4-金竜山かっこよかったよね(前)
「でまあ、たぶん流れ的にはこうなると思ったんだよ。なあそのへんどう思うアルシンド?」
「アルシンドじゃねえっつってんだろ! いいかげん泣かすぞアンタ!」
わめくアルシンド、もとい金髪軍服。
まあ、今日会った二人と再会した以上、こいつとも会うだろうとは思っていたが。
「ところで桜、そんな軍服着て街中歩いて生きてて恥ずかしくないの?」
「だから桜じゃ……って、オイ! ナチュラルにすごいこと言うなアンタ!」
「つうか、そんなへんな服着てるからへんなのにからまれるんだよ。なんだよさっきのうろたえっぷり」
「しょ、しょーがないだろ! なんか相手怖かったし……」
「ナンパくらい軽くあしらえよ。顔いいんだから手慣れてるだろ?」
「そ、そう……? あたし、顔、いいのかな……」
「ああ、悪い。いくら顔がよくても中学生のガキだからな。世間慣れは望むべくもないか」
「うるさい悪かったなガキで!」
むきーと叫ぶ金髪軍服、もとい桜。
「ま、まあ、彼氏のふりしてくれたことには感謝してるけど! だからって馴れ馴れしいのはやめてよね!」
「言われなくてもおまえは趣味じゃない」
「ひどっ!?」
「つうかな、その軍服の身体のライン出る感じが、中学生の貧相な身体で台無しなんだよ。縫製職人さんに泣いて謝れコラ」
「知るか! 買った服着てなにが悪いのよ!」
「で、結局なんで軍服着てんの?」
「だ、だって……最初ネタで着ていっただけなのに、なんか友達間であたしのキャラとして定着しちゃって。引くに引けなくなって……」
「……はあ」
「ため息つくなよ! あたしだって残念だって自覚してるよ!」
きーと叫ぶ桜。こいつよく叫ぶなあ。
「つうか、そこまで言うならアンタはどうなのよ! そんな図体でかめの身体してるならあんなナンパ男ども、殴り倒しちゃえばよかったのに!」
「無茶言うな。先に殴ったら裁判所行きだ。おまえらと違って俺は前科とか持ちたくない」
「うー……あたしだって、好きで前科持ちなわけじゃないやい……」
「まあ、それ以上に殴ったら恨みを買うからな。普通は倒せる相手でも、適当にいなすのが無難だ」
「えー、そんなのかっこ悪いじゃない」
「かっこいい悪いの問題じゃねえんだよ。
いいか? 人間は、死ぬ気になれば誰でも人を殺せるんだ。不意打ちで包丁でざくーってな。だから、殺されたくなければ、なるべく恨まれない生活を送るのが一番なんだよ」
「……いや、正論だとは思うけど」
不満そうに桜。
……ははーん。
「なるほど。中学だとまだ腕っ節が強い男子がもてるお年頃か」
「そ、そういうんじゃねえよ! あたしはただ……そっちのほうがかっこよかったかなって!」
「まあ、殴っておいて恨みを買わずに済む方法も、ないわけではないんだけどな」
「ん? それはどんな?」
「『俺、実はホモなんだ』とか真顔で言いながら押し倒そうとすれば、大抵の男は逃げる」
「それは……なんというか、人としてやっちゃダメな方向のような……」
「ホモに失礼な奴だな」
「いやいや。戦闘の手札にしてるアンタのほうが数段失礼だから」
ジト目で言う桜。珍しく正論である。
ちなみにこの戦法の欠点は相手がホモだったときに取り返しがつかなくなることなのだが、それは黙っておく。
「まあそれはともかく、一番いいのはからまれないことだ。合気道の段位持ちで、胸ぐらつかまれるのをワクワクしながら待ってるとかいう人でもない限り、基本的にああいうのにからまれる行動自体を避けるべきだろうな」
「あ、合気道ってそんな怖いの?」
「ん? ああ、だって武術だし。嘘だと思うならインターネットで「合気道、胸ぐら」あたりのキーワードで検索してみな。嬉々として対処法を語る合気道家の話が見れるから」
割とあれは素で寒気が走るので、夏場の涼を取るのにおすすめである。
「でもさ……」
「ん、まだなにかあるのか?」
「いや。こういう兄貴に教えてもらっていながら、ひよりちゃんはなんであんなにバイオレンスなんだろうって思って」
「…………」
俺は、深く深くため息をついた。
「なんであんな風に育っちゃったんだろうな……」
「いや、マジでやばいよあの子。素で目を狙うもん」
「知ってる。よく狙われた」
「こ……股間も狙うね。よく」
「ああ。おかげでコッカケという大切な防御技を覚えた」
「なにそれ?」
「骨掛け。身体の中に、男の急所をしまう技だ」
「そ、そんなことできるの?」
「まあな」
やりすぎると発がんリスクが上がるという噂なんでやりたくないんだが、避けられない兄妹げんかのときはやらざるを得ない。
「つうか、やっても打たれると痛いんだけどな。アレは内臓だから。もちろん、内臓を足で直に潰されるよりはマシなんだけど、それでもかなり嫌な衝撃が走る」
「経験者は語るって奴ね……」
「できれば経験したくなかったよ。
つうかあいつ、やっぱ外でも容赦なく暴力振るってるんだな。どうしてああなったんだか」
「当人曰く、財部流古流武術の跡取りとしては当然の技らしいんだけど」
「その流派名はうちの親父の口から出たただのでまかせだ」
というか、本当だったとしても跡取りは俺だ。
いくらあいつがバイオレンスでも、未だに腕っ節であいつに負ける気はしない。
「ふうん……そっか。強いんだね、兄貴」
「まあ、妹よりはな」
「じゃあその兄貴の腕っ節を見込んで、ちょっと頼みがあるんだけど」
「……ん?」