスやゲーム内のストーリーを自動的に構築して、ラノベ主人公も顔面蒼白のいちゃこライフを仮想空間で送れるってわけ。」


なんだそれは、気持ちが悪い。

現実と完全に乖離した世界で己の欲を満たしたからって何が楽しいのか。

まだ、【Ambrosia】のように決められたルールに従って他のプレイヤーとともに仮想空間を楽しむ方がましというものだ。

どちらにせよ、現実逃避には変わりないが。


「買う人の心境が知れません。」

「私も同感。けど、これが現在では爆発的に普及して、今では法的に制限されているのにもかかわらず『バベルの塔』のプレイヤーは後を絶たない。まぁすべてがすべて新夢遊病患者になるわけじゃあないんだけど、統計的にはあたしたちが一人の新夢遊病患者を治療するごとに150人のプレイヤーが増えていくとされているわね。」

また一杯口に運ぶ。

「・・・ふぅ、そのゲーム、どうにもきな臭くてね。ある特殊な方法を使ってサーバーと案内人の接続を部分的に解除できるみたいでさ。【Nectar】空間内に存在する『バベルの塔』のエリア内なら管理者権限を無効化可能、つまり強制ログアウトをはじめとするあらゆるプレイヤーへの制限が利かなくなるんだよね。」

「なんですかそれ、やばくないですか。」

「幸い他の【Nectar】内に存在するゲーム空間及び【Elysion】全体において、今のところそのような現象が起こっているっていう報告は受けていないんだけど・・・ん、おかわり。」

グラスに残った液体を飲み干し、再度同じものを注文する。

「それでも危険なことには違いないわね。いつ、そのようなイレギュラーな事態が他のゲーム空間に波及するのかわかったものじゃないし・・・まぁ、『バベルの塔』についてほとんど何もつかめていない現状においては、新夢遊病患者をひたすら(治療)することしか私たちにはできないけどね。」

うんうんと頷く。

新夢遊病患者の原因にはそのような裏話があったのか。

「それにしても先輩。」

「ん?」

「滅茶苦茶真面目に話してくれますね。」

「?、いつも通りじゃない?」

そんなことない。

さっきまではふわっふわした受け答えで遊び半分で会話しているようだったが、カウンターの席で話し始めた途端に態度が変わった。

何か変わったことってあったかな・・・

ふと、最初に先輩が二つ注文したオレンジジュースを一口飲んでみる。

あ、これ普通にカクテルじゃん。

どうやらセレーネ先輩はアルコールが入ると無意識にキャラが変わる(いや、キャラづくりをやめる?)らしい。

中々面白いことを知った。なんか得した気分。

「ちょっと、話聞いてる?」

「す、すいません。あたしも喉乾いちゃって。」

「んもう、ここからが重要な話になってくるのに。」

「まだなにかあるんですか?」

はぁ、と先輩がため息をつく。

「あたし、まだ導入しか話してないんだけど。あんた、まだEcclesiaの仕事内容もわかってないでしょう?」

「新夢遊病患者の強制ログアウトが主な仕事内容ですよね?さっき言ってたじゃないですか。」

「ではその強制ログアウトの方法は何か、分かるかな~?」

と突然後ろから男性の声が聞こえてきた。


「葛原さん。」

「どうもどうも、新人ちゃん。」

「何しに来たの?」

冷めた口調で先輩が告げる。

「いやぁ~胸が温まるような師弟関係を拝見しましてね。思わず僕、来ちゃいました~」

「本当は?」

「セレーネちゃんの吐いた空気を吸いに来ました。」

「死ね」

「あぁ、そんな冷たいセレーネちゃんが好き!」


葛原亮。

こんな感じでもれっきとしたEcclesiaの職員、国が雇っている公務員だ。

特殊な性癖の持ち主で、見た目は幼い少女、しかし精神的に成熟している女性が好みらしく、それに先輩がどストライクだということで、私が配属されてから一週間、1日たりとも先輩へのセクハラ的言動を欠かしたことはない。どうやらMっ気もあるらしく、どんなに辛辣な言葉を言ってもめげるどころか喜んでしまうため、先輩もほとほと手を焼いているらしい。

しかしその異常性癖とは裏腹に、見た目はそこらの芸能人にも匹敵するほどのイケメン。実年齢は30を過ぎていると思うが、20代前半といっても十分通用するくらいの若々しさだ。


「まぁホントは新人ちゃんへ言伝てに来たんだけどねぇ~」

「伝言、ですか。」

「あぁ」

とつぶやくとさっきのにやけた顔から打って変わって、見るものに息をつかせるような神妙な面持ちになる。

「天野卯月、〈皇帝〉斉木真一部長が呼んでいる。至急〈皇帝の間〉へ向かうように。」


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