1-俺の妹と前科者クラブ(中)
三人の女の子がいた。
……まあ、女の子だろう、多分。外見的には少なくとも女の子だ。
一人は巫女装束で一人は軍服で、最後の一人はネコミミつきだけど。
「ええと……コスプレ同好会だっけ? ここ」
「そういう別名もあるにゃん」
「その語尾、人生に疲れない?」
「大きなお世話だにゃん。これはこの前やったゲームで最下位だったからそうしてるだけにゃん」
「なんのゲーム?」
「ディプロマシーだにゃん」
「無駄に本格派だな!」
よく見たらロッカーの上にでっけえボードゲームの箱が置いてある。それも複数。
「ひとつ前のフンタでは圧勝できたので油断して罰ゲームの申し出を飲んだわたしが間違ってたにゃん……」
「なんでそんな陰謀ゲーばかり……」
「いや。この前六本木行ったら『バナナリパブリック』って店があってびっくりしたのにゃん。それで懐かしくなって、子供の頃に親とやってたフンタを持ち込んでみたにゃん」
「親とフンタかぁ……絶対やりたくねーなぁ……」
ちなみにフンタというのは、陰謀渦巻くバナナ共和国を舞台としたODAの奪い合い的な雰囲気の漂う素敵陰謀系ボードゲームである。
当然ながらゲームの主軸は化かし合いで、性格が悪くないと勝てない。
「で、ここがいわゆる前科者クラブという奴なわけか……」
「その名前は御法度にゃん。ちゃんと世を忍ぶ仮の名前で呼ぶにゃん。BL同好会と」
「それは世を忍べる名前なのか……?」
「なにかと勘違いされてる気がするから言っておくけど、BLとはブラザーライクの略にゃん。つまり、お兄ちゃんみたいな人が好きな少年少女が集まる同好会だにゃん」
「うちの妹はブラック・ラビリンスってエロゲの名前と言ってたんだが」
「あんな和姦いちゃラブゲーはお呼びじゃないにゃん」
「和姦だとダメなのか!?」
「ファンタジーRPGならぜったい触手エロがあると思って必死でコンプしたわたしの純情と8800円+消費税を返して! 返してにゃん!」
「きっちりプレイしてんじゃねーか! あと断じてそれは純情じゃない!」
それと、その苦情は俺に言わずにメーカーに言ってくれ。
「つーか、中学生がエロゲとかするんじゃねえよ。教育に悪い」
「じゃあお兄ちゃんは中学生の頃、エロゲしてなかったにゃん?」
「…………」
俺は目を逸らした。
「ふ……勝ったにゃん」
「うるせえ。つうかアレか。おまえも前科者なの?」
「失敬だにゃん。わたしはちょっとおじさんからお小遣いもらっただけにゃん」
「一番最悪なパターンだよそれ!?」
「ふふん、安心するにゃん。ちゃんと金だけもらっといてとんずらしたにゃん。だから処女厨のお兄ちゃんもちゃんと攻略対象だにゃん」
「処女厨はたぶん性格の時点で引くと思うなー……それ」
「ちなみに当然ながら、友達の兄であるお兄ちゃんはわたしのどストライクにゃん。ひよりちゃんから寝取る気満々にゃん」
「いや、妹から寝取るとは普通言わなくね?」
「なにを言うにゃん。最近ではエロゲでも、妹が他の男とくっつくのを寝取られと表現するのが主流だにゃん。立場を逆転させれば今回のケースはどんぴしゃだにゃん」
「そんな特殊な業界の話は知らねえよ」
「そんなわけでちょっとホテルまで行こうかにゃん、お兄ちゃん」
「嫌だよ。つーか、名前すら知らない相手とホテル行く女は論外」
「名前知られたら足がつくにゃん」
「その発想が嫌だっつってんだよ!」
つうか誰か止めろこのエセ猫娘。
「ちょっとうるさい」
言ったのは、巫女装束を着た女の子だった。
