化や奇のはじまり
~こっくり少女と化や奇の類~
学校一の美少女が行方不明になったという知らせに校内はたちまち騒然となった。
教室では、ただでさえ噂話好きクラスの女子たちが、それぞれに仲のよい友達同士と小さな輪をつくり、この話題についてあれこれと――どこで得たかも知れない新しい情報とやらを言ったり、自分の憶測ではないかというようなことを、まるで本当の話であるかのように言ったり――、要は各々が、無責任に思い思い話していた。
「なんか、この話がばっかりだよね」
私は友梨の席の横に立って机に両手をつながら、友梨の方に顔を向けて言った。正直、この類の、宙に浮いてふわふわ漂っているような話は好きではない。
「でもさ……もしほんとだったら大変じゃない?」
平塚友梨がこちらを見上げながら言う。
「どうせ家出とかでしょ?……って友梨、あの子のこと知ってたっけ?」
「う~ん……まあ名前ぐらいは」友梨は曖昧に頷いた。
あの子というは、この騒ぎの張本人である、上野莉理のことである。彼女はその人形のように細く白い身体と可憐な顔立ちで、校内では有名だった。だが、友梨は大多数の女子生徒と違って、流行の話題に疎い。この反応を見る限り、恐らくピンときていないだろう。
「警察の人とか探してるのかな」友梨が言った。
「さあ」私は首をふった。学校から公式に説明があったわけでもなく、確かなことは生徒たちには何も分かっていない。
すると友梨は目線を少し下にずらして、口を閉ざした。友梨がまた何か考えてる。これは、そういうときの仕草だ。
しばらくして、友梨が口を開いた。
「ねえ、結衣。私たちで探せないかな?」
「探すって?」
私は友梨に聞き返した。あまり良い予感がしない。
「だから、その行方が分からないって子」
「だめだよ」友梨が言わんとすることが分かって、私は先に釘を刺した。
「えっ?」端から提案を却下されたのが意外だったのか、友梨は少し驚いた顔をした。
私は、他の子に聞こえないように、友梨の耳元に顔を寄せて言った。
「『こっくりさん』、する気でしょ?」
図星だったのだろう、友梨がどきりとした表情で私の方を見る。近い距離で私と友梨の目が合う。
私は首を振った。
「だめだよ。地道に探すって言うならまだいいけど、『こっくりさん』は、もうだめ」
「少しだけなら……」
「友梨」
私は友梨の目をじっと見つめて言った。
友梨は俯き気味に目を伏せた。窓から吹き込んだ風が、友梨の、今はもう短くなってしまった髪を揺らす。
「あの時のこと、忘れたの?」
私は友梨がその気を起こしてしまわぬように、真剣な調子で言った。
友梨は口をつぐんだ。
沈黙の時が流れる。
友梨のその悲しそうな顔に、私は少しつらくなった。
だが、もう友梨をあんな危険な目に合わせてはならないのだ。
帰り道を一緒に歩く友梨はいつもより口数が少なくて元気がなかった。私が試しに何か話を振っても「うん……」と心ここにあらず、といった感じで返すだけで、すぐに会話も途切れてしまう。きっとさっきの話――行方不明の上野莉理を『こっくりさん』で探したいというのが友梨の頭の中に、まだあるのだろう。
『こっくりさん』――『こっくり』は『狐狗狸』とあてられる――は低級の霊を憑依させることで行う占いの一つである。古くは盆とそれにのせた竹から占っていたそうだが、一般的なのは文字盤――大抵はひらがなを全部書いた紙――の上に5円硬貨をのせ、3人程度の人数で人差し指をその5円玉に当て、伺い事を尋ねる。するとひとりでにその5円玉が動き出して、文字盤に書かれた文字の上で動きを止め、それによって出来上がった言葉により、その伺い事の答えが示されるというものである。
ただ一般には、『こっくりさん』は遊戯に過ぎないと思われている。誰かが故意に5円玉を動かしていると考えられているからである。私も初めはそう思っていた――いや、友梨以外がする『こっくりさん』については今もそう思っている。
ただ、 平塚友梨には不思議な力があった。力というのか資質というのかわからないが、友梨が参加した『こっくりさん』では、いつも決まって不思議なことが起きた。例えば、その時点では誰も知らなかったはずのクラスメートの好きな人を当てて見せたり、友人の無くしたものの場所を探し当てたりしたこともあった。
それは私たちが小学生の頃のことで、高校生となった今ではもう、周囲に『こっくりさん』のようなオカルトじみた遊びに興味を持つ子はあまりいなくなった。
