6-やはりトーキーは邪道だと思うのですよ(後)
「さて、というわけでここがボスの部屋よ」
「ゲームみたいに言うなよ……」
げっそり言う俺。
ちなみに道中二回ほど黒服にすれ違ったが、みんなそれどころではないと俺たちを無視して去って行った。
「あんまり考えたくないんだけど。遠矢、おまえウィルスでなに起こしたんだ?」
「ガスタンクの付近の電気系統をいじって火災を」
「シャレになってねえ! つうか、施設ごと吹っ飛んだらどうする気だよ!」
「大丈夫よ。衛星写真見た限りでは、黒服どもの宿舎以外の建物はガスタンクの近くにはなかったから」
「十分やばいわ!」
つうか、マジ皆殺しも厭わないじゃねえかこいつ。誰か止めろ。
『おかしいですねえ』
と、こっちは野依。
「なにがどうおかしいって?」
『いえ。これだけ未来的なビルヂングですのに、なぜか呪術のにおいがするのですよ』
「マジで?」
『しかも系統が……おそらくは支那国のものであるのに、仙道ではないのでございますよ』
「仙道ではない……?」
俺は首をかしげた。
「仙道以外にあの国、大きな神秘ってあったっけ?」
『紀元前なら、あるいは』
「紀元前?」
『老子以降、道教が確立してからの技術が、我々専門家が仙道と呼ぶものですので。風水の思想に影響を受けていない仙道もどき、しかしてこの精度のものとなると、太古の呪法と考えるのが妥当でありましょう』
「なんでそんなもんがここに?」
「開けてみればわかるでしょ。てい」
「あ、こら!?」
止める間もなく、野依はあっさり扉を開いた。
そこには、
「……おや。客人かえ?」
あでやかな着物で着飾った、黒髪の美人さんがいた。
「なぜに和服?」
「郷に入りてはなんとやら。この国のことわざではなかったかの」
「そりゃたしかに」
ていうか、ここ日本だったのか。
謎手段で謎護送されたから、実のところあまり自信がなかったのである。
相手の美人さんは首をかしげた。
「……ふむ? 魅了術式、あんまり効いとらんの。なにか間違えたかの?」
「あ、俺、そこそこ霊感あるんで。こういう軽い精神支配なら意識すれば打ち消せるんだよ」
「そうかえ。そっちは……強力な守護霊がおるようじゃの。さすがに効かぬか」
「あら。私、術かけられてたの?」
遠矢が他人事みたいに言う。
『驚きました……大物ではありませんか』
「え? そうなの?」
『妲己ですよ妲己。財部様、ご存じではありませんか?』
「えーと……」
たしか、中国は古代、殷の国の最後の后だったっけか。
「って、超大物じゃねえか!」
「ほほ、苦しゅうないわ」
「そのダッキとやらがなんでこんな組織にいるの? 年寄りはこういうの嫌いそうだけど」
「若造、そりゃ偏見じゃ。妾は退屈しておっての。面白いことならば、なんでも首を突っ込むわ」
「だからってMIBってのはなんで? 宇宙人、そんなに面白いかしら」
遠矢の言葉に妲己、胸を張って、
「ああ。コメディ映画じゃったがこれがまたなかなかでの」
「映画が原点だったのかよ!」
「さすがは聖林製、よいものであったわ。そこで妾もあんな組織が作ってみたくなって、のう?」
上機嫌で言う妲己。
ちなみに聖林とは、ハリウッド(Hollywood)のスペルミスから生まれた訳称である。
「で、でもなんで日本に? アメリカに作るのが普通じゃね?」
「なにを言うか。妾が出てくる漫画やゲームがいっぱいあるこの国は、妾にとってもはやホームであろ」
「…………」
「中でも無双OROCHIがお気に入りじゃ。また妙ちきりんな色物無双シリーズかと思うておったら案外クオリティが高くての。さすがはコーエーと言ったところじゃ」
コーエーについてべた褒めする妲己。シュールすぎる。
と、野依が声を上げた。
『納得が行きません、妲己』
「ほう? なぜじゃ」
『トーキーは邪道です。無声映画こそが至高の芸術ではないですか』
「またその話かよ! もういいよそれは!」
ていうか、野依のこれは、ちょっと食わず嫌いの節があるな……
今度スターウォーズでも見せてやろう。もちろん最初の三部作を。
「まあ、だいたいの事情はわかったわ。けど……ダッキ、ものは相談だけど」
「なんじゃ?」
「この組織、いただけないかしら?」
遠矢が言うと、妲己は鼻を鳴らした。
