元カノ
「わわ、私と、つ、付き合ってください!」
放課後の空き教室で、俺は見知らぬ彼女から告白を受けた。
「え、えっと……?」
俺は彼女の顔を見つめる。
長い桃色の髪に桜の髪飾り。目は真剣そのもので、緊張からか身体をガタガタと震わせている。
確か……御門紗綾さん、だったかな。
「……やっぱり、ダメですか?」
彼女は涙目で俺の方を見上げてくる。どうやら演技ではなく、からかっているわけでもなさそうだ。
「いや、別にいいけど」
普通に可愛い。なんか、守ってあげたくなる感じの子だ。
断る理由がなかったので、俺は彼女の返事に良いと答えた。
「ほ、ほんとですか!?」
そうして俺と紗綾は、付き合うことになった。
……しかし、俺らは誰にもこのことを話してはいない。面倒ごとになるだろうから、隠れて付き合うことになっている。
そして待ちに待った放課後が来る。
「すまん、ちょっと遅れた」
集合場所にはすでに紗綾が立っていた。
「いえ、私も今来たとこですから」
「そ、そうか」
なんだこの会話。まるでデートの時のアレっぽいな。
なんとなく恥ずかしくなってしまう。
でもそれは彼女も同じだったようだ。
「とりあえず一緒に帰るか」
「はい」
俺と紗綾は2人で道を歩いて行く。
こうやって俺らは、いつも帰るときだけ一緒に歩いて、長い間交際を続けていた。たまに何度か休みの日には2人でどこかに出かけたりもしたし、それなりに充実した日々を送っていた。
でもそんな幸せは、永遠には続かない。
俺らが両方3年に上がって、勉強で忙しくなる頃、部活も最終シーズンを迎える。
「おりゃぁ!」
佐山がゴールに向かってシュートをするが、ボールはコートから跳ね返って落ちてしまう。
「ああ、くそがっ!」
最近佐山の調子が悪い。少し前まではこんな凡ミスは起こさなかったのに。
「大丈夫か佐山?ちょっと休憩した方が……」
俺がそういうと佐山は鋭い目で俺を睨む。
「うっせえな……俺が好きでやってることに文句言って来てんじゃねぇぞ!?」
「おい佐山?!」
佐山は手に持っていたボールを俺に向かって強く投げる。
なんとか俺はキャッチしたが、手が少し痛む。
「もうちょっと落ち着けよ。そんな状態じゃできるものもできないだろ」
俺はその位置からゴールに向かってシュートを決める。見事ボールはコートの中に落ちて行く。
「………!!」
佐山はギリっと音が出そうなほど歯を噛み締める。
「お前はいつもいつも……なんでそんな上から目線なんだよ!?」
佐山はひたすら俺を睨みつけていう。
「いっつも冷静で何をすればいいのかとか全部わかってる顔して、ほんとうんざりなんだよ!」
そのまま佐山は部室の方にこもりっきりになってしまう。
「うわ、あいつマジギレしてんな……。自己中にもほどがあるだろ」
その様子を見ていた新谷が俺に話しかけて来る。
「まあでも、お前もお前で気持ち悪いよ。なんでも全部知ってますって顔してるしさ。そういう意味じゃ、俺は佐山に同情するけどね」
そう言って新谷は部室の方に入っていった。
………多分、それがきっかけだったのかな。
しばらく立った後、俺は気づけば誰とも話せなくなっていた。
正確にいうのなら、誰かに話しかけても無視をされたり、まるで誰もいないかのように振舞われるのだ。
「…………マジかよ」
どうすればいいのかわからない。しばらくの間俺は、こうした環境で学校にいることしかできなかった。
そして部活の最後の大会の日。俺はレギュラーに選ばれ、最後まで努力して試合に挑んだ。
結果は上位8位止まりだった。
最後まで全力を出せたんだし、これはこれで頑張ったと自分に言い聞かせる。
でもその日、佐山は来なかった。
気づいたら、以前よりも周りからよく無視されるようになっていた。
俺はさらに学校にいる時間が嫌になって来た。
放課後の帰り際に紗綾にそのことを話すと、親身になって心配してくれた。それだけで俺は、また明日も頑張ろうって思った。
