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第75話 農民、少女を助けるために動く

「悪いな。麻痺を回復できるアイテムは持ってないんだ」


 とりあえず、持っていた傷薬を『お腹の膨れる水』で飲ませて、少しでも、少女が回復できるように促す。

 幸いというか、昨日、サティ婆さんが試作で作ってくれた傷薬をもらっておいて正解だった。

 ぶっちゃけ、サティ婆さん的には、品質が3だから、あんまり効果が薄いよ、という感じだったらしいが、それでも、無いよりはましだ。


 それらを飲み干して、少しだけ少女の顔色が戻る。


「ううん、ありがとう、助かった。傷もそうだけど、お腹が空いて、限界だったの」


 少しだけ落ち着いたのか、少女……ルーガが笑顔を浮かべる。

 いや、未だに『麻痺』は続いているので、身体を動かすのも辛そうではあるんだが、無理をして、笑っているらしい。

 実際、こんなことをしている間にも、マンドラゴラからの『叫び』は続いていた。

 ある程度離れていると、台風などの強風とかに近いようで、何とか飛ばされずに堪えることもできるようだ。


 ただ、ゆっくりではあるが、マンドラゴラが地面に沿って近づいてきているようだ。

 ルーガによると、マンドラゴラは根っこを動かして、歩くこともできるのだそうだ。

 もしかして『土魔法』でも使ってるのか?

 それだけはスキル欄で確認できたし。

 もっとも、元が植物の根っこだけに、あんまり移動は得意じゃないみたいだけど。


「ところで、ルーガは何でこんなところにいたんだ? そもそも、ここってどこに入り口があるんだ?」

「わからないの。わたし、いつの間にかここに飛ばされてきたから」

「飛ばされてきた?」


 改めて、ルーガの話を聞いてみた。

 だが、彼女の話したことは、要領の得ないことだった。

 いつものように、家がある山の中を歩いていたら、突然、場所が変わって、こんな洞窟の中へと飛ばされてしまった、と。

 そして、真っ暗の中で困り果てて、何とか出口を探していたところに、このマンドラゴラと遭遇してしまったらしい。


「それじゃあ、ルーガもここがどこかわからないのか?」

「うん、来たことがないから」

「一応、ここって、オレストの町の近くの地下なんだが」

「オレストの町……?」


 聞いたことがない、とルーガが眉根を寄せる。

 まったく聞き覚えがないようだ。

 そもそも、町とか行ったことがなかったから、って。

 一緒に住んでいたお爺さんから、狩人としての心得と一緒に、山の外の話も聞いたことはあるけど、ルーガ自身は、ほとんど生まれ育った山から外へ出たことがないのだそうだ。

 だから、わからない、ってことらしい。

 うん?

 話を聞いている感じだと、こっちの世界の人っぽいよな?

 念のため、もうひとつ聞いてみる。


「ちなみに、ルーガってテスターだったりするのか?」

「テスターって何?」


 どうやら、俺たちのようなテスターでもないらしい。

 まあ、さっきのステータスを見る限りなあ。

 まさか、スキルが一切ないとは思わなかったぞ?

 身体のレベル自体は俺よりも高いから、決して弱くはないんだろうけど、いくら何でも、テスターで、スキルを一切取らないってのは考えにくいしな。

 やっぱり、こっちの世界の人間で、どこかから飛ばされてきたって感じだろうか。


 でも、何で? って聞かれると困ってしまうんだが。

 もう少し細かい話を聞こうにも、俺も、こっちの世界の地理については詳しいわけじゃないし。

 そもそも、オレストの町が世界的に、どの辺なのかもわかってないからなあ。

 それについては、事前情報が一切ないことでの弊害なんだが。


 ただ、今はゆっくりもしていられないか。


「詳しい話は後だ。それよりも、ルーガはあっちのマンドラゴラについては知ってるのか?」

「うん、魔樹の一種だね。山でも会ったことがあるよ。でも、普通はもっと温厚なモンスターだと思ってた。まさか、いきなり攻撃されると思わなかったの」

「温厚なのか?」

「うん。個体によっては、言葉が通じたりもするよ?」


 本来なら、大人しいモンスター、とルーガ。

 そうなのか?

 今、近づいてきてるやつはものすごく好戦的なんだが。

 待てよ? あれも、『狂化』のバッドステータスの影響か?


「攻撃手段はほとんどが『音魔法』だよ。さっきの音波とか」

「あー、あれって音魔法なのか」


 へえ、そういう魔法もあるんだな?