「嫌じゃ。お気に入りのおもちゃをなんで手放さなければならんのじゃ」
「ん? そりゃウイルスとクラッキングで追い詰めてるからだけど」
「ほう……?」
遠矢の言葉に、妲己は薄く笑った。
「なるほどウイルス。いまの騒ぎはそれじゃったか。情報化社会には有効な技術じゃの」
「…………」
「が、妾には無駄じゃ」
がくん、と周囲の景色が変わる。
部屋の中であるにもかかわらず、仙郷に導かれたかのような錯覚。
高い切り立った山の上のような光景に、思わず俺は息をのむ。
「情報が欲しければ、呪術でどうとでもなる。兵糧攻めをされようと、霞を食ってれば百年は生きられる」
妲己は言った。あざけるように。
「見たところ財力と技術で攻めるタイプのようじゃが……若造。そなたの力は妾には一切通用せんわ。出直してこい」
「ま、神仙の類となれば、その程度はたしかにそうでしょうね」
遠矢はあっさり言った。
が……その手にいつの間にか、スイッチのようなものが握られている。
「けどダッキ。あなた、見落としてない?」
「む?」
「私が直接あなたに手を下す必要はないのよ。世界の誰かに、あなたたちを滅ぼしてもらえればいいのだから」
「ほう? 面白い」
妲己は薄く笑った。
「この国で妾とまともにやり合えたのなぞ、古今を眺め渡しても安倍晴明くらいしかおらぬ――その妾に、守護霊ひとつで喧嘩を売るつもりか、貴様?」
「誰が霊力で戦うって言ったのよ」
あきれたように、遠矢。
「私が使うのはただの科学の力よ。――このスイッチがなんだと思ってるの?」
「……む。残念じゃが心がさきほどから読めぬでな。守護霊の力が強すぎるのじゃ」
いまいちピントを外したことを言う、妲己。
らちが明きそうにないので、俺は尋ねた。
「で、なんなんだ? そのスイッチ」
「大陸間弾道戦略核ミサイルのスイッチなんだけど」
「…………」
「…………」
沈黙が落ちた。
「えっと。遠矢?」
「ペンタゴンはネットと直接つながっていない独自の回線網を使って、核ミサイルのセキュリティをクラッカーから守っている。それは知られていることだけど、だからといってクラッキングが絶対できないと思ったら大間違いよ」
俺の言葉は無視して、遠矢が言う。
「ていうか、ウイルスなんて内通者にUSBで運ばせればいいんだもの。簡単よね。ペンタゴンともあろうものがこの程度で落とせるなんて興ざめだったので、あえていままで使ってないんだけど」
遠矢はにっこにっこ笑ってる。
超怖い。
「霞を食らって長命を保ち、兵糧攻めは効かず、呪術で情報を集めて統制できる相手。たしかに強力よね。でもさ」
笑ったまま、目だけは笑ってない感じで、遠矢は言った。
「核ミサイルに耐えられるか、試したことあるのかしら? ――お・ば・あ・ちゃ・ん♪」
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そしてMIBは遠矢のものになった。
「マジで底知れないな、おまえは……」
「大丈夫よ。必要な資料だけ手に入れたら返すから」
「いや……もう、なんでもいいっす」
なにを言っても無駄と思って、俺は投げやりに言った。
それからふと気になって。
「しかしすげえな。ペンタゴンなんてクラックしたのかおまえ」
「できるわけないでしょうが。あんな堅固な組織」
「…………」
沈黙。
「えっと。大陸間弾道ミサイルは?」
「だからただのはったり。いやあ。実際マジでよく通ったわよね。あんなデタラメ」
「もうやだこの女……」
『なんだかすっきりしない終わり方でしたが……』
野依が首をかしげた。
『まあ、あれもあんなのですが悪霊ですので。今回の遠矢さんの行為は善行と言っていいのではないでしょうか?』
「そういうもんかね……」
『だいたい邪道なのです。支那生まれのくせに聖林びいきとか』
「おまえ今回そればっかだな!」
『遠矢さんから聞くところによれば、彼女の生まれ故郷の支那にもすばらしい映画があるらしいではないですか。少林さっかあとかいうタイトルだそうですが』
「……もういい。その作品見てから話の続きをしよう」
『?』
諦めた俺の表情に、野依はこくん、と不思議そうに首をかしげたのだった。
結論。野依には教育が必要である。




