3-デビルサマナーの乾小隊が未だにトラウマです(後)
そこに、うっすら透明な人間の形をした霊がいた。
「あれ、私にも見える」
「え、遠矢これ見えるの?」
「うん。なに、これが幽霊って奴なわけ?」
「まあ怨霊の類だな。……ここまで強大だと、霊感のない普通人でも見えるのか」
『あ、それは巫女服の加護だと思いますよ。わたし、一応昔は神職でしたから、共鳴したのでしょう』
「あれ、そうなの?」
言って遠矢は自分の服を見た。
なるほど。形だけでも整えることは呪的に意味がないわけじゃない、って話か。
と、遠矢は急にポーズを取って叫んだ。
「急々如律令!」
「なんだよ急に」
「言ってみただけよ」
「だと思ったよ。……ちなみにそれは、直ちに法律に書かれたようにせよ、という意味な。転じて祈祷文の効果がすぐ現れるようにという意味になったわけだが、祈祷文を前につけないとなんにも意味ねえぞ」
「へえ。博識ね」
「知り合いに専門家がいるからな」
『あのー、それでなんですけど』
「ん、まだいたの? 怨霊」
『怨霊とは呼ばないでくださいまし。わたくしの名前は野依たえです』
言いながら怨霊……ではなく野依は、ふよふよとただよって俺たちの目線と同じ高さまで降りてきた。
よく見ると古い和服である。時代は、大正あたりかな?
「昔は神職ってことは、退魔師とかそういう奴か?」
『はい。そんな感じでございます』
「なんたって怨霊に?」
『いえ。まあ割と複雑な事情があるのですが』
「十秒でわかるように頼む」
『この場に召喚された暗黒大魔王と戦って、封印と引き替えに命を落としたのですよ』
「……あー、うん。そう」
十秒でわかる代わりに、大切な物をいろいろ失う説明だった。
「で、じゃあこの大量の霊障は……」
『はい。封印がちょっと弱っているので。そのせいでしょうね』
「なんで弱ったの? 時間風化?」
『いえ、せっかく封印強化のためにわたしの仲間が立てた社を、取り壊して別の建物にしちゃったからこうなったのですけど』
「ありがちだけど嫌な話だな!」
だから罰当たりなことは控えた方がいいというのに。
どうせバブル期の不動産屋だろうが、余計なことをしてくれるものだ。
「で、ところでさっき払い屋さんがここでちょっと発狂しちゃったみたいなんだけど、あれ、なんでかわかる?」
『あー……それは、わたくしのせいですね』
「そうなの? セクハラでもされた?」
『せくはら、というのがなにを指すのかはわからないのですが、たぶん違います。そもそもあの方、わたくしも含めて霊がまるで見えてなかったんで』
「あ、そうなの」
ちっ、と遠矢が舌打ちした。
「やっぱヤブか。前金も返還請求するべきかしらね」
「ただでさえ治療費いるんだから勘弁してやってやれよ」
「自業自得でしょ。
まあいいわ。それで、なんであいつゲラゲラ笑ってたの?」
『いえその、見えてないせいで大量の霊障に当たってすごいことになってましたので、せめて警告をしたいと思ったんですけれども、話しかけてもまったく気づかなかったので』
「それで?」
『ちょっと脇の下をくすぐってみたんですけど』
「……あー。なるほど」
善意の退魔師とはいえ、この子のいまの種族は「怨霊」である。
怨霊のタッチは呪術の一種だ。平たく言うと、呪いによって感覚がなかなか引かないのである。
「霊障で弱ったところを、誰にも触られてないはずなのに唐突にいつまでも引かない脇の下のくすぐったい感覚かあ。たしかにちょっと……精神にクるかもしれないな」
『申し訳ございません……ご迷惑をおかけしまして』
「いや、まあいいよ。ところでこの先の封印ってどうなってる?」
『脈動しておりますね。今日明日では解けませんが、続くとこのあたり一帯に呪詛が広がりかねない感じですよ』
「マジかよ。広がる……ってやば! 遠矢、上行くぞ!」
「え、なになに!?」
ぐいっと手を引っぱって階段を駆け上る。
「こうやって男らしくリードされるのも悪くないわね」
「色ボケしてんじゃねえ! 野依、下の様子は!?」
『あー、まずいですね……霊障の放出期に入ったようです。早く逃げないと危ないかも』
「ところで兄さん。どうして下に行かなかったの?」
「下だと四階ぶん降りなきゃいけないだろ。それじゃ間に合わない。上なら二階で外に出られる」
「その後は?」
俺は無視して階段を駆け上る。
扉を蹴破るくらいの勢いで開け、屋上へ飛び出した。
日が照っていればもうちょっと有利だったのだが……まずいな。ちょうど日が降りたばっかりだ。
「野依、相談だが」
『はいはい。なんでしょう?』
「おまえ、いまは地縛霊タイプだよな」
『そうですね。元はと言えば社の守護神格でしたから』
「遠矢の守護霊にクラスチェンジできない?」
『可能ですけれど……封印、さらに弱ってしまいますよ。数日以内に払わないと危険なくらいに』
「そっちは俺のほうで都合をつける。お願いできるか?」
『わかりました』
「守護霊がつくとなにができるの?」
「こういうことができる」
俺は言って、ひょいっと遠矢を抱え上げた。
「うわ、お姫様だっこ!?」
「しっかり捕まってろよ!」
「ちょ、なにする気!? まさか飛び降り――!」
押し寄せる霊障から逃げるため、俺は空中へとダイブを敢行した。
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「……ふう。無事降りることができたな」
地面に着いた俺は、ふう、と吐息。
『浮遊属性がついているとはいえ、この高さから飛び降りとは無茶しますねえ』
「しょうがないだろ。あの霊障に飲まれたらマジで無事じゃ済まないんだから」
野依の言葉に、答える。
「おい遠矢。地面に着いたからもう手を離してもいいぞ。……遠矢?」
「お姫様だっこからの兄さんとの空中ダイブ……ふふ、私もう思い残すことないかも」
「色ボケしてんじゃねえ。起きろ」
「あいたっ」
デコピンしてから、地面に立たせる。
「とりあえずお祓いは明日な。夜になる前に連絡しておくから、おまえの連絡先も教えてくれ」
「赤外線でいい?」
「いつの時代のガジェット使ってんだよ。俺の年齢でも伝説レベルの機能だぞ、それ」
「ちっ。……スマホはこれだから嫌いなのよ。せっかく兄さんの個人情報ゲットと思ったのに」
「クラッカーにそれ言われるとすげえ怖いんだけど」
言いながら、メアドを教えてもらう。
「じゃあそういうわけで、後はまた明日な」
「あ、兄さん」
「なんだよ。ついでに兄さんって呼び名どうにかならないのか」
「いいじゃないべつに」
口を尖らせて言って、それから遠矢はにっこり笑って、
「楽しかった。またね」
「……お、おう」
言って、俺たちは別れた。
……危ない危ない。
最後の笑顔、ちょっとクラっと来たぞ。
中学生によろめくとか俺らしくもない。気合いを入れ直そう。