 ルーガによると、マンドラゴラの攻撃手段は限られていて、それほど威力が大きな能力ってのはあんまりないらしい。


「でも、それは最初のうちだけだと思う」

「最初のうちってことは、徐々に強くなってくるってことか?」

「うん、苔状の眷属を蒔いて、地面を支配してしまうの。その領域が広くなるにつれて、どんどん強くなるモンスターだって」


 あ、そういえば、周囲の地面からの『鑑定眼』の情報が得られたものな。

 あのマンドラゴラの周りに生えている苔も眷属の一種、って。

 いや、思った以上に厄介そうなモンスターだな。

 ただ、苔を生やすのは繁殖期だけなので、その時期に近づかなければ、しばらくすると種をつけて、元の状態へと戻っていくのだそうだ。


「本当はその場から逃げればよかったんだけど、ここ、真っ暗でほとんど何も見えないから、怖くなって、思わず反撃しちゃったの」


 繁殖期のマンドラゴラと戦ってはいけない。

 なぜなら、種作りを邪魔された時、マンドラゴラは怒って、どこまでもどこまでも追って来るようになるのだそうだ。

 そして、戦ってはいけない理由がもうひとつ。


「『マンドラゴラを抜いてはいけない』。地面から切り離せば大人しくなるけど、切り離した瞬間に、さっきのが来るの」


 マンドラゴラの『直死の咆哮』が来る、と弱々しげにルーガがうつむく。


「山でも聞いたことがあったの。さっきので初めて、目の前のモンスターがマンドラゴラだって気付いて。でも、その時には『直死の咆哮』で、身体が動かなくなっちゃって」


 どうやら、完全に足部分が切り離されなかったことが幸いしたようだ。

 ルーガによると、その『咆哮』は『即死』効果のあるスキルってことは間違いないらしい。ただ、必ずしも『即死』するわけではなく、運が良ければ『麻痺』で済んだりもするとのこと。


 『マンドラゴラを抜いてはいけない』。


 その教訓も、普通に抜くだけではなく、地面から切り離す、ってことも含まれるのだそうだ。

 要するに、無力化される前に、最後に発動するスキルってことだな。

 今回のは幸い、『道連れ』レベルまで行かなかったから、『麻痺』で済んだってことらしい。

 さすがに、普通なら、至近距離で受ければ『即死』は免れないから、と。


「うーん……そういうことなら、逃げるか? 要は繁殖期が終わるまで離れてればいいんだろ?」


 正直、あの歩みの遅さだったら、逃げた方が良い気もするぞ?

 てか、地面から抜く、あるいは切り離すと即死攻撃だろ?

 一気に、燃やしたりしたとしても、死ぬ間際に、その『直死の咆哮』を使って来るらしいし。

 そうなると、仮に倒せても『死に戻り』確定だ。


「もう、遅いかも。わたし、もうすでに攻撃しちゃってるもの。そうなったら、どこまでも追って来るし、それに……逃げる場所もないし」


 ここがどこかもわからないし、マンドラゴラからマーキングされた者が、受け入れてもらえるはずがない、と。

 これ以上、迷惑はかけられない、とルーガが力なく微笑んだ。

 どこか、自分が死ぬことを受け入れたような悲しい笑顔。


 それを見て、俺は――――。


 胸が軋むような痛みを感じて、ルーガの顔を見つめる。

 そして、今の現状について、もう一度思考を巡らす。


 考えろ。

 考えろ。

 今、何をするのが最善だ?

 今、やれることにはどういうことがある?


 これはゲームだ。


 ――――いや、ふざけるな。


 たとえ、これがゲームだったとしても。

 

 目の前で、訳の分からない状況に巻き込まれて、死にかけて、悲しそうな表情を浮かべているひとりの少女を――諦めていいはずがないだろうが!


 そう、俺が思った時だった。

 いつもの『ぽーん』という音が鳴り響いて。



『クエスト【討伐系クエスト:ウィメン・マンドラゴラ】が発生しました』

『クエスト【救命系クエスト:ルーガと共に生き残れ】が発生しました』

『注意:こちらはイレギュラークエストになります。あなたが思うままに行動してください』



「おい、何だよ、このタイミングで……」


 何だか、思いっきり雰囲気を散らかされた感じがするぞ?

 だが、それでも、表示された内容の、とある文言を見て、思わず、口元に笑みを浮かべる。


 『共に生き残れ』、な。

 要するに、『死に戻り』覚悟じゃダメだってことだよな。

 まったく、運営側も厳しいことを言ってくれるぜ。


 だが。


「面白いじゃねえか」


 やっぱり、幸せな結末を目指してこそ、だよな。

 そのためにも精々足掻いてやるよ。


 そう思って。

 俺は、目の前で叫んでいるマンドラゴラへと向かって動き出した。

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