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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

僕を見つめる鏡

作者: 叶ルル
掲載日:2018/07/14

 とある俳優養成所の稽古部屋。五階建てのビルの最上階にある。

 学校の教室二つ分程の広さが有るその部屋は、窓側以外の三方の壁を鏡で覆ってある。

 僕はその養成所の一年目だ。高校を卒業してすぐに入学した。


「臭っ。今日も臭いやつが居るな」


 三年目の先輩、桧山康太(ヒヤマコウタ)が辺りを見回しながら大声を上げている。

 この養成所は、大半の者は俳優デビューを果たすと卒業する。


 この人が三年目なのは、つまりそういう事だ。


 たまにフラッと現れては僕たち後輩を罵倒する。

 三年目の生徒はとても少ない。卒業するか、俳優になることを諦めるか。

 諦めの悪い人のラストチャンス、それが三年目。


 今日も突然現れて、僕たちの邪魔をする。

 鏡の前に並んで発声練習をしている僕たちを、順番に小突いていく。


「お前か? 違うな。次!」


 桧山康太は、鏡の前に並ぶ生徒を順に小突き、ついに僕の目の前に来た。


「てめぇかよ! 臭ぇんだよ。お前もう帰れよ。邪魔」


 僕は大きく突き飛ばされ、尻餅をついた。

 この人は、僕を目の敵にしている。皆に厳しいのだが、特に僕に対してとても厳しい。


 まただ。今日もこの人に邪魔をされる。僕はただ普通に練習したいだけなのに。


「嫌です。帰りません」


「うるせぇ。喋るな」


 この人はいつも偉そうにしている。

 講師にはペコペコと頭を下げているが、僕たちの前では王様にでもなったかのような態度。


 年は、僕より少し上。そして、芸能界は一日でも早く入れば先輩で、先輩は何よりも優先される。

 一年目の僕は、三年目のこの人よりも二つ後輩にあたる。



 講師は居るのだが、なぜかこの人の行動を咎めようとはしない。

 面白くない顔をして眺めるだけだ。


「帰るんなら、そこの窓がいいぞ。一階まで数秒だ」


「それだと土に還ってしまいますよ」


 同期の誰かが野次を飛ばすと、教室でドッと笑いが起こる。


「肥料になるから地球に優しい」


「あいつが肥料じゃ木が枯れる」


 同期のつぶやきに、桧山康太が野次を返す。

 一体何が面白いというのか、教室は笑いに包まれた。






 発声練習が終わり、台本を渡されての3分のショート演劇。

 その場で渡された台本をすぐに覚えて演技するという授業だ。

 康太さんが台本を配る係なのだが、僕には渡されなかった。


「僕、貰っていません」手を上げて言ったこの言葉は、この場の全員に無視された。




 今日の授業は、演技する生徒をただ眺めるだけで終わってしまった。

 この人が来るといつもそうだ。僕は何もできなくなる。何もさせてもらえない。




 今日の授業はこれで終わり。放置された台本を拾い、誰も居ない稽古部屋で自主練習をしていた。


「よう。大変みたいだな」


 突然話しかけられて演技が止まる。入り口を見ると、ドアの近くに誰かが立っている。


「……兄さん?」


 ずっと昔から会っていない、双子の兄。

 いつぶりだろう。生まれてから一度も会っていいような気がするほどだ。でも毎日会っていたかのような安心感もある。


「ああ。見てたぜ。苦労しているな」


「どうしてここに?」


「そんなことはいいだろう。練習続けろよ」


「もうそんな気分じゃないよ。どこかでゆっくり喋ろう」


「そうか。じゃあ、お前の家に行っていいか?」


「もちろんいいよ」




 地下鉄に乗り、特に会話をするわけでもなくアパートに帰る。

 築40年のボロアパートだが、中は意外と広い。2Kの間取り、ユニットバスとベランダ付き。

 稽古場を意識して、部屋中に鏡を置いてある。

 リサイクルショップで見かける度に買っているので、部屋の中は大小様々な鏡を張り巡らせている。


「ねえ、今日は突然どうしたの?」


「いや。しばらく一緒に住もうと思ってな」


「住む所無いの?」


「まあそんな所だ」


 それから、兄さんの近況を聞いたのだが、詳しくは教えて貰えなかった。

 僕の愚痴には、小さくうなずきながらずっと聞いてくれた。


 養成所に入るんじゃなかった。俳優なんか目指すんじゃなかった。すべて桧山康太のせいだ。


 気が付くと、僕も兄さんもボロボロと涙をこぼしていた。




 次の日もその次の日も、兄さんがすべてを聞いてくれる。養成所で何があったか。どんな目に遭ったか。




 バイトも養成所も休みのある日。相当疲れが溜まっていたのか、ずいぶん長く眠っていたようだ。

 窓から見える太陽は、真上を通過してすでに傾きかけている。


 僕はベランダの窓に掛けられたカーテンを開けた。


「ひっ」


 ベランダには、昨日まで無かったはずの大きなプランターが置いてある。人が入りそうなほど大きなプランターだ。


 そこには大きな向日葵が数本植えてあった。


 その向日葵は、太陽を無視して僕を睨みつけていた。




 ()()()()の顔で。




 僕はすべての向日葵を引き抜き、ぐちゃぐちゃに潰してゴミ袋に押し込んだ。

 今日はゴミの日ではないが、同じ部屋に置いておきたくないのですぐにゴミ置き場に持っていく。