けれど、私と友梨は今でも『こっくりさん』をやっていた。
しかもそれは単なる遊びではなく、『こっくりさん』を使った、人の占いや探し物であった。幅の広い占い業というのか、大体週に1~2件の頻度で、依頼者の心配事や探し物のありか――今年の運勢についての占いから「転職を考えているのだが、うまくいくだろうか?」といった相談、時には行方不明になったペットの居場所まで――、色々なことを占って当てていた。
あの一件が起きるまでは。
「友梨」私は声をかけた。
友梨がこちらを見る。友梨の大きくて綺麗な瞳が、今は蔭っている。
「『こっくりさん』はさ……しばらくやめておこうよ…ね?」
「うん……」歯切れの悪い返事が返ってきた。やはり友梨はまだ迷っているようだった。
「やっほ~友梨~」
突然どこからか、弾むように揺れる声が聞こえてきた。
声がした方を見ると、一人の女子生徒がスキップしながらこちらに近づいてきていた。私がその姿を認めるとほぼ同時に、その少女はスキップから最後、大きく一歩跳ぶと、ずさっと学校の鞄とセミロングの黒髪を大きく揺らして、私たち二人の眼前――友梨がいる側の斜め前――に着地した。
……厄介な子が来た。私の喉元あたりに苦いものが広がった。
「会いたかったよ友梨~」
私たちと同じ学年の女子――もといポンコツお祓い師――の織川七菜は私には目もくれず、友梨の方だけを見て言った。
「どうしたの友梨~元気ないじゃん~」
織川は晴れない顔をしている友梨の顔を見るや否や、普段の調子より高めの声を出して言った。馴れ馴れしく友梨の横髪と頬の間に右手を差し込んで、友梨の顔を覗き込む。
「ちょっと」私は制止の注意を発したが、織川はこれを無視した。
「なに?また結衣にいじめられたの?」
「何もしてないよ」私を悪者にするかのような言い草に少し苛立ちながら、私は否定した。
「私は友梨に訊いてるの」織川はこちらを見ずに言った。
「ううん。そうじゃないけど……」
一応友梨も否定して、さりげない動きで、その頬に触れていた織川の手から逃れた。
「ほんとに~?」
織川は、今度は横から友梨の躰に両腕を回して、友梨と密着した。
「何でも言ってね。私は友梨の味方なんだから」
「えっ、いや、だからなんでもないってば……」
困惑気味に、友梨は織川の拘束を解こうともぞもぞ動く。しかし一向に織川は友梨を離そうとしない。
「ちょっと」
見かねて私は織川の腕をつかんで外し、友梨を解放した。
「何?」織川が不満そうに声をあげた。こっちが言いたい台詞だ。
「何か用?」私は織川に言った。
「用ってほどじゃないけどさ」織川は左手を腰に当てて言った。
「そろそろ占い再開してもいいんじゃないかと思って」
やはりその話か。私はこのお調子者の間の悪さに、ため息が出た。
『こっくりさん』を利用した友梨と私の占いは、この織川七菜の家でさせてもらっていた。正確には、友梨の『こっくりさん』の力に目をつけて、占いをやろうと言い出したのが、この織川七菜であった。織川と私たちは小学生以来の知り合いで、友梨の『特別な資質』について知っている数少ない子だ。
織川の親は神社の神主で、彼女はその一人娘である。織川自身も休日などにはその手伝いや、修行――正直、疑わしいが――をしているらしい。
私と友梨の占い業は、織川の家の神社の掲示板で占いを広告し、申し込みを受けた織川がお客さんと私たちを仲介する形をとっている。場所も神社の中の一室を借りて、そこで『こっくりさん』を行っている。織川いわく、「神社でやれば、それっぽく感じられる」そうだ。
友梨と私は、面白そうだと言う理由でこの話に乗り、それから割とたくさんの占いをしてきた。
織川は続けた。
「友梨の占い、結構好評なんだよ?占いをしてもらった人が、後から友梨が言った通りになった、って言って来てるもん」
やはり、友梨の力は本物なのだ。そう思う一方で、友梨が今また、その気を起こしてしまうのではないかと、私は不安になった。
「ちょっと、『あのこと』、忘れたの」
私は織川を制するべく言った。あの得体の知れない依頼者が連れてきた、『変なもの』――恐らく悪霊――に友梨は殺されかけたのだ。
「……」ここで饒舌だった織川が、初めて真面目な表情になった。
「まあ、確かにあれはさ……危なかったし、予め防げなかった私も悪いんだけど……」織川が頭を指で掻く。
「でもやっぱり、もったいないよ」
「七菜」私は強めの声で言った。
