第86話 農民、領主依頼クエストを達成する
「まずは、セージュさんに感謝を。貴方が複数の情報を集めてくださったおかげで、私たちの行なっている調査にも進展がありました。ありがとうございます」
席に着くなり、そう、ラルフリーダさんからお礼の言葉を頂いた。
あ、もしかして、例の『領主依頼クエスト』の件か?
俺がそう思ったのと同時に、ぽーんという音が鳴った。
『クエスト【領主依頼クエスト:モンスターの調査】を達成しました』
『注意:【領主依頼クエスト】がまだ残っているため、引き続き、守秘義務の条件は維持されます』
『情報の取扱には、ご注意ください』
おっ! これでクエストが達成になったのか。
とはいえ、まだ情報解禁までは行かないって感じのようだな。
もうしばらくは、『けいじばん』とかでも触れない方が良さそうだ。
ともあれ。
「これで、クエストはひと段落ってことですか?」
「ふふ、本当は、昨日の分……ミスリルゴーレムの件ですね。それだけでも、十分に助かりましたので、私からのクエストは達成になりましたよ?」
本当に、セージュさんはこちらの想定を越えていらっしゃいますね、とラルフリーダさんから苦笑されてしまった。
何でも、『採掘所』で『狂化』したモンスターが発生したということで、ある種の確信にはたどり着けたのだそうだ。
その詳しい内容については、残念ながら、まだ秘密ってことらしいけど。
「ですので、ミスリルゴーレムの分とは別に、マンドラゴラさんの分の報酬もお支払いしますので、ご安心ください」
では、こちらはお返ししますね、とラルフリーダさんが、ミスリルゴーレムの核とミスリルの一部を渡してくれた。
こっちは、昨日、グリゴレさんに預けた分だよな。
一応、俺の分担から渡しているので、ここで受け取っても問題はない……と思ったら、あ、思い出した。
俺、今、自分のアイテム袋がいっぱいだぞ?
「すみません、ラルフリーダさん。俺、アイテム袋がいっぱいになっていて、これ以上持てないんですよ。後で、改めて、取りに来るってことはできませんか?」
「はい、それで構いませんよ? そうですね……そういうことでしたら、報酬の一部をそちらにしましょうかね」
「報酬、ですか?」
「はい。金銭的な報酬もありますが、それとは別に、ですね。私の方から『許可』を与えるというものです。例えば、この家に自由に出入りをするための『許可』ですね」
あ、なるほど。
そういう報酬もあるってことか。
うん、それはそれでいいよな。
たぶん、自分が自由に移動できる場所の解放ってことだもんな。
そういえば、『けいじばん』でもそんな話は出ていたもんな。
この『PUO』の中だと、何かするのに『許可』が必要になる場合があるって。
そういう意味では、『ラルフリーダさんの家に来れるようになる』ってのもれっきとした報酬ってわけだな。
普通は、招かれないと結界に弾かれて入れないみたいだし。
「おや……少し驚きましたね。ラルお嬢様はそれでよろしいのですね?」
「はい。ひとつめの段階、ですね。それをどこまで『許可』するかは、私の判断に委ねられているはずですが?」
「ですね。ええ、もちろん、私はラルお嬢様のご判断を支持致しますよ」
「…………うぅぅ、感情的には許しがたい」
「諦めろ、ノーヴェル。さっきも言ったが主の決定だぞ」
「…………わかってる。感情的には許せないけど、仕方ない。それに従うまで」
「ふふ、ありがとう、ノーヴェル。そして、フィロソフィアもね」
「いえ、私はラルお嬢様の槍であり、盾ですから」
「…………わたしも。お嬢様は甘いから、わたしがお嬢様の毒になる」
何だかよくわからないけど、話がまとまったようだ。
というか、ちょっとした騎士とかの忠誠の場面を見ているようだな。
そういうところは、やっぱり、ファンタジーのゲームっぽいよな。
「ふふ。ということですので、後でまたいらした際に、こちらはお返ししますね」
それまでは大切にお預かりしておきます、とラルフリーダさんが微笑む。
ひとまず、魔晶石とミスリルについては、それで落ち着いたな。
「では、改めまして、本日、遭遇したことについてお話を聞かせて頂けませんか? セージュさんだけではなく、ルーガさんからも、ですね」
「はい、わかりました」
「うん、わたしがわかる範囲なら」
そんなこんなで、ラルフリーダさんによる聞き取りが始まった。
「なるほど……やはり、地下通路が関係していましたか」
俺たちの話を聞いて、そうラルフリーダさんがため息をついた。
ここまでで、俺は今日の動きについて、一通り語った。
最初は、サティ婆さんから頼まれて、野草を採りに行ったこと。
その途中で、なっちゃんと出会って、仲良くなったこと。
地面に空いている穴を見つけて、もしかしてダンジョンに通じているかと思って、その穴を掘って広げて、中へと入ったこと。
その穴が地下洞窟へとつながっていたこと。
そこで、ルーガとマンドラゴラさんと出会ったこと。
マンドラゴラが『狂化』モンスターになっていたので、止むを得ず戦って、何とかかんとか無力化したこと。
それから、そのまま、ルーガたちと一緒に町まで戻ってきたこと。
そうしたら、門で立ち往生で、そのまま、この家までご案内、と。
一方のルーガの方も、自分の住んでいた山から、いつの間にか、変なところに飛ばされて、気付いた時には、俺と遭遇した地下通路にいた、ってことらしい。
真っ暗なので、時間の経過はわかりにくかったようだが、かなりお腹が空いていたこともあって、少なくとも、丸一日以上は歩き回っていたようだ。
途中、軽く仮眠はとったみたいだけど、やっぱり、自分がどこにいるかわからない以上は、怖くて眠れなかった、と。
そうこうしているところで、マンドラゴラさんと遭遇して、戦闘になってしまった。
後は、俺が駆けつけて、って感じらしい。
「モンスターがほとんどいなくて助かったよ」
ルーガがそう言って、報告を終えた。
結局、ルーガも地下通路を大分歩き回ったけど、遭遇したモンスターは、例のマンドラゴラさんだけだったのだそうだ。
歩き回った、って、随分とこの地下通路は広かったんだな?
