世界を救いに行こう!前編
音がしない。
俺はゆっくりと目を開ける。
周りには何一つとして物がなく、ただ真っ暗な空間が広がっているだけだ。
立ち上がる。
何も考えずに歩いていく。
(…………)
……?
微かに、誰かの声が聞こえた気がした。
音の方向に向かって歩いていく。
(……あいつってマジやばくない?空気読めてないっていうか……)
(……ホントだよね。あいつ一人で何生意気言ってるの?って感じ……)
顔をしかめる。そんなことどうでもいいじゃないか。ただ一つ失敗しただけなのに。
(……俺あいつの顔見るたびにストレスたまるんだけど、マジで殴ってもいいかな……)
(……やめとけって、お前の手が汚れるだけだぜ?)
(確かに、あいつの顔汚いもんな。ホント存在するだけで邪魔だし)
(さっさと転校するなり自殺するなり、どっか行ってくんないかな)
……少し前までは普通に話せていたのに。
(……ごめん。もう、別れよ?)
「なんで……なんでみんないなくなるんだよ」
俺はその場に手をついた。強い吐き気が襲ってくる。
息が苦しい。
(お前はその場所に一人でいるのがお似合いなんだよ)
「うるせぇ……そんなに喧嘩がしたいのなら、出て来いよ!」
大声で叫んだ。しかし、暗闇の中にその声は吸い込まれて消えていく。
周りには誰もいない。
信用できる仲間など、誰一人としていなかった。
軽く話せるとしてもそれはうわべだけの付き合いで。
結局それは虚像でしかなかった。
………。
……………?
うっすらと、本当に小さくて頼りない光が、暗闇の先にあるように見えた。
「………!」
俺は立ち上がって走り出す。
偽物ばかりのこの場所で、一つくらいはあるかもしれない本物を探して。
「………ん?」
目が覚める。時計の針はちょうど6時を指している。
「んー、ん?あ、あー、また戻ってんのか」
どうやらまた、松風葵として生活しなきゃならないみたいだ。
「……なんでまたこっちに潜り込んでんだよ」
なぜかまた彼女は隣で寝ていたらしい。
確かにこの家はそんなに広くないけど、二人一緒に同じベッドで寝るのは問題あるだろ……。
まあ、襲ったりする気はないんだけどね。危ない時はあるけど、俺女だし。
いつも通り、俺は朝食を作り始めることにする。
「んー、今日も何かいいことがありそうな天気ですねー」
「いつも晴れてるけど?いいことがあるってわけでもないだろ」
「え、今日なんかとげとげしいですね。昨日何かあったんですか?」
「いや、別になんもねえよ……」
空と二人で通学路を歩いていく。
そういえば昨日は、空がいなかったんだっけ。
普通にバイトで忙しかったし、昨日は空が来る前の生活と同じような一日だったな。
「私がいない間、葵ちゃんは何して遊んでたんですか?」
「えーっと、仕事してました」
「おー、葵ちゃんは働き者ですね」
えらいえらいと頭をなでてもらう。なんかちょっとうれしい………じゃないだろ!
「ちょ、なにやってんの!?」
「え、頭なでなでしてあげただけですよ?」
キョトンとした顔をしてこちらを見てくる。
「いや子供じゃないんだから、はずかしいだろ、もう」
「おお、恥ずかしがる葵ちゃんもかわいいですね~。ちょっといじめたくなっちゃいます」
「いや、すいませんマジでやめてください」
俺は軽く白旗を上げて降参の意を示す。
「というか、空も昨日どこに行ってたんだ?ってか俺の体も返ってきてたし」
「えーっと、……どっか遠いところです」
なぜか急に敬語になる空。視線も落ち着かずに行ったり来たりを繰り返している。
「いや、遠いところってどこだよ。昨日一日中いなかったんだから……ちょっとは寂しかったし」
「そ、それは、その、ありがとうございます……」
2人して赤い顔をしてうつむく。
「えっとですね、遠いところというのは比喩表現なんです」
「……え?」
「実はちょっと色々ありまして、その時になったらいつか、葵ちゃんにもお話しますから」
「なんか大変なこと?」
「そういうわけではないです。……でも、とても大切なことです」
……大切なこと、か。
そういう空はとても穏やかな表情をしている。
「彼氏?」
「え?違いますよ。私は葵ちゃん一筋です!」
失礼な!とでも言いたげな顔でこちらを見てくる。
びっくりした。なんか男がらみのことかと思って焦った。……てあれ?なんで俺があせらなきゃいけないんだ?