「またやろうよ。私ももうあんなことが起きないように気を付けるからさ」
織川の言葉に対して、友梨は黙ったまま、何も言わないでいる。しかし、友梨の心が揺れているように私には見えた。
「友梨は普通の子が出来ないことが出来るのにさ、それなのに、なにもしないでいるつもり?」織川は真剣な顔で友梨を見つめていった。
「それって、もったいなくない?」
「待って。『こっくりさん』のせいで、友梨が危ない目に遭ったんだよ」私は抗議した。
「だから、気を付けていこうって言ってるじゃん」
私には織川の提案が無責任なものに思えた。
友梨に万一のことがあったら、どうするというのだ。
「勝手に話を進めないで」私は言った。
「じゃあいつまでこうしているの?」織川は問いかけた。
「……」私は答えに窮した。友梨にも「今はまだ駄目」と繰り返して、『こっくりさん』の一時的な中断を何度も引き伸ばしていたからだ。
「わかった」織川はため息を一つついて言った。姑息なまねをしている私に半ば呆れたのかもしれない。
「でもやっぱり考えといて」
織川は立ち去ろうと身をを翻したが、顔だけこちらに向けて言い残した。
「友梨には人を助ける力があるんだから」
織川が去ったあと、残された私たち二人の間には気まずい空気が漂っていた。
『こっくりさん』をやらなくなってから、友梨はどこか元気がなかった。いつも友梨の隣にいる私にはそれがよくわかっていた。
友梨はまた、前のときのように『こっくりさん』をやりたいのだろう。
でも私は、万が一、友梨に危ないことがあったら、と思ってしまう。
友梨も私が心配していることがわかっているから、今は私の言うことを聞いてくれているのだと思う。友梨は、やろうと思えば一人で『こっくりさん』で占えるからだ。
私も、そしてきっと友梨も、どうしていいか 、なんと言っていいか分からず、ただただ気まずいまま、とぼとぼとした足取りで帰り道を歩いていった。
よく晴れた青空に、小さくて薄い雲が。散り散りと浮いている。
今は昼休み。クラスのみんなはお昼ご飯を食べている。
結衣はいつものように私の所に来てくれて、一緒にご飯をたべているけれど、会話はあまりない。
いつもなら楽しくおしゃべりしてるのに、私が『こっくりさん』のことを口にしてから、気まずくなってしまった。
特に話す他の話題もないし、私はまた『こっくりさん』について結衣と話したいけれど、でも言い出せなくて、結局黙々とお昼ご飯を口に運ぶ運ぶばかりだ。
――結衣。『こっくりさん』、やっていいでしょ?――
この一言を言えたらいいのに、言い出すことが出来ない。
結衣が私のことを心配してくれているのは分かっているのだけれど、私は、こんな私が誰かの役に立てるなら、その人の力になりたかった。
「友梨~結衣~」
私も結衣もお昼ご飯を食べ終えて、また気まずい感じになっていたときだった。離れたところから私たちの名前を呼ぶ声がした。結衣もそちらを振り返った。見ると、教室の後ろの戸のそばから、クラスメイトが、私たちに向けて手招きしていた。
「なんか二人に用がある人が来てるよ~」その子が言っている。
「なんだろう?」結衣もその方を振り向いていた。
「うん……」
私たちは席を立って、教室の後ろの出入り口に向かった。私たちを呼んだクラスメイトが、「そこにいる子」と言って、教室の外を指す。
私たちは廊下に顔を向けた。
「鈴……?」
私はびっくりした。廊下には、栗本鈴が立っていた。
「え……」見ると隣の結衣も驚いている。
「ひさしぶり」鈴がちょっとぎこちない感じで言った。
私と結衣は廊下に出て、鈴と向き合った。
懐かしい。鈴と会うのは、本当にひさしぶりだ。小学校まではよく遊んでいたけれど、中学高校と、学年が上がり違うクラスになるにつれて、学校は同じだったけれど、私たちは疎遠になっていき、ここ一年は全く会っていなかった。
久しぶりに見た栗本鈴は、身長は前見たときと変わらず、私と同じくらいの高さで、あまり高いほうではないけれど、髪型や服装は、派手というか活発な女子がそうするように、カジュアルさが出るように手が加えてられていた。スカートは少し短くされており、髪は額が出るようにかきあげられ、一条ずつ額の左右両側に垂らされていた。
正直、ちょっと不良な印象である。長く会わない間に、栗本鈴は大分変わってしまっていた。
「二人に話があって」鈴が言った。
「話……?」ひさしぶりに会えたと思ったら、話だなんて。一体、なんだろう?