ルーガも真っ暗なので、詳しくはわからなかったけど、ほとんど、分かれ道とかはなかったせいで、ひたすら歩くだけだったのだとか。
「うーん、結局、この地下の……ダンジョンか? これって、何だったんだろうな?」
ちょっと運営の意図がよくわからないのだ。
モンスターがいなくて、一本道のダンジョンって、これ意味あるのか?
俺がそう首を捻っていると。
「あの、セージュさん。それに、ルーガさんも、ですね。こちらの地下通路につきましては内密の話でお願いします」
「えっ!? ラルフリーダさんは、この地下洞窟が何なのか、ご存知なんですか?」
「はい。『グリーンリーフ』の根幹を担っている場所です。本来でしたら、誰も立ち入りできないようになっているのですが……」
そうなのか?
ラルフリーダさんの真剣な表情に驚きつつ、同時に疑問もわいてくる。
そんな大事な場所にしては、普通に穴が開いていたよな?
いや、そもそも、俺、そんな場所の穴を広げてしまったんだが、まずくないか?
「すみません、ラルフリーダさん。俺、人が通れる大きさまで穴を広げちゃいましたが」
「そうですね。早急に対応する必要がありますね」
「…………お嬢様」
「どうしました?」
「…………クリシュナが、『目を覚ました』って」
少し席から離れて待機していたノーヴェルさんが、ラルフリーダさんに報告する。
どうやら、マンドラゴラさんの意識が戻ったらしい。
一応、敵意とかも落ち着いているので、どうするのか、判断を仰ぐ、と。
「それは好都合ですね。フィロソフィア、クリシュナに伝言をお願いします。『イーストリーフ平原に開いた穴を塞いで、誰も入れないように処置をしてください』と。そして、貴方はそのまま、クリシュナより、マンドラゴラさんの対応を引き継いで、こちらまでお連れしてください」
「かしこまりました、ラルお嬢様」
「ノーヴェルはこのまま待機です」
「…………わかった」
てきぱきと指示を飛ばしていくラルフリーダさん。
そういう姿を見ていると、やっぱり、領主さま、って感じるよな。
「セージュさんたちはもう少しお待ちください」
「わかりました。それで、あの……その地下通路について聞くのはまずいですか?」
下手をすると、俺と同じようなことをする人が出かねないし、それだったら、むしろ正しい情報を広めておいた方がいいんじゃないのか。
そう思ったのだが。
「いたずらに、近づくことを控えて頂くのを約束できますか?」
教えるのは構いません、とラルフリーダさん。
もうすでに、俺は足を踏み入れて、中の状況を見てしまったから、と。
それは、自分で得た経験だから仕方ないそうだ。
ただし、情報を広めることは許可できない、と。
もし、約束を破るようなことがあれば、その時は『契約』で言動などを縛らせてもらうことになりますが、よろしいですか?
そう、強い口調で言われた。
やっぱり、これって、町の機密事項とか、か?
本来だったら、あんまり聞いてはいけないような話みたいだけどさ。
でもな。
ルーガがその中に飛ばされてきたってことは、そこに蓋をして知らんぷりってわけにもいかないんだよな。
横にいる狩人の少女を見る。
今は、大人しく俺についてきてくれているけど、やっぱり、知らない場所にいるっていう不安のようなものは隠せないよな。
これも何かの縁だから、手助けできることがあったら手伝いたいのだ。
そういう意味では、色々な情報はあった方がいいだろう。
そう、ラルフリーダさんの目をまっすぐ見ながら、伝える。
「わかりました。でしたら、お伝えします。あの地下通路は『グリーンリーフ』の全域を走るように通じております。ですが、地上から入る入り口はありません。あくまでも、地下に空洞があるだけ、ということをご理解ください」
「えっ!? 穴だけ、なんですか?」
要するに、入り口の存在しない地下ダンジョンってことか?
何でそんなものがあるんだ?
「はい。ではお答えしますね。あの地下通路は『結界陣』です。魔境を魔境として維持し、バランスを保ち、魔素などの淀みによって生まれてしまった凶悪なモンスターを表に出さないための『結界』。それを維持するために、この地に張り巡らされているものなのです」
『結界陣』か。
なるほど、そういうものだったのか。
魔境全域をすっぽり包む規模で地下に描かれた陣。
「それが、あの地下通路の正体です」




