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第76話 農民、覚悟を決める

 おっ、とその前に。


 そうだな、戦う前にやることがある。

 そのまま、もう一度、ルーガの身体を抱えて、今いる場所から、更に後ろの方へと離れていく。

 向こうにいるウィメン・マンドラゴラは、音魔法による遠距離攻撃を放ってくる。

 未だに、麻痺の状態で、身体をほとんど動かせないルーガが、その攻撃に巻き込まれないように、でこぼこした岩壁の影に隠れられる場所へと移す。


「――っ!? 戦うつもり、なの!?」

「それしか方法がないんだろ? なら、やるしかないさ」


 驚愕の表情を浮かべているルーガに、無理やりにでも笑い返す。


「マンドラゴラを、死なずに倒す方法は、知ってるの!?」

「それを今から考える!」


 はは、俺の言葉に絶句しているというか、ちょっとルーガが呆れているのが伝わって来るな。

 だが、仕方ない。

 『死に戻り』を悪用すれば、俺が死んでも、一緒に倒すことは、まあ、可能だろう。

 ルーガの話だと、『PUO』の世界の場合、マンドラゴラ自体は、それほど強いモンスターってわけでもないようだしな。


 抜き取ってしまう。

 あるいは、根っこというか、足の部分を切り離してしまえば、胴体部分は無力化して、そのうち死に至る。


 だが、問題はその時、『必ず即死攻撃を行なってくる』、ということだ。

 

 いや、本気で厄介なモンスターだな。

 さっきみたいに、まだ地面とつながった状態で発動した場合は、『即死』ではなく、『麻痺』のみで済むこともあるが、マンドラゴラが命と引き換えに放ってきた『直死の咆哮』は間違いなく、『即死』になるのだそうだ。

 なので、マンドラゴラ自体は、魔法素材として有名ではあるが、いざ、倒そうとする冒険者はほとんどいない、とのこと。

 何がタチが悪いって、さっきルーガが食らってしまったマーキングだ。

 この『マーキング』というのは、ある種の呪いのようなものらしくて、傷つけたり、殺したりしたマンドラゴラの血統が生きていた場合、マーキングを受けた者は、その、別のマンドラゴラからも狙われ続けることになるのだそうだ。

 この呪いは、マンドラゴラを抜いたり、殺したり、それらに加担した者、すべてがターゲットとして呪いを受ける。

 距離や裁量の多寡、関わった者の意志は、この場合、関係ない。

 そういう呪い。


 例えば、向こうの世界で伝わっているような、犬を使って引き抜く、なんてやり方の場合も、犬をけしかけた者への呪いは働く。

 

 いやいや。

 正直、その話を聞いて、ちょっと呆れた。

 そりゃあ、ルーガも諦めてしまうだろう、って。

 何だよ、この、死をまき散らすような時限爆弾みたいなモンスターは。


 ただ、それも、マンドラゴラの一側面に過ぎないらしい。

 穏やかな時のマンドラゴラは、話が通じるので、条件次第では、素材を分けてくれたりしたこともあったのだとか。

 てか、ルーガのお爺さんの話な。

 狩人として、相当の実力者だったってことだから、マンドラゴラともうまく付き合っていく手段なんかも知っていたのかもしれない、って。


「今は怒っているから、ってことだろ? だったら、怒りを鎮めれば、その『マーキング』は解除できるのか?」

「……わからない。いつもは、出会ったら、すぐ離れてたから」


 まあ、そりゃあそうか。

 今の話を聞いて、自分から面白半分で攻撃しようなんて思わないだろうしな。


 ――――よし。

 考えろ。

 考えろ。

 クリア条件は、ルーガにかかっている『マーキング』を解除すること、だ。

 マンドラゴラを倒す場合、俺が『死に戻る』と、クエストは失敗。

 後に残った、ルーガも他のマンドラゴラがいたら、そっちに狙われ続けることになる。


 そもそも、俺が死なずに倒した場合も、『マーキング』を受けることになるだろうから、結局、同じことでしかないな。

 呪いであれば、外すことはできないか?

 いや、そんなに簡単な話なら、そこまで脅威として伝わっていないか。

 遠距離から倒してしまって、後で呪いだけ解けば済む話だものな。


 いっそ怒りを鎮めることに集中した場合は?

 いや、その場合は討伐系のクエストが失敗に終わるか。

 そもそも、今、俺たちの前で叫び続けているマンドラゴラは、『狂化』状態のモンスターだ。

 オレストの町、その周辺で起こっている異変か?

