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雑音

 ………

 ………から。

 ノイズが混じった音と共に、かすかに声が聞こえる。

 ………だって、……しは………。

 ひどいノイズの中で、かすかに彼女の声だけが響く。

 ……私は、……んとは、…………いんですから………。


 朝。

 いつも通りの時間に目覚める。

「………?」

 どうやらまた元の俊としての体に戻ったらしい。

 立ち上がって、いつも通りに料理を作って行く。

「……静かだな」

 ふと、違和感を覚える。なぜだかわからないが、なにか足りないものがある気がする。

「空ー!飯できてるぞー!」

 キッチンから呼びかけてみる。しかし、家の中には全くと言っていいほど人の気配がしない。

「あれ、おかしいな。寝てるはずなんだけど」

 俺は彼女を起こそうと、寝室へ向かった。

「空、朝だぞ」

 しかしベッドには誰もいない。

 彼女が寝ていたはずの場所には、誰もいなかった。

 一度だけ、空がいなくなった日があった。あの時は確か、日曜日で。その時は枕元に手紙が置いてあって。

 だが、枕元にも周りの品々を見ても、手紙のようなものはなに一つ見つからない。

「どこに行ったんだあいつ」

 そして俺は一人で、学校に行くことにした。


「今日の連絡は異常だ」

 担任の宮原先生はそう告げ、朝のホームルームが終わった。

 ………。

「よう、松風。いっつも暗いけど、お前毎日何時くらいに寝てんの?」

 隣の長谷川がそんなことを聞いてくる。

「………9時くらい」

「はや!?現代の高校生がそんなに早くに寝ちゃ勿体無いぜ?遊べる時には遊んどいた方がいいだろ」

「………そうかもな」

 俺はただ窓の外を見つめながらそう呟く。


「ーでさ〜、あいつがマジ調子乗ってて」

「あ〜わかる!ほんとうざいよね〜」

 教室で当たり前のように他人の悪口を言いはじめる女子。

 男子も似たような感じにくだらないことを喋っては笑いあっている。

「もう授業始まるから、そろそろ席につけよ〜」

 先生の声を合図に、また次の授業が始まった。


 昼休み。俺は久しぶりに教室の外で飯を食べることにした。

 行ったことはなかったのだが、なんとなく屋上に向かう。しかしやはり鍵がかかっていた。

 ………帰るか。

 あまり食欲が湧かない。机に伏せて寝ることにする。


 放課後。

 楽しそうに他のクラスメイトたちが話しながら、俺の横を通り過ぎて行く。

 鞄を持って、俺は学校を後にした。


 俺は厨房でひたすら料理を作り続ける。

 俺はただ店長に言われた通りに、言われたものを作り続けて行く。出来上がったものは誰かが持っていってしまった。

 また、足りなくなった。

 もう一度、作り直さないと。


 夜。

 俺は夜空を見ながら一人で歩く。

 綺麗な景色だと思うこともなく、ただただなにも考えずに空を見ていた。

 ……んぱい。

 誰かが走ってくる音が聞こえる。

「……先輩!」

 誰かが俺の手を握った。

「先輩、一緒に帰りましょ?」

 ………ああ、そうか。

 俺と彼女は手を繋いで、夜道を歩いて行く。

 そのまま無言で俺たちは歩いていった。

 しばらく経ってから、彼女はこう呟いた。

「先輩、最近顔色が悪いですよ。ちゃんと寝てます?」

「……9時には寝てるよ。というか、そんな敬語使わなくても、いつものように喋っていいと思う」

「え?あ、……はい、そうします」

 彼女は俯いてしまう。

「私……先輩のこと、心配で……」

「心配?」

 彼女の瞳から、なぜだかポロリと、涙が伝った。

「…………だって、先輩、まるで最初から存在していない人みたいで……」

 ああ、そうかもしれないな。

 なんとなく、そう思ってしまう。

 ふと、抱きしめられる。

 気づいたらなぜか、美咲は泣きながら俺から離れようとしない。

「私は、いやなんです……!これ以上大切な人を失うのは………!」

「………っ!?」

 その言葉を聞いて、俺は頭に衝撃が走る。まるで雷に打たれてしまったかのような現象に、俺はただ身じろぎできずに立っていた。


 今から約2年前、俺がまだ周りから普通の生徒として見られていた頃。

「よし、松風!パスくれ!」

「おう!」

 俺は仲間である佐山にパスを渡す。

 佐山はそのままダンクシュートを決める。

「よっしゃぁぁ!」

「ナイス!」

 俺と佐山は二人でハイタッチを交わす。

「お前らやるじゃん!俺の出番全然なくてマジ焦ったわ〜」

 後ろから新谷が声をかけてくる。

「いや、新谷が俺にパス回してくれたから、佐山までボールを届けることができたんだよ」

「え、やっぱり俺のおかげ?いや〜照れるな」

「ちょっと待てよ、シュート決めたのはこの俺だろ?一番活躍してたのは俺なんだからな!?」