「うん。今、時間空いてるかな?」
「別に、いいけど……」結衣が私と見合わせて頷いた。
「そう。あ……でも、ここじゃちょっと……一緒に来てくれる?」そう言って鈴は背を向けて、歩き始めた。結衣と私は不思議に思いながら、鈴のあとをついていった。
私と友梨が栗本鈴に連れられてたどり着いたのは、校舎の外――校庭の脇にある、体育の授業で使う用具などを閉まっている倉庫の裏であった。倉庫の側面を回って、裏側へと入る。
一体何の用だろう?私は測りかねた。
明るい日差しが倉庫の裏に、逆に濃く暗い陰を作り出していた。日の当たらない物陰に風が吹き込んで、ひんやりと感じられる。
「ごめんね。ちょっと、他の人に聞かれたくなくて」
鈴が言った。確かに、用心深すぎるのではないかというぐらい人気のない場所だ。
「話って?」友梨が訊ねた。
「うん……二人にお願いがあって」
久し振りに再開したと思ったら、私たちにお願いとは、一体なんだろうか?
「人を探して欲しいの」鈴は言った。「『こっくりさん』で」
――『こっくりさん』。
長い間音沙汰無しだった旧古い友達に、いきなり『こっくりさん』の話を持ち出されて、私は戸惑ってしまった。
「えっ……」友梨も私と同じく驚いている。
「ほら、私たちが小学生の頃、友梨がよくやってたじゃん。あれだよあれ。『こっくりさん』で、なんかいろいろ当ててたでしょ?それ、今もできないかな?」
たしかに鈴も、友梨の『こっくりさん』について、小学生のときに知っていた。
だがなぜ、今になってて……。
「もうやってない……?」鈴が上目遣い気味に、こちらを伺っている。
「えっと、やってないわけじゃないんだけど……」 友梨が答えた。私から『こっくりさん』を止められている友梨は、板挟みになっているのだろう、言葉の歯切れが悪い。
「ちょっと、ごめんね鈴」私は口を挟んだ。「今、それやってないから……」
私は鈴のお願いを断ろうと思った。
「えっ……」鈴がショックを受けた顔をした。「もう出来ないの?」
「出来ないっていうか……、今はやってないの」
私は返事に迷った。出来なくはない。やりたくないだけだ。
「やろうと思えば出来る?一回だけでいいから」
鈴は粘った。
「えっと……」
困った。なんと言って断ればよいだろう……。
「なんとかできないかな……?お願い」引き下がらずに鈴が言う。
「どうして?」
友梨が鈴の方へ一歩前に出た。
「どうして『こっくりさん』をしてほしいの?」
友梨の問いに、鈴は友梨をまっすぐ見て答えた。
「友達を……見つけてほしいの」
「友達……?」友梨が首をかしげる。
「うん」鈴が頷いた。
「上野莉理っていう子。知らない?今行方不明になってる……」
私と友梨は顔を見合わせた。
上野莉理。先日私たちが話していたばかりの、行方不明になったこの学校の女子生徒である。
――なんで今、このタイミングで……。
こんなことが起きるなんて、私は信じられなかった。友梨から話を持ちかけられ、なんとかそれを止めていた矢先、今度は別の人から、同じ話を持ち込まれるなんて……。
「その子を探してほしいの」
鈴は切実な顔で言った。
「……お願い」
三人の間に無言のときが流れた。
「……ごめん、鈴。ちょっと待ってて」ここで友梨が口を開いた。
私が友梨の方をみると、友梨がこちらに向き合った。
その顔は真剣であった。
「結衣」
友梨が何を言おうとしているか、私にはわかった。
「結衣……いいでしょ?」
友梨は続けた。
「鈴が久し振りに会いに来てくれたんだよ。それに困ってるって」
その目は真っ直ぐすぎて、直視するのに気後れがした。
「私は、鈴の役に立ちたい」
私の一番大切な友達が言っている。
――もう、仕方がない。
「わかった……」思わず弱々しい声が出てしまっていた。
いや、もっとちゃんと言わなければ。
私は友梨の目をしっかり見つめた。
「やろう。『こっくりさん』。一緒に」
