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秋山九十九の深夜食奇譚  作者: ざま菓子
3/5

午前二時過ぎの牛丼屋 二杯目

続くと思いませんでしたよね、私もです。


秋山九十九はまたしても牛丼屋に来てしまいます。そこで出会うのは、絶品の安い料理か、珍妙な客か。


 深夜に感じた空腹を高カロリーな食事で埋める。甘美で背徳的な行為であり、大半の人間が寝静まっている時間帯によって生み出される非現実感が人を非常識にさせる気がする。

 私こと秋山九十九はまたもこの誘惑に魅せられ再び異世界的な粒子が充満する深夜の牛丼屋にバイクで乗り付けてしまったのだ。



 また来てしまった、昼間実習で機械を相手に工具を振り回しているせいかなかなか太らないので、まだ目に見えてこの背徳的な行為の代償を払うには至っていない。なんて話を昨日太ももが妙に太い友人にうっかり話したら危うく殺されそうになったので、世の中のあらゆる女性にこの話はしないと誓った。命がいくつあっても足りゃしない。



 そんな命の危険を感じた一日だったせいか、今夜は一段と空腹感が強い。お腹と背中がくっつきそうなんてレベルじゃない、もっと強烈で破滅的な危機感がある。そんな空腹感を抱えたままカウンター席に座った私は、勢いに任せてチーズのせ鶏丼と味噌汁、さらにサイドメニューから半熟卵とライスとフライドポテトを頼んでいた。あれ? 私何頼んだっけ? と自問自答するくらい何も考えていなかった。



そんな勢いに任せた注文の仕方をしたのだから、いざ料理が全て出てきた時「うっわ」などと麗しき乙女にあるまじき呻き声が自然と吐き出されてしまっても仕方あるまい。2人用の小さいテーブルを全面使って並べられた品々に圧倒されている私の精神に逆らうように、胃袋は臨戦態勢に入っていた。


食べきれるの?これ全部?

やかましい!! 食うぞ!!


そんな葛藤が体内で沸き起こる。といっても注文してしまったものは仕方ない。一度箸を握ったが最後、私は小さなテーブルという土俵に足を踏み入れ戦いの火蓋を自ら切り落とす。とりあえずフライドポテトという外堀を埋めよう。丁度いい塩味のサクサクした食感を楽しむ、これこれ、この味だよ。

 私は食べながら店内を見回した。



 前回来た時は特徴的過ぎる他の客に気圧されて異世界に迷い込んだのかと思ったけれども、流石にいつも個性的な客がいるわけが……。

「おぅゴラ……お前どういうワケじゃこの野郎」

「どうもこうもねぇ、そのままの意味だろがバカ野郎」

 わお……いらっしゃっる。個性的や特徴的を通り越してある意味私とは違う世界に住んでおられそうな二人組が……よりにもよって私のすぐ隣にいらっしゃる。



 広い肩幅に高そうな黒服、おまけにサングラス、どこからどう見てもカタギのそれではない出で立ちの二人組が隣の席で眉間にしわを寄せ膝を突き合わせていた。

 深夜の牛丼屋だし、そうそう客など入るはずはない……空いてる席など腐るほどあるはず。私か二人組か、どっちが先に店にいたか思い出せないけど、わざわざ狙ってこの二人組の隣に座る奴はよっぽど肝の据わった人間だろう、狂人といっても良い。


 まぁ、その狂人が私なんですけどッ……!


 隣の二人組を意識した途端に味覚が鈍くなったような気がする、フライドポテトがただの脆い棒のように思えてきた。しかし今になって席を変えるのはあまりにも不自然すぎる……迂闊な動きをすれば最後、股間にタマを持たない私からでもタマを奪いにくるに違いない。



 とにかく席移動はできない、先に店に入っていたのが私であろうが隣の極道二人であろうが、その行為はあからさまに失礼なのだ。



「お前……俺の舎弟の時代からそうだったんか……?」

「あぁそうだ……あんたを兄貴と呼んでた時代からだよ……」

 なんか男の友情みたいなワードが交わされている……。そっちの世界の事情には全く詳しくないけど、この二人の組の中で派閥争いでもあって、この二人が別の派閥の人間だったとか……だろうか?



 極道モノの格闘ゲームとかならありそうな展開だが、間違っても私はその世界のモブキャラのようにぶっ飛ばされたくはない。

 とはいえ幸運にもこの二人、凄み合ってはいるが隣に座っている私の事はほとんど気に留めていないらしく、いきなり店内で喧嘩になっても巻き込まれるといった雰囲気ではない。



 フライドポテトを半分以上食べた私は一息つくために味噌汁をゆっくりと啜る。そもそもこの二人、そんな真剣になって一体何を話しているんだろうか?



「お前……プリンと言えば純白のミルクプリン一択だろうがッ……!」

「バっきゃロウッ……! 黄色くて濃厚なカスタードが良いんだろうがッ……!! 純白なんて邪道だぜッ……そんなもんはよぉッ……!」



 いやぁ、それは予想外ですわ。味噌汁飲んでる時にそんなやり方で笑わせてくるのは卑怯でしょ。よく耐えた! よく噴き出さなかったよ私!

 それにしても、どんな経過を辿ってこんな時間にここにいるのか知らないが……。


 深夜の牛丼屋でプリン談義なんかしてんじゃないよッ!!


