第72話 農民、虫モンと仲良くなる
「きゅい♪」
「おっ? 食べ終わったか?」
「きゅいーー♪」
ホバリングしながら、とても嬉しそうに飛び回るナルシスビートル。
というか、こいつ、鳴き声とかあるんだな?
さっきまでも、きゅうきゅうと小さな音はしていたんだが、すっかり満足したのか、少し高めの鳴き声のようなもので、返事をしていくれるようになったのだ。
うん。
こうして見ると、やっぱりこいつどこか愛嬌があって可愛いな。
いや、最初に会った時、攻撃しようとしなくて良かったよ。
「――――きゅい!?」
おや?
ナルシスビートルのようすがおかしいぞ?
いや、冗談を言ってる場合じゃなくて、ホバリングしていただけの状態から、小刻みに震えだしたというか。
もしかして、食べ物を与えすぎたか?
それとも、やっぱり例の『お腹の膨れる水』って、モンスターに与えたらダメだったのだろうか?
「きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅっ!?」
「おおっ!?」
心配していた俺の目の前で、動きの激しさを増していくナルシスビートル。
そして、ぽんっ! という音と共に、背中がぱっくりと割れたかと思うと、小さなナルシスビートルと生えていたナルシスの花が一緒に飛び出してきた。
あ、もしかしてこれが子供ってやつか?
とりあえず、ゆっくりと落ちてきたので、その子と花を一緒に両手で受け止める。
【素材アイテム:素材】ナルシスの花。
ナルシスビートルが育てていた花。子供への栄養は十分に行きわたったので、花はその役目を終えて、解き放たれた。親と子の栄養循環を担っていたため、魔素濃度が濃くなっている。状態はそのままで安定している。
名前:ナルシスビートル
年齢:0
種族:花虫種(モンスター)
職業:
レベル:1
スキル:『飛行』『栽培』『突進』『土魔法』『養分変換』
詳細:花虫種と呼ばれる、自らの身体で植物を育てるタイプの虫モンスター。独り立ちできるまで成長した。
おっ!? よくわからないけど、子供が生まれたぞ?
そして、さっきまでホバリングをしていたナルシスビートルの方を見ると、どこかやりきったような表情を浮かべて、満足そうだ。
いや、さすがに、虫の表情はわからないから、勝手にそう見えてるだけなんだが。
ただ、あながち間違ってもいないと思うぞ?
それはそれとして。
要するに、この『ナルシスの花』ってのは、花を経由して、親から子へと栄養を受け渡すために生やしていたようだな。
親の背中がぱっくりと割れちゃったから心配だったんだけど、割れた部分は土でできた甲羅のようになっていたのだ。
子供を土の甲羅の中で護りつつ、養分を外から取り込んで花を育てて、その養分を子供の栄養に変換して、って感じか?
もしかすると、この『ナルシスの花』自体が、ナルシスビートルにとっては、へその緒みたいな役割をしていたのかもな。
子供が成長して、ひとり立ちできるようになると、一緒に生まれるというか、外れるようになっているというか。
まあ、それが合ってるかどうかは知らないが。
虫から花が生えるなんて、向こうだと冬虫夏草とかそっちのイメージしかないし。
花と虫が共生関係にあるのかね?
何にせよ、こういうのは初めて見たな。
そうこうしていると、親の方が近づいてきた。
「きゅい♪」
「あれっ? お前、その背中……」
名前:ナルシスビートル
年齢:3
種族:花虫種(モンスター)
職業:
レベル:7
スキル:『飛行』『栽培』『突進』『土魔法』『養分変換』『子育て』
詳細:花虫種と呼ばれる、自らの身体で植物を育てるタイプの虫モンスター。その植物の多くは、栄養を蓄えて子供に与えるために育てられている。そのため、強引に採取しようとすると、宿っている虫も死んでしまい、植物も枯れてしまう。無理やり奪う方法はおすすめしない。養分があれば、また植物は大きくなる。子育てはひと段落。今は、新しい種を育て始めた。
いつの間にか、割れていた背中の土が元通りになっていて、また、小さな芽のようなものが生えてきていたのだ。
もしかして、花が飛び出した後も、また、生やすことができるのか?
まあ、スキルに『土魔法』と『栽培』があるから、そういうこともできるのかね?
いや、面白いな、ナルシスビートルって。
「あ、そうだ。この花ってもらえないか? 少しでもいいんだけど?」
「きゅい!」
子供が食べるなら、全部はもらえないかな、って思ったんだが、親の方のナルシスビートルが『土魔法』で手のようなものを生み出して、それを使って、俺へと花を差し出してくれた。
どうやら、もらっても大丈夫なようだ。
子供の方も、ふらふらと危なっかしいながらも、空中を飛びつつ、横に並ぶ。
「ありがとうな」
「きゅい♪」
言葉はわからないけど、『どういたしまして』とでも言ってるのかな?
こっちとしても、必要な素材を手に入れることができたので助かったしな。
まあ、何はともあれ、これで二つ目の素材ゲットだ。
今の感じだと、この『ナルシスの花』はいくつも入手できるものでもなさそうだしな。
正直、運が良かったってだけな気がする。
そんなことを考えながら、この二匹と別れて、別の素材を探しに行こうとしたら、また、例の『ぽーん』が鳴り響いた。
『こちらのナルシスビートルと【絆】が結ばれました』
『個体名を付けることができます』
「へっ!? 個体名?」
なんだそりゃ? と俺が思っていると、そのまま名前の入力画面が現れた。
「きゅい♪」
目の前にいる、親ナルシスビートルが期待をするような鳴き声をあげた。
いや、絆ってなんだろう? とか、思ってる場合じゃないよな。
モンスターに名前を付けるとかもできるのか。
でも、これって、テイムとかとは違うんだろ?
今、別れても、また会えるように、ってことか?
とりあえず、促されるままに、名前を考える。
と言っても、俺、この手のネーミングセンスはないんだよなあ。
セージュってのも、本名のアナグラムみたいなもんだし。
うーん。
あんまり捻った名前でもかっこ悪くなるか?
なら、シンプルに行ってみようか。
『個体名:なっちゃん』
『はい、こちらの名前で受け付けました。ステータスが変更されます』
名前:なっちゃん
年齢:3
種族:花虫種(ナルシスビートル)
職業:セージュのお友達
レベル:7
スキル:『飛行』『栽培』『突進』『土魔法』『養分変換』『子育て』
詳細:花虫種と呼ばれる、自らの身体で植物を育てるタイプの虫モンスター。その植物の多くは、栄養を蓄えて子供に与えるために育てられている。そのため、強引に採取しようとすると、宿っている虫も死んでしまい、植物も枯れてしまう。無理やり奪う方法はおすすめしない。養分があれば、また植物は大きくなる。子育てはひと段落。今は、新しい種を育て始めた。
まあ、子供を産んだってことは母親ってことだから、なっちゃんでいいだろ。
あ、なるほどな。
こういう風にステータスが変化するのか。
てか、職業が『セージュのお友達』って。
モンスターの職業って、そういう風になったりするのな。
「はは、お友達、か。なっちゃん、また、会おうな」
「きゅい♪」
俺がそういうと、どこか嬉しそうな感じで、横の子供と一緒に向こうの方へと飛び去ってしまった。
まあ、虫モンスターの友達ってのも悪くはないよな。
これはこれで、異世界っぽいもんな。
町の外とは思えない、ほんわかした雰囲気になごみつつ。
俺は素材集めを再開するのだった。




