2-世界は狙われている!たぶん(後)
しばらくして結界は解除され、店の内部も元通りになった。
「稼ぎ時までに結界が解除されなかったら弁償させる規則だけど、今回はそうならなかったなー」
「……つーかお兄ちゃん、そろそろ説明して欲しいにゃん。なんでわたし、ここまで狙い撃ちにされたにゃん?」
こころなしかげっそりした御前崎が問う。
「んー、そりゃ簡単な理由だけど」
「なんだにゃん?」
「おまえの運勢が最悪なんだよ。ラック値が低いと、それだけで霊障は引き寄せられるからさ」
「ええー!? そんなの聞いてないにゃん!?」
がびーんと叫ぶ御前崎。
「ていうか、それってどうにかならないものにゃん?」
「日によって変わるものだから、気にしなくていいと思うけどな」
「せめてチェックはしたいにゃん……テレビでやる今日の運勢とか、気にしたほうがいいのかにゃ?」
「あー、あれガチとエセのどっちが監修してるかわかんねーからな……見知ったガチの霊能者から直接聞くのがいちばんなんだが、素人には詐欺師との区別もつかねーし」
「じゃあどうするにゃん?」
「ぶっちゃけ、神社にお参りするのがいちばん手っ取り早いぞ? 一週間に一度行く程度でも、運勢はかなりフラットになるし」
ちなみに「よくなる」のではなく、あくまで「平凡になる」だけである。豪運の人間には逆に悪影響が出る。
神はそこまで都合よくないのだ。せいぜい、普通の生活を保障してくれるだけ。そこから先は各自がんばれ、ということなのだろう。
「神社……この近くに神社あったかにゃん?」
「ほれ、おまえの中学の近くに一個あっただろ。あのやたら急な坂上ったところ」
「あそこは……なんか水子供養とかやってるからにゃん……」
「ダメなのか?」
「いや、わたしが行くと『ああ、とうとうガチでできちゃったのね』とかいう暖かい目で周囲から見られそうで、なんか嫌な感じだにゃん」
「それは自業自得だろ」
「なんで誰もわたしの言うことを信じないにゃん! わたしはれっきとした処女だにゃん! 純白だにゃん!」
「処女はともかく純白はねーよ」
「いつか純白のウエディングドレスを着てバージンロードを歩くのが夢にゃん」
「それだけ聞くと女の子っぽい夢なんだが、おっさんから小金巻き上げてる奴の言う台詞じゃないな……」
「失敬だにゃん。わたしは巻き上げてなんかいないにゃん。ちゃんとおっさんが無茶を言わず聞き分けがよくて金払いもよければ、おっぱいくらい触らせてやるにゃん」
「おまえに金払うほど飢えてるおっさんが、その程度で我慢できるわけねーだろ」
「まあにゃー。男ってなんでみんなああなのかにゃ?」
「そいつらと俺を一緒にするなよ……」
「だよにゃー。だからお兄ちゃんは大好きにゃん」
「おだてても一円も出ねえぞ」
「ちぇっ」
ぶー、という顔で御前崎。
「まあそれはいいとして、神社以外でなにか対策打つ方法はないかにゃん?」
「ああ、運勢の話か? まあないわけじゃないが、有料だぞ」
「えー。金取るにゃん?」
「当たり前だ」
「仕方ないにゃん。一万でいいにゃん?」
「いや高いよ! 十分の一でいいよ!」
「そんなに安くていいのにゃん?」
「いくらなんでも中学生からそこまで巻き上げたら問題だろ。俺ができるのってガチの専門家を紹介するまでだし」
「専門家……どういうひとにゃん?」
「このコンビニの店長」
「…………」
御前崎は黙った。
「なんだよ。腕はたしかだぞ店長。結界張ったのもあのひとだし」
「いやまあ、そこはいいんだけどにゃ。被害を受けたのはその店長のせいで、その被害を防ぐための相談も店長って、これわたし騙されてないかにゃ?」
「物理的実害は受けてないからいいだろ。それに今回みたいなことは、他の店でもあり得ないわけじゃないんだし」
「ううー。まあいいかにゃ……それで、その店長はどこにいるにゃ?」
「いまは休憩時間中でな。まあ、メールアドレスを教えてやるから、適当に交渉しろや。そういうのはわりとお手の物だろ?」
「んー、わかったにゃ。……また捨てメアド取らないとにゃあ」
「捨てメアドじゃないとダメなの?」
「基本的にわたし、誰も信用しないからにゃ。深いおつきあいはお断り、にゃ」
御前崎はそう言って、笑う。
なんだか少しだけ、深く見えるような笑い方だった。
「まあそれはともかくお兄ちゃん。さっきの仕事をクビになったっていう話、ひょっとしてこの霊能力がらみだにゃん?」
「…………」
「お、図星にゃん?」
「悪かったな。……まあ、その、なんだ。おまえと同じ状況に立たされた社長がな、こっちの話も聞かずに一方的に解雇を宣言してな」
「不運だにゃー。ちなみにその会社ってどこにゃ?」
「聞いてなにをする気?」
「やだにゃー。そんなこと言えないにゃー」
「……まあ、いいけど」
俺は前に勤めていた会社の名前を告げた。
「ふんふん、なるほどにゃー」
「言っとくけど、俺の名前を出しても無駄だぞ。マジで一月経たないうちにやめさせられたからな。たぶんほとんどの社員は俺のこと覚えてない」
「気にしなくていいにゃ。たぶん次会ったときはその会社の社長が片方のタマをなくしているだけにゃ」
「おいマジでなにする気!?」
「じゃあバイバイにゃ、お兄ちゃん。今度はデートしようにゃ」
「あ、おい!」
止める間もなく、御前崎はコンビニを出て行った。
ふう、と吐息して、苦笑する。
「やれやれ、結局なにも買っていかねえでやんの」
本当にあいつ、なにしに来たんだろう。
それ以前にこのバイト先の住所、妹にも教えてないんだけどな。
まあ、細かいことはどうでもいいか。
もうすぐ大学の終了時刻。昼ほどではないが、多少客も来るだろうし。
がんばって働くとしよう。