 ラルフリーダさんが情報を制限してまで、調査を行なっているってことは、これも、その異変と関わりがあるってことだろう。

 

 ……待てよ?


 ひとつ思いついたことがある。

 一応、試してみる価値はあるか?

 

 やってみないとわからないが、この洞窟を歩いていて、気付いたことがある。

 それと、今の思い付きを合わせると、何とかなる、か?


「……? 何をやってるの?」

「見ての通り、地面を触ってるんだ……って、うん? ルーガ、俺の動きが見えるのか?」

「ぼんやりと。狩人は夜目が強いの」


 へえ、そうなのか?

 いや、スキルなしでも、この真っ暗な状態の中で見えるのか。

 ということは、スキルなしでも、鍛えれば、それなりには何とかなるってことか?


 いやいや。

 そっちの話は後だ。

 今は、俺が地面を手で触れて、ある確認をしていることについて、だ。


「それで? 地面に触って、何かわかるの?」

「色々と、な」


 そう答えながら、俺は頷く。

 行けるか? いや、思った以上に厳しいか?

 少なくとも。

 もっとマンドラゴラに近づく必要はあるな。


 正直な話、かなり怖い。

 いや、別に俺の考えがダメで、失敗して殺されることが、って話じゃなくて、それにルーガを巻き込んでしまうかもしれない、ってことが、だ。


 単なる思い付きに、テスター以外の相手を巻き込むつもりか?

 もうひとりの俺が訴えてくる。


 ゲームだから。

 プレイヤーはみんな主人公だから。

 それで、まるで自分が英雄にでもなったつもりか?

 自分がやることは、必ず上手くいくとでも思っているのか?

 勘違い。

 思い上がり。

 調子に乗るな。

 お前はただの農民で、昨日今日冒険者になったばかりの素人に過ぎない。

 ゲーム好きでゲーマーだったら、何でもかんでも都合よくいくとでも?

 

 ああ、そうだ。

 そう上手く行くとは限らない。

 カミュと話して、サティ婆さんの家に泊めてもらって、この、『PUO』の中の存在には、人格があると感じた。

 AIを使っているのか、まったく別の技術なのかは知らないが、少なくとも、俺にとっては、このゲームはまるで現実であるかのように感じている。

 謳い文句であった、異世界という言葉。

 それを自然と受け入れて行けるような。

 この中には、確かに、俺たちがいる現実とは別の、もう一つの現実がある、って。

 そう、今なら信じられる。

 暮らしている人々の、多彩な感情表現。

 こんな、モンスターだらけの環境でもたくましく、どこか強かに、それでいて、どこか前向きに生きている人々がいる。


 そして。


 彼らには、俺たち、迷い人(プレイヤー)のような救済措置がないことも。

 死ねば終わり。

 だから、カミュも厳しい口調で警告をしていた。

 いや、カミュもあくまで、運営側の言葉を伝えていただけなのかも知れない。

 だが、それはどちらでも同じことだ。


 こっちの世界で元から暮らしている人は、死んだらおしまい。

 横にいるルーガもそれは同じ。


 だったら、それは、彼女にとっては現実と変わらないよな。


 怖いな。

 もう一度、息を大きく吸って、大きく吐く。

 そして、口元には笑みを浮かべる。

 緊張している時ほど笑え。

 よし、オーケーだ。

 腹の底は決まった。

 怖さはあるが、失敗できないのなら、そのまま成功させるまで、だ。

 

「KYAAAAAAA!」


 遠くからでも届く、マンドラゴラが放つ衝撃波。

 それが空間の全方位へと広がっていくのを感じる。

 万遍なく、広がっていく音による攻撃。

 それゆえに、威力が分散してしまっているのを、はっきりと感じる。


 よし。

 こっちならこれだけ(・・・・)行けるな。


「よし、じゃあ、行ってくる。ルーガがここで待っててくれ」

「……何か思いついたの?」

「ああ。俺のやり方で、マンドラゴラを倒さずに倒す」

「倒さずに……?」

「まあ、どっちにせよ、近づかないと話にならないけどな。じゃあ、行ってくる」


 俺の言葉で、頭の上にクエスチョンマークを浮かべたような顔をしているルーガをその場に残して。

 そのまま、身体強化を使って、俺はマンドラゴラとの距離を詰めた。

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