初めての日曜日
窓の外で、太陽が顔を出す。もう朝だよって、みんなに教えてくれている。
俺は軽く伸びをして、いつも通りの時間帯に目を覚ます。
「今日もいい天気だな~」
のんびりとした低い声を出す。
そのままゆっくりと洗面所で顔を洗い、眠っている意識をたたき起こす。
「………??!」
そして目の前にある鏡を見てフリーズした。
そこには、見慣れていたいつもの黒髪少女の姿ではなく、以前の男としての俺の姿が映し出されていた。
「……戻ったのか!?」
改めて全身の感覚を確認してみる。いつもは腰のあたりまで伸びていた長い髪も、ちょっと動きづらいなぁと思っていた胸の重さも、今では跡形もなく消え失せている。
ああ、やっぱりこっちのほうが落ち着く。長い事お世話になってきた身体だからかな?
俺は軽くリズムを取りながらキッチンで料理を作る。今日は素晴らしい一日になりそうだ。
あ、そういやまだ彼女を起こしていなかった。
使っていた鍋から手を放してベッドに向かう。
「……あれ?」
もぬけの殻だった。毛布をめくってみてもやはりいない。
「ん、なんかあるぞ」
枕の下に、何かのキーホルダーのようなものが挟まっている。
とってみると、それは空が身に着けていた棺桶の飾りだった。
「って、何でこれがこんなとこにあるんだ?」
空からこの自分の肉体を奪われたとき、彼女はこの小さな棺桶に俺の体を保存していたらしい。まったくもってどうやったのかはわからんが、非現実的な何かが起こったんだろうと思う。
棺桶があったその横にもう一つ、紙切れが挟まっていた。そこにはこう書かれていた。
「今日一日家に帰りません。明日になったら必ず戻ってくるので心配しないでください♪」
……そうなのか。
なぜか残念な気持ちを抱いてしまう。おかしいな、俺、一人でいるのが好きなはずなのに……。
机に座って、俺は一人で飯を食べることにした。
「いらっしゃいませー!」
元気な声が店中に響く。ちょうど12時ぐらいの時間帯。飲食店が最も忙しくなる時間帯だ。
店の中はがやがやとしていて耳が痛くなる。
先日空と買い物に出かけて、調子に乗って財布の中を完全にカラにしてしまったため、今日はバイトに来ている。
数日は余裕があったためしばらく来ていなかったが、やっぱりここは忙しい。
「飯、急いでくれ~!客がつっかえてるから」
「……はい!」
俺は厨房でひたすら料理を作り続ける。俺が家でそれなりに料理ができるのも、このバイトのおかげだったりする。
俺が作った料理を、水色のツインテールの子がどんどんテーブルに運んでいく。
「はい、おまたせしました!サーロインステーキとナポリタンですね」
手際よく皿を運んでいく。
「美咲ちゃん!7番テーブルのオーダーお願い!」
「わかりました!」
彼女は忙しそうに店内を動き回る。俺も店の状況をゆっくりとみていられるわけではないので、がんがん料理を作っていかなければならない。
「松風!注文入ったぞ!」
次から次へと仕事が回ってくる。やっぱりこの店キツイわ。心の中で軽く弱音を吐いて、仕事に集中する。
あんなに明るかった太陽も沈み、周りは真っ暗な闇が広がっている。
バイトが終わって、俺たちは帰り道を歩く。
「疲れました~!」
彼女はもうくたくたといった表情をする。
「ホントだな、忙しすぎだろあの店。マジで勘弁してほしい」
こりゃもう明日の学校休もうかな。そう思ってしまうくらいにはきつかった。
彼女は神山美咲、高校一年。俺と同じ学校に通っていて、同じ部活仲間でもある。まあ、彼女はそのことを知らないんだが。
「それにしても久しぶりだね。お休みもらって何してたの?」
「なんもしてねーよ。ただひたすら家でごろごろしてただけ」
「んー、ただのダメ人間じゃないですか。私がほぼ毎日頑張って働いていたのに、先輩はずっと家でのんびりしてたんですか?」
「ま、そーだな」
「そーだな、じゃないですよ!」
彼女はうらやましそうな顔をする。
「私ももうちょっとお休み入れようかな……」
「休みすぎると給料下がるぞー」
「うぅ……」
頭を抱えてうなり始める。
「も、もう少しだけ、がんばろっかな?」
「お、頑張るな。俺も応援だけしといておくわ」
「応援とかいいから手伝いに来てよー!」
「いや、そんな泣きそうな顔して言うなし」
周りにだれもいなくて助かった。誰かいたら変な誤解を生みそうだし。牢獄は勘弁。
「そもそも手伝いに行ったとして、俺に接客業ができると思うか?」
「なら、やってみよう!」
当たり前のように微笑む彼女。正直その精神、尊敬してる。
「できるわけないだろ!?できないしやらないから!」
でも俺は彼女みたいな強い精神を持ち合わせてはいない!……ごめん、自分でもダメな人間だってことは自覚してる。
「やってみたら簡単かもしれないよ?」
「人には向き不向きがあるんだよ」
彼女は不思議そうな顔をする。
「でも、先輩だって中学の頃はおしゃべりできたんでしょ?」
「……それは過去の話だ。忘れろ」
「え……うん、ごめん」
俺は以前、彼女と昔話をしたことがある。そんなに親しい間柄じゃなかったが、その時は俺も彼女も落ち込んでいて、似た者同士だと思ってた。……実際、そういうわけではなかったけど。
過去。俺にとってそれは、今の自分をしばりつける邪魔なものでしかない。そんなものはしょせん、今とは関係ないんだから。
彼女はおろおろとして、チラチラとこちらを見てくる。
そして、分かれ道に入る。
「じゃあ、えっと、その……私、家こっちだから。またね、先輩」
「ん、またバイトでな」
そこで二人は別れた。
「暗いな……」
バイト帰りの日はいつも外は真っ暗だ。暗い夜道をいつものように歩いていく。
そういや、美咲一人で帰らせるのはさすがに危なかったかな、この暗さ。
過ぎてしまったことは仕方ないとして、何やってんだか、と自分であきれてしまう。
別に他人のことなんて、どうでもいいはずなのに。
空を見上げる。
今日はあいつがいなかった。
落ち込んだ気分になるといつも会いに来てくれるあいつが。
「なんか、弱くなってんのか、俺……」
結局あいつも人間だった。なら、他のやつらと等しく、興味のないものとして頭の中で処理されるはずなのに。
それでも俺の中から、空の笑顔が消えることはなかった。
完結するまで、少しづつ書いていきます。