………でもその姿を、同じ学校の誰かに見られてしまった。
翌日、被害は紗綾の方にまで及んだ。同じように無視されたり、遠回しに悪口を言われたりと、様々な嫌がらせを受けていた。
俺の方にもそういう悪ふざけがあったが、紗綾の方はもっと酷い。俺は部活の関係上鍛えていたから誰も手を加えて来なかったが、紗綾の方は遠慮なしに暴言を強く言われたりしていた。俺は何もできずに、ただ座っているだけだった。
ある日のいつもの放課後、彼女から別れてほしいと頼まれた。
彼女に対する嫌がらせは日に日にエスカレートしているらしい。これ以上は耐えられない、そういうことだと。
実際のところこの件は彼女とは無関係なのだ。これ以上彼女を苦しめるわけにもいかない。でも別れたくもない。
しかしどうしようもなかった。俺と紗綾は、別れることにした。
紗綾の方では、もう嫌がらせのようなことはされていないらしい。代わりに俺の方でそれが強く出始める。
ある程度は目で牽制したりしていたが、次第にそれも効かなくなる。
そしていつもと同じ下校時間に、事件は起きた。
「なあ松風、俺と少し話さないか?」
新谷が俺に話しかけて来る。明らかにバカにしたような雰囲気を醸し出していた。
「バカにしに来たのなら帰れ」
「まあそんなおこんなって。これ見てみろよ」
そう言って新谷はスマホの画面を見せて来る。
「これ、何が映ってるかわかるか」
「…………」
写真には、紗綾と誰かが仲良く歩いている写真が写っていた。多分後ろから盗撮されたものみたいだ。
「……これが?」
「んだよ反応悪りぃな。お前は振られたんだよ、元カノにな」
新谷がそう言って笑うと、周りも同じような反応をして笑い始める。
「可哀想にな。聞くところによると、いつも一緒に2人で仲良く帰ってたんだとか。すげぇリア充ライフを送ってたんだな。まあでも、もう誰もお前とは付き合いたいとは思わないだろうな。いや、喋るのもみんな嫌がるんじゃね?」
新谷と他のクラスメイトは、アホみたいな笑みを浮かべて俺の方を見た。
………結局、こうなってしまった。
俺はその日から、他人を信用しなくなった。
いつの日かの公園で、俺はブランコを軽く漕ぎながらぼんやりとしていた。
ただなんとなく、何をすればいいのかなーと思って。
「……先輩?」
帰り際だったのか、そこに美咲が現れる。もちろん下校時間なので、俺と美咲は制服姿である。
「……久しぶり」
「えっと……お久しぶりです」
美咲は隣の空いているブランコに座った。
俺らは何も喋らず、軽くブランコを揺らしていた。
「あの、その………前のお礼を言いたくて」
すると彼女は、モジモジとした様子をして小さく呟く。
「私、先輩のお陰で、その、立ち直れたんですし……」
「…………」
「だから、その、ありがとうございますって………」
「…………」
「先輩?」
「…………」
俺はただぼーっとしていて、空を眺めていた。綺麗な夕焼けが沈んでいく。きっとこんな美しい景色を見るのは、これが最後になるのかもしれない。
「……先輩も、何かあったんですか?」
彼女は心配そうに聞いてくる。
なんでもない、と答えようとしたが、どうしても声に出すことができなかった。そのかわり、俺はこう呟いた。
「……どうせ、誰も信用できない」
「え?」
俺はそのまま続ける。
「仲が良かったと思ったら、突然掌を変えて俺をあざ笑ったり、信じていた恋人にも離れられてしまったり………はは、もう笑うしかないよな」
おれはただ乾いた笑みを浮かべる。おれにはもはやどうすることもできなくて、何も考えられなくなった。
いくつか俺が思っていたことを、何も隠さずそのまま喋った。
彼女はそれを、黙って聞いてくれた。
「もう、どうでもいいか。そんなことは」
散々戯言を吐きまくった後、俺は立ち上がった。
「もう……大丈夫なんですか?」
「………最初から大丈夫だよ」
そして俺は、彼女に背を向けて歩いて行った。