異世界ってどんなものなのかしら
今日も息子は朝ごはんを食べにリビングに降りてこない。
おそらく今日も学校に行く気はないのだろう。
それでも、毎日起こしに行くことだけは続けようと思う。
私が諦めちゃったら息子はもうあの部屋から出ることはないだろうけど、私が根気よく続けていればいつか想いが届くかもしれない。
よーし、じゃあ今日は物で釣る作戦で行こう。
あの子はアニメ好きだし、何か買ってあげるって言えば、意外と行けるかも!
でもまずはいつも通り
「海斗ちゃーん、そろそろ学校に行ってみない?」
ドアをノックしながら言う。
これに答えが返ってこないのはもう学習済みだ。
いつもならここで引き下がるところだが、今日は違う。
とっておきの秘策がある。
「ねぇ海斗ちゃん、もし海斗ちゃんが学校に行ってくれたらなんでもしてあげるわよ。何か欲しいものとかないの?」
これなら行けるんじゃないだろうか?あの子はフィギュアとかが欲しいはず。
フィギュア一つ買うだけで引きこもりから脱却してくれるのであれば私は喜んで買いに行こう。
「じゃあ.....異世界に連れて行ってくれたら考える」
「分かったわ!異世界に連れてってあげればいいのね!」
まさかこんな簡単に釣れるなんて思ってもみなかった。
異世界に連れてってあげるだけで学校に行ってくれるなんて!
じゃあ早速.....ってあれ?異世界ってなんなのかしら?
さっきはあの子が学校に行ってくれるってことに感動して、つい二つ返事で連れてってあげるなんて言っちゃったけど、どうしよう…。
でもこんなまたとないチャンスを逃すわけにはいかないわ。
異世界についてちゃんと調べて、絶対にあの子を異世界に連れて行くんだから。
そう思って私はパソコンの電源を入れた。
まず普通に『異世界』というキーワードで検索してみる。
へぇ〜異世界って意外と楽しそうね。魔法とか使ってみたいけど.....というかそれ以前に異世界にどうやって行くかってことを考えないとね。
今度は『異世界 行き方』で検索する。
それで出てきたものは.....都市伝説ばかりだった。
それでも根気よく画面と睨めっこを続けていた私の目に、遂に有力な情報が飛び込んできた。
『異世界を作ってその世界に住む方法』
これがタイトルだった。
今まで見てきたサイトはもともとある異世界へどうやって行くかということが書かれていたのだが、このサイトでは異世界を作ってしまおうというのだ。
なんて現実的なのかしら!
ほうほう、魔法陣を書いて血を垂らすだけでいいの?
すごい簡単じゃない!
成功するか分からないけど、とりあえずやってみよっと!
私はパソコンに映った魔法陣の画像を鉛筆で写し取った。
あとは血を垂らすだけね。
指をちょっとナイフで切ってと……
私の意識はそこで途切れた。
どれくらいの時が経ったのだろう。
目を開けると、私の前にはさっき自分で作った魔法陣が置かれている。
でも、ここは明らかに私の家じゃない。
真っ白な広い空間の中にこれまた真っ白なテーブルとイスが置いてあって、私はそのイスに座っている。
「まさか.....私、出血多量で死んじゃったの⁉︎」
「人を呼び出しておいて、何を寝ぼけたことを言ってるんですか.....。」
声がした方に目をやると、何もいないただの白い空間だったはずのところに一人の男が立っていた。
「あの〜.....どちら様でしょうか?」
「はい.....?私のことを知らないんですか?」
「知らないも何も......そもそもここは天国っていう認識でいいんですよね?まさか私が地獄行きなんて事は.....」
「ちょっ、ちょっと待ってください何を言っているのかよく分かりませんが、とりあえずここは天国でも地獄でもありませんよ」
「へ.....?」
「その魔法陣に血を垂らして契約をしたのでしょう?」
彼の目線の先には私がさっき書いた魔法陣があった。でも契約って何.....?私、詐欺か何かに巻き込まれちゃったのかしら......。
「なんかすごい焦ってますけど大丈夫ですか.....?一応聞いておきたいんですが、あなたは世界を創造しに
来たんですよね?」
それを聞いて思い出した。
そういえば私は海斗ちゃんを異世界に連れて行こうとしてたんだった。
「そうなのよ。私の息子を異世界に連れてってあげようと思って!」
「急にタメ口ですか.....まあ、あなたが目的を思い出せて良かったです。では、どんな世界を作りたいですか?とりあえず言ってみてください」
「私の息子が学校に行きたくなるような世界かしら」
「.....話が飛びすぎで全く理解できませんよ。説明していただいてもいいですか?」
どうやらこのお堅い執事風の男は頭も堅いようだ。
まったく、この私の言ってることがわからないだなんて.....。
そう思いながら、私は海斗ちゃんがひきこもりだということと、異世界に連れて行けば学校に行くという約束をしたことを話した。
「要するに、ひきこもりの息子さんと約束したから異世界に行きたいというわけですね。はぁ.....最初からそう言えばいいのに.....別に名前とか誕生日とか言わなくていいのに.....三十分も聞いてたのに大事なところは一分もあれば説明できる内容だったなんて.....」
最後の方は、声が小さくなっていってよく聞き取れなかったけど、彼に理由を伝えることはできたみたいだ。
すると彼は少し考えるような動作をしたかと思うと不意に口を開いた。