そう言うと友梨は、ぱあっと明るい笑顔を見せた。
「ありがとう結衣!」
「わっ」
そのまま友梨が飛び付いてきた。その嬉しいそうな様子に、私は、よかったような、でも不安な、なんとも言えない気持ちになった。
「えっと……いいの?」事情を知らない鈴が、困ったように、私と友梨を交互に見ている。
「あ、ごめんね、鈴」友梨がおいてけぼりにしてしまっていた鈴に詫びた。
「わかった。その子のこと、探してみる」
「ほんとに!ありがとう」鈴が喜んだ。
「でもちょっと待って」
私は口を挟んだ。言うべきことは言っておかなければ。
二人が私の方を見る。
「手伝うけど、危ないことはだめだからね」
私たち3人は放課後に再び集まった。
これから『こっくりさん』で上野莉理の行方を占って探し当てるのである。
「上野さんの写真は準備できた?」
私が鈴に訊ねると、鈴は「うん」と頷いた。
これは事前に説明して頼んでいたことであった。
今回の『こっくりさん』は、友梨と私、そして依頼者である栗本鈴で行う。その『こっくりさん』において中核的な働きをするのは友梨である。私も友梨とともに『こっくりさん』をやってきたが、私は数合わせ、あるいは付き添いみたいなもので、私自身には何の素質もない。
『こっくりさん』について、経験的に分かっていた事なのだが、『こっくりさん』で占う対象について、友梨が多少でも何か情報を前もって得ていると、その占いの答えの精度が高いことが多かった。
今回の対象である上野莉理については、友梨がどこまで彼女について認識しているか不確かだったので、少なくともどんな子なのかを姿だけでもしっかり確かめておいてもらうべく、私は鈴に上野莉理の顔がわかるものを用意しておくよう頼んでおいたのだ。
「あとで写真を見せるから」と、鈴は言った。
私たちは廊下を歩きながら、周囲に人気のない空きの教室を探した。そして見つけた手頃な教室の中に入り、しっかりと戸を閉めた。
赤みがかったオレンジの夕日が教室に斜めから差し込んで、机や椅子の影が長く伸びている。
「じゃあ、始めよっか」友梨が私たちより先に言った。その表情はは少し緊張しているような感じだったが、友梨の瞳はきらきらして見えた。
私たちは『こっくりさん』をするために、適当に一つ机を選んで、それを囲むように座った。友梨が黒板に対して正面を向き、私と鈴が両側から机を挟む形だ。
「鈴、上野さんの写真見せて」小学生の頃に戻ったかのような親しみのある声で、友梨は鈴に言った。
「うん」
鈴は制服のポケットからスマートフォンを取り出して、少し自分で操作したあと、それを友梨に差し出した。私も横から鈴のスマホを覗きこむ。
スマホの画面には、仲良さそうに顔を寄せ合って笑う二人の女子が写っていた。右に写る女の子は天真爛漫というのか、目がくしゃっとしぼむくらいの楽しさ全開の笑顔の女の子だ。
もう一人の左の女の子――私はその顔に覚えがあった。この子が上野莉理である――はカメラ写りを少し意識しているような、画として可愛くみえるように加減された笑顔をこちらに見せていた。切り揃えられた艶やかな黒髪と、それとは対照的な白い肌をした小さな顔。まるで人形みたいな美少女だ。
「左の子」鈴が画面の左側の女の子――上野莉理を指差して、彼女について知らない友梨に示した。
「出来そう?」鈴が友梨に訊いた。
「うん、大丈夫」友梨は頷いてからスマホを鈴に返した。
「それじゃあ……」友梨は自分の鞄をあけた。そしてゴソゴソと一枚のプリントを取り出した。「ワクワクして授業中に書いてきちゃった」
友梨が机の上に広げたのは、『こっくりさん』で用いる文字盤であった。プリントには縦横に無数の直線が引かれ、それらか作る枠の中には、平仮名が書き込まれている。紙の上のほうには、左右に「はい」と「いいえ」の枠がある。
「結構久しぶり」はひとり笑った。見るからにはしゃいでいるわけではないけれど、わくわくした気持ちを押さえているのが分かった。