「はぁ?俺のパスがなかったら、おまえシュートもできなかったんだぞ?完全に俺のおかげだろ」

「んだとこら!?」

「まあまあ、落ち着けって」

 二人が取っ組み合いを始めそうだったので、俺は間に入って仲裁する。

「どっちか一人がかけててもダメだっただろ、さっきの。お互いがいたからこそ、さっきのシュートが決まったんだ。だからそんなに喧嘩すんな」

 俺がそういうと佐山は、まだイライラが収まっていなさそうではあったが、一応手はおろした。

 まったく、仲がいいのか悪いのかわからないな……。

 その後もしばらく練習を続け、監督からありがたい言葉をもらって、その日は御開きとなった。


「じゃあなー松風」

「おう、また明日な」

 俺は佐山と別れ、いつも通りに家を目指して歩く。

 俺がすんでいるこの街は、どちらかというと田舎である。

 周りに田んぼが沢山あるし、建物もあまり多くはない。部活終わりに帰る夜道は、ちょっとだけホラーみたいな雰囲気を醸し出していた。

「相変わらずくっらいなぁ……」

 なんとなく不安になったので、早足で家に向かって歩く。

 …………うぅ。

 ん?今誰かの声が聞こえたような……。

 声がした方向を見る。どうやら公園の中から聞こえてきたみたいだ。

「………うぅ………ひっぐ」

 どうやら公園の隅の方にあるベンチに、誰かがいるみたいだ。

 ………いた。

 女の子が1人、泣いていた。

 水色の髪に小さなツインテールをした少女が。

「……なあ、大丈夫か?」

 俺がそう声をかけると、少女はふと、泣くのをやめる。

「………誰ですか」

 彼女の目は真っ赤に腫れていた。よほど長い間泣いていたんだろう。

「俺は松風。そこの中学に通ってる2年生。おまえは?」

「………神山、美咲」

 彼女はそれだけいうと、また目から涙を流す。

「何があったのか知らんが、こんな時間帯に1人でいるのは流石に危ないぞ?」

「……うぅ……わかって………ますから」

 彼女は苦しそうに、そう呟く。

 俺もなんといってやればいいのかわからず、ただなんとなく彼女のそばにいてあげた。


 しばらく立って、彼女は泣き止んだ。

「………すいません、迷惑かけて」

 そのまま、彼女はそこから立ち去ろうとした。

「いや、いいけどよ………そもそもおまえ、なんで泣いてたの?」

「なんで………?」

 するとまた彼女は、目に涙を浮かべる。

「だって……だって………!」

 彼女は大声で叫ぶ。

「………まなちゃんが、死んじゃったんだもん……!」

 そして彼女はまた、泣き崩れてしまった。

 俺はその名前を聞いて、もしやと思ってしまう。

 数日前、朝に臨時の全校集会があった。

 この学校の生徒が1人、休日に亡くなってしまったらしい。名前は礒川愛菜。

 確か死因は交通事故で、何人かの生徒が泣いている姿を見た気がする。

 じゃあこの子も、愛菜って子と知り合いだったんだろうな……。

 なんとも言えなくなる。

「………!!」

 なんとなく俺は、彼女を抱きしめてやった。

 何故だかはわからない。ただ、そうしたほうがいいと、思ったからだ。

 しばらく彼女はジタバタともがいていたが、やがて静かになった。

「俺にはまだ、大切な誰かを失ったことがない。だけどさ………」

 俺は彼女を強く抱きしめた。

「きっと………悲しくて、辛いんだと思う。だから………」

 俺には、こんなことしかできなかった。

 まだ痛みを知らない、未熟な俺には……。


 しばらくしたら彼女は落ち着いたみたいで、目を何度かこすりながら瞬きを繰り返す。

「その……ありがとう、ございます」

 まだすこし涙が出ているが、最初に比べればだいぶ治まったようである。

「歩ける?家まで送るよ」

「……はい」

 2人で公園を出て、夜道を歩く。

 …………。

 彼女が泣いていたのは、大切な友人が1人、亡くなってしまったからだという。俺にも何人か友人はいるが、そいつらが誰か1人亡くなってしまったら、俺はそいつらのために泣けるのだろうか……。

 なんとなく、そんなことを考えていた。

 たしかに友人はいる。でも、親友と呼べるような奴は、1人もいない。それでも、悲しいと、思えるのだろうか?

 くいくい、と服を引っ張られる。

「ん、どうした?」

「……1年」

 彼女は小さな声で呟く。

「同じ、中学に通ってます……」

「……そうなんだ」

 それっきり、俺らは一言も喋らないまま、彼女の家に着いた。

「もう、1人で夜は出歩くんじゃないぞ」

「……ごめんなさい」

 そして彼女は家の中に入っていった。

 きっと両親も心配してたと思うし、とりあえずこれでやることはやったかな。

 そして俺は1人で、家に向かって帰るとする。



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