第83話 農民、町長の家に向かう
「おい、セージュ、来たぞ」
「あっ!? グリゴレさん、わざわざすみません」
「いや、マーティンから話は聞いた。まあ、なんだ。色々と大変だったな、としか俺は言えないんだが……事前に聞いてないと、一瞬、言葉に困る光景ではあるよな」
俺たちを迎えにやってきてくれたグリゴレさんが、そう言って苦笑する。
お? どうやら、あんまり怒ってはいないようだぞ?
そういう意味では、少しほっとする。
「とりあえず、何があったのか、細かいことを聞いてみたいもんだが……セージュ、悪いが、もう少し待ってくれないか? もうすぐ、迎えがやってくるから。まあ、傷だらけの上に、ずっとそいつを抱えたままってのは悪いんだが」
「えーと……? それは別にいいですけど、どういうことですか?」
「町長がすぐ連れて来てくれってさ。ほら、昨日の件の話も残ってただろ? そこに加えて、今のお前の状況だろ? なので、まとめて色々と話をしたいんだと」
あー、なるほど。
ラルフリーダさんの家まで行くってことか。
いや、それならそうと、グリゴレさんと一緒に、家まで向かえばいいんじゃないのかね?
それだとダメなのかな?
「いや、さすがに、今のお前の姿で町の中を歩かせられねえよ。町の連中とか、ちっちゃい子供とか、お前ら迷い人とか、びっくりするだろ。マーティンからの話だと、町長に会うまでは下手なことはしない方がいいから、ってことで、特に何もしてないんだろ?」
「ああ、念のため、だね。ほんとは、セージュくんの身体の傷ぐらいは何とかしてあげたかったんだけどね。今の状態で安定している以上は、ラルさんに見てもらわないうちに勝手なことをしない方が無難だと思ってさ」
だから、布とかで覆うのも控えてるのさ、とマーティンさんが苦笑する。
うん。
ふたりが言いたいこともわからないでもない。
こんな姿、ちっちゃい子にとっては、あんまり見せたくない光景だろうしな。
てか、俺自身、冷静に考えると他の迷い人にはあんまり見られたくないし。
特に、知り合い関係にはな。
ただ、だからと言って、いつまでもこのままってわけにもいかないから、その辺、多少は覚悟の上でも、ラルフリーダさんの家まで向かいたかったんだけどな。
ルーガとかも何となく、手持ち無沙汰になってるし。
オレストの町に行きさえすれば大丈夫、って言ってた手前、何となく、そっちにも申し訳なく感じているんだよなあ。
当の本人は、なっちゃんとじゃれて楽しそうにしてるから、まあ、良いって言えば良いんだけど。
「でも、待っていればどうにかなるんですか?」
「まあな。それに待つって言っても、そんなにはかからないはずだぞ……ん? ああ、もう来たか?」
「そうだね。それじゃあ、セージュくんたちはこっちに来て。クリシュナが迎えに来てくれたみたいだから」
「あっ、クリシュナさん、ですか?」
「大きい、狼さん?」
振り返ると、いつの間にか、詰所の入り口の外側のところに、銀色の毛がふさふさした大型の狼さんがやってきていた。
ルーガもびっくりしているようだが、俺は前にも会ったよな。
ラルフリーダさんの家で、横になりながら番をしていた、銀狼のクリシュナさんだ。
いや、改めて見ても大きいな。
きちんと四本足で立っている姿を前にすると、大迫力だよ。
と、俺たちに対して、クリシュナさんが首を動かして、背中の方を示してきた。
「ほら、セージュ。クリシュナが乗れって言ってるぞ」
「あ、そういう意味だったんですか?」
ああ、なるほど。
ラルフリーダさんの家まで、クリシュナさんが乗せて行ってくれるってことか。
「え、でも、俺、このままで大丈夫ですか?」
「その緑のモンスターを抱えたままで、ってことか? 別にクリシュナはそういうことは気にしないぞ。ただ、けっこう、移動が速いから、振り落とされないように気を付けろよ」
「はあ、わかりました」
気を付けろって言われてもなあ、とは思ったが、さっさと家まで向かった方が良いようなので、グリゴレさんたちに促されるままに、その銀狼さんの背中へと乗せてもらう。
うわ、この毛並みふかふかだな。
クリシュナさんの身体自体は、踏んだ感触が筋肉質っぽいんだけど、その身体をふわふわした毛が覆っていて、背中に座らせてもらうと、それだけでなんだか気持ちよくなってくるというか。
うん、きちんと手入れをされているのか、何となくいい香りもするし。
少なくとも、野生の獣臭さはほとんど感じないな。
「わたしも一緒でいいの?」
「ああ。お嬢ちゃんはルーガって言ったよな? 町長からは『セージュさんと一緒に連れて来てほしい』って言われてるぞ」
「わかった。じゃあ、乗る」
特に物怖じするでもなく、ルーガもクリシュナさんの背中へと乗った。
そして、なっちゃんも俺の肩のところへとピタッと止まった。
特に何も言われてないけど、なっちゃんも一緒で問題ないようだ。
って、あれ?
「グリゴレさんは一緒じゃないんですか?」
「ああ。俺は、門での手続きと、ルーガに関するチェックに来ただけだ。本当なら、連れて行った方がいいんだろうが、そっちはクリシュナが担当してくれるみたいだしな。あくまでも、セージュの処遇について、町長と冒険者ギルドの確認事項をマーティンに伝えに来たってだけだ」
「うん、とりあえずで、町に入れるにしても、冒険者ギルドか町長の許可が必要だからね。それに、グリゴレも、セージュくんたちがラルさんと話をしている間にやることがあるんだよ」
「そういうことだ。ルーガも迷い人なんだろ? だったら、そっちも手続きがいるしな」
あー、なるほど。
グリゴレさんによると、俺たちが受けたのと同じような感じで、冒険者ギルドのチュートリアルみたいなものを受ける必要があるのだそうだ。
まあ、ルーガの場合は狩人として、活動していた経験もあるようなので、ギルドカードを作るための手続きが主って感じらしいけど。
やっぱり、ギルドの業務って色々いそがしいんだな。
そんな状況で、受付担当にわざわざ来てもらって申し訳ないというか。
「まあ、セージュが悪いわけじゃないのは俺もわかってるからさ。俺のことはいいから、それよりもさっさと町長のところに行って来い」
そう、グリゴレさんが笑みを浮かべる。
何でも、俺のトラブル体質に関しては、腹をくくったのだそうだ。
その分、特別手当も出るんだと。
だから気にするな、って言われてしまった。
いや、そのお金どこから出てるんだよと突っ込みたいんだが。
どうも、冒険者ギルド的には、俺はトラブルも多いが、ギルドとしての儲けも持ってきてくれる顧客ってことで落ち着いたようだ。
「ただ、町長との話が終わったら、必ずギルドの方まで顔を出すようにな。クエストの件とか、ルーガや、そっちのテイムモンスターの話もあるからな」
だから忘れないように、と念押しされてしまった。
まあ、それはいいんだけど。
やっぱり、なっちゃんって、俺がテイムしたって扱いになるのか?
「――――♪」
……まあ、なっちゃん自身が嬉しそうだから、別にいいけど。
「それじゃあ……クリシュナさん、お願いします」
俺の言葉に、クリシュナさんがこくり、と頷いて。
そのまま俺たちは、銀狼の背に乗って、ラルフリーダさんの家へと向かうのだった。