 真っ昼間にカフェテラスで麗しき乙女たちが紅茶片手に話すような会話をこんな深夜に極道風のおっさん二人が眉間にしわ寄せて話してんじゃないよ。どっちも美味しいでしょミルクプリンとカスタードプリン。



 私はお椀に残った味噌汁の具を箸で豪快にかきこんだ。フライドポテトと味噌汁を連続で撃破した私の前には、まだチーズのせ鶏丼と半熟卵とライスという強敵が待ち構えている。



「ふん、味噌汁がやられたか……」

「所詮奴は我々の中でも最弱……」

「こんな簡単にやられるとはどう落とし前つけてくれる気じゃけ、おお!?」

 よせやい、お前ら料理まで極道に毒されるな。そもそもセットメニューでもない一匹狼同士のクセに。



「あの可憐なおなごを思わせる純白とそこからにじみ出る牛乳の甘味ッ……! これに勝る物はねぇだろッ……!?」

「わかっちゃいねぇな……カスタード独特のあの甘味とカラメルソースの極めつけがいいんだろうがッ……!」



 なんだか本当に指でも詰めそうな勢いで語り合っている。よく見ると男二人のテーブルにはモンブランケーキとショートケーキの皿が手つかずの状態で置かれていた。対する私のテーブルにはチーズのせ鶏丼、半熟卵、ライス。うーむ……歯がゆい。

 極道風の男が甘党でも、まして女の私がスタミナたっぷりの丼飯だろうと何一つ問題はない、ないはずだけど……。そこで洋菓子について語るのはどっちかというと私のポジションでしょ、あんたらはむしろ『こっち側』でしょ。



 極道風甘党の男二人を尻目に半熟卵を乗せたご飯を喉に通していく、半熟卵をチーズのせ鶏丼にかけるという選択肢もあったが、どう考えてもパンチが強すぎる。

 最後にはほとんど飲むようにして半熟卵かけご飯を平らげ、私はようやくメインのチーズのせ鶏丼に箸をつける事ができた。我ながら驚きだがまだ胃袋に余裕がある。すかさず一口、二口。



 隣の二人組に気を取られて気づかなかったが、店内にもう一人お客さんが入っていた。推定70歳前後のおじいさんだ。

 おじいさんがこんな時間に起きてるものなのか、変わったご老人がいらっしゃるものだ。

 このご老人は一体何を食べているんだろう。私はそのまま視線を下へ移す。老人のテーブルの上には薄赤い物体が小高い山を作っていた。

 なんだろうあれは、かき氷? ケーキの類を扱っているこの店でもかき氷なんて出していただろうか。私はとっさにメニューを広げた。しかしいちご味のかき氷などメニューにはない。あの老人は一体何を……?

 目を凝らしてじっと観察すると、とんでもない光景に私は戦慄した。



 あのおじいさんッ……紅ショウガ山盛り乗せてるッ……!!



 あまりにも盛ってるせいで遠目にはもはや何を食べているのかわからない。まさしく紅ショウガの山、もはや牛丼屋で乗せていい量を遥かに超えている。というか、あのおじいさんはあの量を普段から食べているのだろうか、そうだとしたら間違いなく早死にする。



 とは言うものの、冷静になって考えてみれば私も似たようなもんだ。昼間何も食べていないわけでもないのに深夜にチーズ乗せ鶏丼、半熟卵、ライス、味噌汁、フライドポテトという同い年の男子でもなかなか頼まない量を一度に注文し、しかもそれをあと少しで平らげようというところまできているあたり、我ながら化け物じみた胃袋をしていると思う。



 そう自戒している間にも老人は丼にこんもり築かれた紅ショウガの山を削って口に運んでいる。もはや紅ショウガがメインで牛丼がおまけ扱いだ。

「なら生クリームの乗ったプリンはどうなんじゃいッ!!」

「ありゃあアクセントって奴だろうがッ! そんな事もわかんねぇのかこの野郎ッ!」

「んだとぉッ! キャラメルソース仕立てのプリンの良さもわからねぇくせにッ!」



 隣ではプリンに関する怒号がヒートアップしている。心底どうでもいいけど、巻き込まれてしまうわけにもいかないので私はさっさと丼の残りをかき込んで席を立った。一応今回のラスボスにあたるはずのチーズ乗せ鶏丼だったけど、思いのほかあっけないラストであった。



 レジの近くに備え付けられたボタンを押すと、前回と同じくどう見ても外国人な店員が流暢な日本語で対応しに来た。ここで冷静になって「ちょっと、あなた店員でしょ? あそこのうるさい二人組に注意してやってよ!」などと言ったところで無意味だろう。少なくとも、この店員は店の中でトランプタワーを作っている学生がいてもガン無視を決め込む店員なのだ。怒鳴り合いぐらいかわいいものなのかもしれない。



 付き合ってられん、というより、私は二回目にしてこの混沌とした雰囲気に慣れてしまった感じがしていた。充分すぎる満腹感によって鈍り切った思考力が、一刻も早くこの空間から離れなければ自分もこの混沌と一体化してしまうと警告していた。



 まぁ、こうやって逃げるように家に帰ったところで、どうせまた引き寄せられるように深夜に来てしまうんだろうな……と思いながら、私はダックスのエンジンを吹かして颯爽と走り去った。

 

牛丼屋に行くと何故かネギトロ丼を頼みたくなります。というか頼んでます。

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