続いて友梨は制服の胸のポケットに指を入れた。コツリと音をたてて文字盤の紙の上に置かれたのは、黄金色に輝く綺麗な5円玉であった。
「始めよっか」友梨が率先して席に着いた。私と鈴も、隣の席の椅子を引き寄せて、友梨が着いた机をを囲むように座った。
そして友梨が、その白くて細い人差し指を5円玉に当てた。
「二人も、いい?」
友梨が私と鈴に目を配った。私が次に指を5円玉に出して、そして最後に鈴がその人差し指を5円玉に置いた。緊張した雰囲気が私たち三人を包むのが感じられた。
「こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃるのなら、お応えください」
友梨が『こっくりさん』に伺いをたてた。『こっくりさん』は決まってこの質問から始まる。
無音の時間が、夕日に赤く照らされている教室に流れた。友梨も鈴も、息を飲んでじっと自分の指先――その下にある、まだ動かない5円玉を見つめている。
すると、ス……ス……と、私たちの目の前で、5円玉が独りでに動く始めた。
鈴が驚きの表情になったのが見えた。当然私たちは誰も5円玉を動かしていない。
動き始めた5円玉はそのまま、文字盤の上部右側、「はい」の枠に入った。指先に5円玉を引っ張っていこうとする力が感じられなくなる。5円玉はそこで動きを止めた。
応えがあった。『こっくりさん』がこの場に降りてきたのだ。
「こっくりさん、こっくりさん。私たちは人を探しています。力を貸してもらえますか?」
友梨が続けて、『こっくりさん』丁寧にお願いした。
私と友梨は『こっくりさん』を畏敬の対象として見ている。『こっくりさん』は低級の霊だと言われているが、『こっくりさん』を使役するような上からの態度は決してとらないでいた。人智の及ばない恐れるべき存在であることを私も友梨も感じでいた。5円玉は「はい」の枠から動かないでいた。これはつまり、お願いを聞いてもらえるということだ。
「私たちは上野莉理という女の子を探しています。彼女が今どこにいるのか教えてください」
いよいよ本題に入った。上野莉理の行方がこれから分かるかもしれない。
5円玉が動き始める。私も、そして二人も5円玉の動向をじっと見守った。
「い」。
動き始めた5円玉は先の「はい」の枠から下に向かって移動し、あ行の二番目の枠である「い」で動きを止めた。
そして、しばらく静止したあと、再び5円玉が動き出した。次の文字枠へと向かっている。
下に動き出した5円玉はすぐにまた動きを止めた。この枠は……「え」の枠である。
5円玉はもう動く様子を見せなかった。回答が済んだということだ。
「いえ?」
鈴が示された文字を並べてその音を口にする。
「家ってこと?」
恐らくそうなのだろう。私も同意の頷きをした。『こっくりさん』では漢字は示されないから、こちらの解釈が必要となるが、そういう――「家」という理解でいいだろう。
「それは、誰の家ですか?」
友梨が次の伺い事を立てる。
すると再び、5円玉が動き始めた。
5円玉は文字盤の左へ動いていく。……止まった。ここの文字は「せ」である。また動き始めた。……
右に一行動いて上へ……次に止まったのは「き」である。まだ5円玉は動く。……次は「や」。……「み」……「か」。
「えっ……」ここで突然、鈴が声をあげた。
私と友梨は鈴に顔を向けた。鈴は驚きの表情をしている。
5円玉は動きを止めていた。
「せきやみか」示されたこの言葉に、鈴は何か心当たりがあるのだろうか?
「この子……」
鈴はそう言って5円玉を押さえていない空いた左手で。制服のブレザーのポケットから再びスマートフォンを取り出した。
そして鈴が見せたのは、先程の上野莉理が写ったツーショットの写真であった。
「右の女の子」鈴がそう言って示したのは、上野莉理の隣に写る、 もうひとりの女子生徒であった。