「正直な話をすると、異世界に行ったからといって学校に行くようになるとは思えません。ですから、あなたが創造する世界に学校を作ってみたらどうでしょう?現実の学校と同じような体験をさせるのです。ゼロからのスタートなら息子さんもそこまで嫌がらないと思うのですが」
「それいいかも!じゃあそうして。」
「では、学校のある世界ということで。他には何かありますか?」
「他って例えば?」
「そうですね。言語を日本語にするか、それ以外にするかということとか、種族を人間だけに限定するのか、他の人外も住んでいる世界にするのかとか、モンスターが存在する世界にするのか、しないのかとかですね」
「言語を日本語にって……あなたバカなの?日本語以外でどう話せっていうのよ。」
「……一応異世界語っていうのもあるんですけどね……」
「小さい声でボソボソ喋っても聞こえないわよ。もっとハキハキ楽しそうに!はい笑って笑って〜」
「余計なお世話ですよ……とにかく、言語は日本語ということで。では種族のことを決めましょうか」
そういえば息子はエルフ耳の女の子が好きで、フィギュアとか持ってたっけ。
「あ〜じゃあエルフとかそういうのがいる世界にしてほしいかな」
「分かりました。では次はモンスターのいる世界にするのk……」
「もう飽きちゃったから後はそっちで適当に決めていいわよ」
「はい……?」
「いや、だから後はそっちで適当に……」
「聞こえなかったわけではないですよ!そうではなく、これからずっと住む世界の話ですよ!しっかり決めてください。そうしないと現実に帰れなくなりますよ。」
「マジ……?テンプレみたいなのってないの?」
「一応私を媒体として世界を作ることになっているので、必要なことはすべて私に言って下さい」
「はぁ……面倒くさいわね……じゃあ続けてくれるかしら。」
「面倒くさいって……あなたが異世界に行きたいって言ってるんですけどね……」
目の前の彼が、ため息をついてこちらを見てきたのでサッと目をそらす。
この後、三十分くらい話して細かいところを決めた。
しっかし、ホントに長いわね……もう諦めようかしら……。
「ではこれが最後です」
「や、やっと終わるのね……」
「現実世界に戻る条件は何にしますか?」
「条件っていうのは?」
「よくある異世界転生系のラノベとかだと、魔王を倒したら現実世界に戻れるといった感じなのですが、どうしますか?」
「そうね〜何か人の役に立つことを習得したら、にしようかしら」
「わかりました。ではそうしておきます。」
「ありがとう。で、私と息子はどうやってその世界に行けばいいのかしら?」
「私が転送しておきますので、その心配はしなくて大丈夫です。」
「そう、じゃあお願いするわ。」
「では、異世界での新生活をがんばっ……」
彼の言葉は途中からよく聞こえなくなって、私は人生で二回目の意識が途切れる体験をした。
目が覚めると、私は映画でしか見たことないような豪華なベットに寝そべっていた。
「うまくいったみたいね……」
最初は半信半疑だったけれど、ホントに異世界に行けるなんて……さっきまで私と喋ってた彼は意外と凄い人なのかも……
「お目覚めですか?」
そこには見知らぬ男がいた……。
「誰よアンタ!なに他人の部屋に勝手に入ってきてるの!」
「痛い痛い、別に不法進入者ではありませんから!だから叩かないでください!」
「なに言ってるの!この部屋にはお金なんてないし今出てったら見逃してあげるから!さっさと出て行きなさいこの盗人!」
「ちょっと、ホントに叩くのやめてくださいってば!私はアルス様の部下ですから!」
「アルスって誰よ!」
「誰って……あなたと一緒にこの世界を作った人ですよ!」
数秒間の沈黙が舞い降りる。
「え……?ホントごめんなさいね。でも、名乗らなかったあなたも悪いのよ。」
「アルス様の名前も知らないのに名乗っても無駄な気がしますけど……」
「あなたたちは声が小さいのよ!もっとハキハキ喋んないと聞こえないわよ!」
「ご、ごめんなさい」
「まあいいわ。それより、なんであなたはここにいるのかしら?」
「アルス様にあなたの生活をサポートするように、と言われまして。なにか困ったことなどがありましたら私に言ってください」
なるほど。要するに彼は私のお手伝いさんのようだ。
よく見たら意外とイケメンだし、スタイルもいいわね!
「その変な目で見るのをやめていただけませんかね……ちょっと、聞いてます……?ねぇやめてくださいってば!お願いしますって!ほんと冗談とかじゃないんで……ねぇ……ちょっと……」
若い男の初々しい反応を楽しんでいたとき、鐘の音が響いた。
「あ、そうだ。私海斗ちゃんを起こさなくっちゃ。」
海斗ちゃんはもう起きてるかしら?きっと驚いてるだろうな。
まさか朝起きたら異世界にいるなんて、想像してなかっただろう。
部屋の前に立って、さぁドアを開けよう、としたそのとき
「来世はコミュ力高めのイケメンに生まれ変われますように!」
海斗ちゃんの叫びが聞こえた。
「何言ってるの海斗ちゃん!海斗ちゃんはコミュ力...はちょっとないかもだけど、すごいイケメンよ!まだ高校生なのに来世のことなんか考えてちゃダメよ!」
私がドアを勢いよく開けて部屋の中に入ると、すごく驚いた様子の海斗ちゃんが立っていた。
「って、ちょっと待てえぇぇぇぇ!なんで母さんもここにいるの?まさか親子2人とも誘拐?」
「なに寝ぼけたこと言ってるの?海斗ちゃんが行きたがってた異世界に連れてきてあげたんでしょ。」
「えええええええ⁉︎」
海斗ちゃんの驚いた声が私の鼓膜に響いた。