「とにかく、ほかに大事なことがあったんです!とりあえず、この話はおしまいですね」
そういって空は先を歩いていく。
まあ、空にとっては結構大切なことかもしれないし、気軽に言えることじゃないんだろうな。
俺はのんびりと空の後を追った。
放課後の部室。
早めに来たのでまだ誰も来ていない。
俺は持ってきた機械をテレビにつなげる。
「葵ちゃんもしかして、朝大きな袋を持っていたのって……」
俺はテレビにゲーム機のコードをつなぎ、問題なく動くかどうかを確認する。
「せっかく新しいゲーム買ったんだし、みんなでやろうかなと思って」
でも空は何とも言えないような表情をする。
「いやでも……一応ここ学校なんですし、ゲームするのもなんか違う気がするんですけど」
「あー、確かに。さすがにゲーム機はまずかったかな?」
勉強の場にゲーム機は必要ないってことかな。まあその通りではあるけど。
「うーん、それは何とかしますからいいですけど……」
「え、持ってくるのは問題ないの?」
「まあ、そうですね。でもせっかくなら、ゲームをするよりも部員の皆さんと交流したほうがいいかなーと……」
なんだ、そういうこと。
「それなら問題ないよ。ちゃんとみんなで遊べるようなゲームを買っておいたから」
そして俺は、彼女にゲームのリモコンを渡す。
「え、私もこれするんですか?」
「そう。みんなでやれば楽しめるし、ちゃんと交流も図れると思うよ?」
「む、そうなんですか?」
まだ納得いってなさそうな顔をする彼女だが、とりあえず一回だけ一緒に遊んでみることにする。
「え、ゲーム?ここってゲーム機持ってきてよかったんでしたっけ?」
「うーん、ダメだった気がするよ~」
2人でゲームをしていると、後ろから部員の二人がドアを開けて入ってきた。
「お、いらっしゃい!さあさあ、みんなでゲームをやりましょう!」
「え、私あんまりそういうのやらないんだけど……」
「大丈夫です、みんな楽しめますから。美咲ちゃんも一緒に」
「あ、先輩押さないで~!」
ほんの数分前まではゲームについてよくわからない感じだったのに、すぐに空はゲームにはまってしまったみたいだ。でもわかる、面白いゲームがあると誰でもテンション上がるよね。
俺は空に謎の共感を持った。
「んー?ここで、こう?」
「あ、みっちゃんそっちは危ない!」
「へ?危ないって何が……うわぁぁ!?」
ちょうど美咲がいたところに鉄製の鍋が降ってくる。
「いったぁ……痛くないけど」
「ちょっと体力減ってるし、大丈夫か?」
「うん、大丈夫大丈夫」
彼女は立ち上がって壁に手をつく。
「あ、まて美咲そこは」
俺が止めようにも間に合わず、彼女は壁に手をついた。
ガクッ、と壁の一部がへこむ。
その瞬間俺たちが立っていた床がすっと消えてなくなる。
「うわぁぁぁ!?」
「「わぁぁぁぁ!?」」
「あー……」
「……ん?なんか俺ミリで耐えてるんだけど」
全員がそのまま真っ逆さまに落ちる。なぜか一人だけ死なずに耐えてるやつもいるが。
「ちょっと、死んじゃったじゃないですか!どうするんですかこれ!?」
「いやちょっと落ち着けって、ゲームに感情移入しすぎてるぞ」
空が涙目でゲームのコントローラーを握りしめる。
「まあ仕方ないですよ。さっちゃんはよくこういうドジを引き起こしますし」
「えぇ……。なんか、ごめんなさい」
ぺこりと美咲は空に謝る。いや、ゲームなんだしそんな大げさな……。
「ん、次からは気を付けてください。とりあえず近くの町からまた始めますよ!」