パソコンに向かって、ものすごい速度でカタカタカタとキーボードを打っている。
「なにやってんだ?」
俺の問いかけに、彼女はちら、とこちらを見て、
「見てみればわかる」
と言った。
その通りだと思ったので、横まで行って画面を見る。
「これ……小説か?」
「そうよ」
「……BLじゃないよね?」
「失敬ね。私の小説は王道な異世界召喚ものファンタジーよ」
「そ、そうなのか。よかった」
「ええ。魔法の才能がかけらもなくて馬鹿にされている貴族の令嬢が、召喚術の試験で間違って日本人である主人公を召喚してしまう……という筋書きなのだけど」
「めちゃくちゃどっかで聞いたことある筋書きなんだけど」
「ただし主人公は四十七歳バツイチ子持ちで声のイメージは中田譲治さんよ」
「渋かっこいいな!?」
やばい。一周回って読みたくなってきた。
「つうかおまえも前科者なの?」
「ええ……ちょっと、足がついてしまって」
「なにやったんだ?」
「クラッキングによる金融システムの改ざん」
「ガチの犯罪者じゃねえか!」
本格派ってレベルじゃねえぞ。
「大丈夫よ。幸い、司法の上層部と取引できる程度の材料は揃ってたもの。念には念を入れて用意した結果ね」
「……うわあ」
「まあ、おかげで十億ばかり利益が吹っ飛んだのは痛かったけどね。教育料として支払った、ということにしておくわ」
「高くついたな……」
「? そう? たかだか口座残高の10%よ?」
「大物すぎる!」
「スイス銀行って便利よね。フンタであれだけ重要なポジションなのも納得だわ」
「いや、フンタで預けるのならともかく、リアルで使ってる人間は初めて見たな、俺は……」
「そうなの? 私の知り合いの暗殺者もよく使ってるけど」
「もう嫌だこの話題……」
どんどん世界観が壊れていく。助けて。
「ふ……暗殺とくればあたしの出番よね」
ふぁさっ、という感じで金髪をなびかせて歩いてきたのは、軍服を着た、外国人留学生みたいな感じの女の子である。ちなみに、なまりは特にない。
「軍事や兵器についてはあたしは超詳しいわよ。なんでも聞きなさい」
「そ、そうなのか」
「……ヘッケラー&コッホが実は正しい読みじゃないって知らなかったくせに」
「うっ!?」
犯罪巫女の言葉に、彼女は慌てた。
「ヘッケラー……ええと、なんだっけ?」
「銃器の会社よ」
「ふうん。で、間違ってるの?」
「ヘッケラーは英語読みでコッホはドイツ語読み。ウィキペディアにもそう書いてある」
「そうなのか……まあ、たしかに混じっちゃうとちょっとなあ」
「い、いいじゃない! そのくらいただのケアレスミスよ!」
「AK-47を「えーけーよんじゅうなな」と呼んでたりもしたわね。どっかのアイドルグループみたいに」
「うぐっ」
「正解は?」
「「あーかー」と普通は読むわね。ロシア製だし」
「うわああああん! なによう、いいじゃないそのくらい!」
取り乱す金髪。……ああ。なるほど。こういうキャラか。
「ちなみにおまえの前科は?」
「え、ええと、モデルガンを冗談で警官に向けたんだけど……」
「いちばんみみっちいな……」
「う、うるさいわね! いいじゃないのべつに!」
「いや、まあ人間としては間違った方向じゃないから、べつにいいとは思うんだけど」
むしろ、それ以外が終わりすぎてると言えなくもない。
「まあ彼女の補導歴は他にもありますけどにゃん」
「こ、こら、ばらすな!」
「ん、他はなにをしたんだ?」
「十徳ナイフをカバンに持ってて銃刀法違反でしょっぴかれたりー。あとは……」
「わーわーわー!」
わたわた慌てる金髪。よかった。こいつは小物だ。