俺の元友達
朝。
アラームの音が鳴り出す。
(もう朝か……)
そして目を開ける。
すると、パジャマ姿の空が無防備な姿で俺の横で眠っていた。
(……ッ!)
一瞬叫びそうになってしまったが、今ここで叫ぶと彼女を起こしてしまう。
仕方なくゆっくりとベッドから抜け出す。
午前七時。いつもの朝だ。
そのまま台所に向かい、エプロンを着る。
今日はシンプルに和食でいいかな。
ご飯と味噌汁、後は目玉焼きも作ることにした。
「おはようございます……」
寝ぼけた表情で彼女、空が起きてきた。
「ん、飯できてるから早く食え」
そして俺はテーブルに朝食を並べる。
「おぉ……!凄いです葵ちゃん!料理もできるんですね!」
いただきますといって、二人とも静かに飯を食べ始める。
ふと、空のほうを見る。
寝起きだからか、髪が少し跳ねている。
流石に静かすぎるので、テレビをつけることにする。
床に置きっぱなしになっていたリモコンをとって、適当な番組を選ぶ。
「今日は雨なんですね」
ポツリと、彼女は呟く。
「梅雨だからな。しばらくは雨が続くみたいだ」
そして味噌汁をすする。
味は悪くない。ソコソコの出来だ。
「美味しいです、お料理」
空もそれなりに満足してくれているみたいだ。
もし口に合わなかったらどうしようか、とかも考えてたけど、良かった。
「ところで、葵ちゃん」
「……せめて家の中では松風って呼んでくれ。それに俺男だからな?」
当然のように俺の名前(偽名)を呼び捨てで呼んでくる。
「突然ですが、部活に入ってみませんか?」
しかも、俺の話を無視していきなりそんなことを言い出す。
「また唐突だな。これまたなんで?」
「せっかくの高校生活なんですから、部活くらい入らないと勿体無いじゃないですか!」
さも当然のことのように彼女は言う。
「いや、めんどくさいし俺はパスで」
「無論、強制参加です」
俺が拒否すると、どこから出したのかわからないが、俺の男としての肉体が入った小型の棺を取り出した。ようするに、俺の体を人質として取られてしまっているのである。
「はぁ!?そんなことでいちいち脅してくるんじゃねぇよ!」
「いえ、私は至極真面目です」
そして彼女はニヤリと笑う。
「今度、新しい部活を作ろうと思いまして。それには部員が最低三人は必要なんです。だから、何が何でも葵ちゃんにはこの部活に入ってもらいます」
そんなバカな……。
そして結局、俺は部活に(無理やり)入ることになった。
いつもの通学路を二人で歩く。
俺が男だった時はいつも一人で歩いていたから、やっぱりまだ誰かと一緒に行動するのにはなれない。それに相手は女の子だし……。
二人で通学路を歩いていると、目の前に見知った顔を見かけた。
うげっ……。
そこには長谷川の姿があった。
すると空は
「あ、ちょうどいいところに人がいますね。せっかくですし部員の勧誘でもしてきますね♪」
とか言って長谷川の方へ走っていった。
ってちょっと待て!よりによってなんでそいつを誘いに行くんだよ!?
「ん?……って、吉永さん!?しかも後ろには松風さんまで!!」
長谷川は嬉しそうに目をキラキラさせている。というか若干顔が赤いぞ、こいつ。気持ち悪い……。
そのまま俺たちは三人で通学路を歩く。
「へ?部活?」
長谷川はキョトンとした顔をする。
「マジで?吉永さんがいる部活に!?」
「はい!よろしければ、一緒に頑張りましょう!」
「おお!ぜひ、よろしくお願いします!」
そして空はチラッとこちらに目線を送る。
(部員の勧誘、成功しました♪)
といったような表情でウインクをする。
いや、せめてもう少しましなやつを勧誘して欲しかった……。
「それと、この部活には葵ちゃんにも入部してもらう予定です。ね、葵ちゃん?」
するとまた長谷川の目が輝きだした。
「おぉ……!これは俺にも春がやってくるのか!?」
やって来ねえよ静かにしろバカ!
と心の中で呟く。
いつもの俺ならそう反応していた。
「……あ、よろしくお願いします……」
しかし何故か緊張してしまって、うまく喋ることができなかった。
そして学校で授業が終わり、放課後になる。
「それじゃ、葵ちゃん帰ろ〜!」
ホームルームも終わって、下校時間となる。
「ごめん、今日は一緒に帰れない」
「えぇ!なんでですか!?」
彼女は何故かものすごく驚いた表情をする。
「いや、冷蔵庫にある食品が空になってきたから、そろそろ買い物に行こうかな〜とおもって」
「あ、そういうことですか。」
と納得顔をする。コロコロ表情が変わるなぁ。
「なら、私も用事を思い出しました!それではお先に失礼します!」
そして彼女はそのまま教室から出て行った。
「えーっと……卵、肉、人参……」
メモを片手に必要なものをカゴに入れていく。
俺はいつもこのスーパーで食材を買って、家で自炊している。
今俺は一人暮らしをしているので、少しでも生活費を安く抑えようと思い、料理を始めたわけなんだが。
それなりに必要なものをカゴに入れ、そのままレジへ。
「うーん……ちょっと苦しいかな?」
飯代が空の分まで増えたので、ちょっといつもより多めに買った。
毎月送られてくる仕送りだけじゃ足りないかもなぁ……。今度バイトでもしようかな。
「おーい!松風さーん!」
スーパーを出て家に帰る途中、見知った顔がこちらに走ってきた。
ってまた長谷川かよ。
「あ、買い物の後?」
そしてさりげなく彼は袋をいくつか持ってくれた。
「良かったら家まで送るよ」
「え?えっと……ありがとうございます」
そのまま二人は静かに道を歩いていく。
……気まずい。
というかなんか落ち着かない。
太陽が後少しで沈みそうな時間帯。
おそらく今は六時過ぎくらいだろう。
「松風さんってさ……松風俊って人、知ってる?」
……え?
というような反応をすると、彼は慌てたように笑みを浮かべる。
「あ!いや、知らないならいいんだ」
そしてまた沈黙。
「実はさ。そいつ、数日前に留学して行ったやつなんだけどな……ちょっと心配で……」
「……心配?」
「うん……。そいつ、すごく静かなやつでさ……でもたまに鋭いツッコミ入れてきたり、一緒に笑ったり、それなりに面白いやつだったんだよね」
……。
「せめて留学するんなら、何か一言、言って欲しかったなぁ……」
「……」
彼はとても、優しい目をしていた。
まるで、昔の俺が、心の底から望んでいたものが、そこにあるような気がした。
「すまねぇ、これは君に話すことじゃないよな」
そして彼は笑った。
「なんとなく、雰囲気があいつに似ていてな。つい喋っちゃったんだ。許してくれ」
その笑顔を見て、俺は心の奥が少し痛んだ。
「……いえ。お話を聞かせてくれて、ありがとうございます」
「はは、気にすんな」
そして家の前までつく。
「もうあとは大丈夫です。ここまでありがとうございました」
「おう。それじゃ、また明日からよろしくな!」
そして彼はそのまま背を向けて歩いて行った。
……ちゃんと、心配してくれてたんだな。
そして俺は自分の家へと入った。