 記憶も意識も曖昧だ。とにかく必死で向日葵を捨て、気が付くと日が暮れていた。

 この部屋には僕と兄さんしか居ない。であれば、あの向日葵を植えたのは兄さんだ。


「兄さん、あの向日葵、何?」


「向日葵なら丁度いいと思ったんだけどな。ダメだったか」


 兄さんは、それ以上詳しくは教えてくれなかった。


 次の日の朝。養成所に行くために起きると、ベランダのカーテンの隙間から、何かの蔦が見えた。


 気になってカーテンを開けると、プランターに植えられた朝顔の蔦に、無数の小さな桧山康太の顔がくっついている。


「うわっ!」


 まただ。今日は朝顔。今日もすべてを引き抜いて、ゴミ袋に詰めて捨てた。

 ベランダのプランターは異臭を放ち始めている。

 まるで何かの呪いのように。



 この日の養成所は平和そのものだった。桧山康太が来なかった。無断欠席だそうだ。

 いつも居るわけでは無いので不思議では無いが。




 ここ数日、連日続く桧山康太の顔が咲く花に悩まされている。毎朝見たくない顔を見て、引き抜いて捨てる。

 しかし、桧山康太の花が咲くようになってから本物の桧山康太に会っていない。


 授業にもまともに参加できるようになった。

 兄さんと話をすることでも心が落ち着いたのだが、あの人が居なくなった事で心の平静を取り戻した。




 最近とても調子が良い。毎朝咲いている花を除けば……。

 プランターの異臭は日に日に酷くなっていっている。


 これをやっているのは兄さん。


 でも、僕の通帳残高がどんどん減っていっている。

 そして、プランターからはとんでもない悪臭。土が腐っているかのように臭い。




「兄さん、もう勘弁してよ。何で花なんか買うんだよ」


「いや、あいつの養分を吸ったトマトとか、食いたくないだろ?」


 は? え? 何で?

 向かいの壁にもたれ掛かった兄さんは、平然とした顔でそう答えた。


「どうして?」


「あいつの懐で育ったじゃがいもなんか絶対食えないぞ」


「兄さん……。何したの?」


「桧山康太を埋めた。人のこと言ってた癖に自分の養分はイカれた花を咲かせるんだぜ」



 兄さんはきょとんとした顔で言う。

 まるで当たり前のことをしているかのように。

 口元はニヤリと緩んでいるが目は笑っていない。



「何を言っているの?」


「人のこと臭え臭え言っておきながら、自分の方が臭えじゃねえか」


「兄さん?」


「おもしれえだろ?笑えよ」


「笑えないよ!」




 今日は養成所に行かず、プランターを撤去する事にした。

 黒いゴミ袋に土を詰める。悪臭が酷い。

 部屋の中に居る兄さんは、ニヤケ顔で「臭え臭え」と騒いでいた。


 兄さんは、いつかテレビで見た、異常な犯罪者のような顔をしている。

 手伝うどころかベランダに出ようともせず、体を壁に向けてしゃがみこんでいるのだが、一応こっちが気になるのか、顔だけはこちらに向けているようだ。


 時折土に混じってドロリとした臭いものが手に触れる。何度も吐きながら必死で作業した。

 土の中からたまに顔を覗かせる白い塊は、もう気にならなくなった。


 ゴミ袋4袋分。桧山康太の養分が詰まった土。どこに捨てる?この近くはダメだ。車を借りて山に行こう。

 玄関にゴミ袋を積み上げ、準備が完了した。

 兄さんは僕の近くでニヤニヤと笑うばかりで、何も手伝ってはくれなかった。


『ピンポーン』


 インターホンが鳴る。誰かが来たみたいだ。警察?


「はい。どなたですか?」


 玄関先には、スーツ姿の二人の男性が立っていた。


「警察の者ですが。桧山康太さんをご存知ですよね?」


 来た。拙い。悪臭漂う玄関で、警察と対面。バレる。後ろを振り返ると、部屋の奥に兄さんが見えた。

他人事のようにニヤニヤしている。僕が対応するしか無い。


「はい。養成所の知り合いです」


「行方不明になっています。調査に協力して頂けませんか?」


「いえ……。兄さんが……」


 兄さんはいつの間にか僕の横に立っていた。


「お前がやったんだ。全部、お前が」


 愕然とした。兄さんは僕のせいにしようとしている。全部僕がやったと。


「君、この袋の中を見てもいいかい?」


 一人の警官が袋を開けた。中には桧山康太が詰まっている。

 顔を歪ませた男は、土に塗れた白い棒に気が付いたようだ。


「詳しくお聞きしたいので、同行して下さい」


「僕じゃない! 僕は知らない! 兄さんが。全部兄さんが!」


 鏡に映る兄さんに指を差して叫んだ。


 兄さんは困った顔をして僕に指を指している。


「お前だよ。首を締めたのも、土に埋めたのも」


「違う! 兄さんじゃないか! 僕は知らない!」


 兄さんは「お前がやった」と、僕にささやき続けた。真顔で。

 まるで自分は無関係だ、と言わんばかりの態度で。






「君は、一人で何を言っているんだ?」




 唐突に思い出した。




 僕は双子じゃない。




 僕には兄さんなんか居なかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はじめましてです。小説を読ませて頂きました。ラスト怖かったです。いわゆる多重人格症ということだったのかな、と思いました。面白かったです。今後も宜しくお願い致します。
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