そういってまた空はゲームを始めようとする。
「あの……俺、まだ生きてんだけど、どうすればいいんですか……?」
「なら〇ねば?」
グサッと宮野さんの言葉が長谷川に突き刺さる。
「いや、まだこんなところで死ぬわけには……俺は……童貞のまま死ぬわけには!…………あ」
わずかにあった長谷川の体力は、空腹状態によってきれいさっぱりとなくなってしまった。
……少し前に時間をさかのぼる。
俺が買ってきたこのゲームは、みんなで協力し合って敵を倒して、世界を平和にしてやろうぜ!みたいな典型的なRPGゲームである。
その中でも比較的簡単に物語を進められるものを選んでおいた。これならレベリングにも苦労しなくてやりやすいかなと思って。
「まずその左スティックで移動、右スティックでカメラ」
「ふむふむ……」
空は言われたとおりにコントローラを動かす。
「そのままチュートリアルに沿ってやってれば、大体はわかると思う」
「んー……」
そのまま無言でコントローラーを操作する空。
何度か質問してくる空にいろいろと教えながら、チュートリアルをクリアする。
「つまり、この主人公を動かして敵をババっと倒せばいいんですね?」
「まあ、ざっくり言えばそんな感じかな。悪い奴を倒して強くなっていく感じ」
「おー、思っていた以上に面白いですね」
空は感動したようにテレビを見つめる。
「まあそれ有名なゲームだしな。グラフィックもきれいだしゲームバランスもしっかりしてるし」
「あ、なんかビックリマークが出てきました」
ピコンッ!
小さな音とともにキャラクターの上にビックリマークが点灯する。
「多分それクエストが来てるんだよ。ここ押してみて」
「えーっと、小ゼリーを5体倒せ?」
「討伐クエストだね。とりあえず一緒にやってみよっか」
「……とりゃ!」
空は手に持っている杖を敵にたたきつける。
「これで終わりです!」
そして最後の5体目も杖で殴りがちにする。
「いやー、すっきりしました!」
さわやかな笑顔をする空。いや、というかそもそも、
「空、お前なんで剣じゃなくて杖装備してるんだよ」
「え?なんかかっこいいな~と思って」
「いや、杖は打撃武器じゃないからな?とりあえずこれ見てて、お手本しますから」
そう言って俺は装備を杖に変えてスペルを詠唱する。
杖の先に小さな赤い火の玉を生成する。
「わ、すごいです。なんですかそれ?」
「初歩魔法のファイア。杖ってのはこうやって魔法を使うために使う道具なんだよ」
「ほわー、かっこいいです!」
彼女は目を輝かせて杖を見つめる。
「それ私もやりたいです!」
「なら、メニュー開いてこうやって……」
「ふむふむ……スペル詠唱、ファイア!」
ボンっ!
「わぁ、できました!」
杖の先に小さな火の玉が浮かんでいる。
「じゃあそれを、あのゼリーに飛ばしてみて」
「飛ばす?んー、ていっ!」
彼女の飛ばした火の玉は、残念ながら空に向かって消えてしまった。
「……っと」
先ほど俺がストックしていた火の玉を飛ばす。見事ゼリーに命中して、倒すことができた。
「葵ちゃん凄い!どうやってやったの?!」
「え?いや、慣れれば誰でもできるって近い近い!」
リアルで距離を縮められてぐいぐいと体を押し付けてくる空。やっぱ柔らかいって違うそうじゃねえ!!?
とりあえずリアルで空から回避動作を取り、距離を取る。
「まあとりあえず、何回かやってたらできるようになるから、しばらく練習してみよ?」
「了解です!」
そしてしばらく二人はテレビ画面から目を離せなかった。