第69話 農民、東の平原に訪れる
「へえー、町の近くには川も流れていたんだな」
オレストの町を出て、東へと伸びている道をしばらく進むと、川が見えてきた。
川幅は向こうの日本の川とそれほど変わらないかな?
外国とかにあるような向こう岸が見えないようなものでもなくて、東の方へと伸びた道に沿って、ちゃんと橋もかけられているし。
この橋の向こう側が、サティ婆さんに頼まれた素材の採取場所らしい。
一応、初日の夜にはこの辺りのことについては聞かされてはいたんだよな。
ちょっと触れるきっかけがなかったってだけで。
ちなみに、この道をずっと東へと進んでいくと、教会本部の方まで伸びているのだそうだ。カミュなんかが行ったり来たりする時に使っている、いわゆる巡礼路ってやつらしい。
なので、橋とかも架けられているんだろうな。
一応、この辺りって、いかにも田舎って感じの雰囲気だし、町の北側の森に向かう道なんかもほとんどなくて、あっても精々が獣道って感じの細い道ばかりなので、それから比べるとそれなりには整えられた道って感じがするし。
もちろん、整備はされてないぞ?
それでも、馬車ぐらいは通れる感じがしないでもないし。
もっとも、こっちの世界に馬車があるのかどうかは知らないけどな。
まだ見たことがないし。
川は北から南の方へと流れているのかな?
ちょっと見た感じ、『魔境』の方に水源があるようで、そっちからずっと流れているようにも見える。
とりあえず、水辺に近いところに町を作るのはよくあることなので、オレストの町の水資源って、この川なんかも関係しているんだろう。
そんなこんなで、橋を渡って向こう岸へと進む。
川の中にも魚っぽい影が見えたので、そっち系のモンスターとかもいるのかもしれない。
まだ、襲ってきたりはしないけど、一応警戒はしながら進む。
ただ、一口にモンスターって言っても、好戦的なやつばっかりじゃないってことは、昨日一昨日でよくわかった。
ぷちラビットは、ちっちゃいうさぎみたいな身体の割には、突っ込んでくるけど、ノーマルボアとか、ラージボア……そうそう、一応、ラージボアも一匹だけ遭遇していたのだ。昨日の採掘所から戻る途中の帰り道で。ただ、こちらが回避しようとすると、追って来るわけでもなく、そのまま、森の中へと行ってしまったというか。
見た目は大蛇だけど、こっちから攻撃しないと意外と襲われないようではあった。
要は、ぷちラビットが変に好戦的だ、ってだけなんだろうな。
そのせいで、モンスターの印象が決まっちゃった気もするけど。
そういえば、ドランさんもうさぎモンスターは好戦的だとか言っていたような気もするし。
デザートデザートの方には、凶悪なうさぎ系のモンスターもいるらしい。
砂地に生息している巨大なうさぎで、出会ったらとにかく逃げろ、ってやつが、だ。
そもそも、『死の砂漠』がなぜ『死の砂漠』って呼ばれているか、っていうと、単純に砂漠地帯の環境が過酷だ、ってだけじゃなくて、その凶悪うさぎなどの危険なモンスターたちにも原因があるとか何とか。
まあ、詳しい話はとにかく、この『PUO』の世界だと、うさぎってバリバリの武闘派だってことらしい。
見た目は割と可愛いんだけどなあ。
じゃあ、食べるなよ、って突っ込みはなしで。
そういう意味では、好戦的なおかげで、その手の罪悪感は薄れているって気もするよな、ぷちラビットに関しては。
ただ、まあ、それはそれとして。
川にもモンスターがいるってことは、魚釣りとかもできそうだよな。
あれ?
そういえば、オレストの町で魚とか売ってるのって見かけたことあったっけ?
ちょっと歩けば、川まではたどり着けるから、普通に考えたら、魚介類とか狙ってもいいような気もするんだが。
その辺は後で誰かに聞いてみようか。
案外、向こうで言うところの微妙な味の淡水魚と一緒で、食べても美味しくないのかも知れないしな。
そのまま、進んでいくとサティ婆さんに教えてもらっていた場所へと到着した。
高い木とかが少ない平原のような場所で、意外と遠くの方まで見渡せる場所だ。
ちらほらと、モンスターの姿も見えるが、離れているせいか、それともこっちにはあんまり興味がないのか、向かって来るようなモンスターはいない。
いや、まあ、ここに来る途中までも、ぷちラビットは何匹か倒しているけどな。
『身体強化』を使っているせいか、最初に遭遇した頃よりは、すんなりと倒せるようになってきたし。
とりあえず、『鑑定眼』を使って、周りを見渡してみる。
ああ、そうそう。
この『鑑定眼』にも、鑑定が可能な限界距離ってのがあるようなのだ。
あんまり遠く離れていると、スキルが発動しないというか、明らかにノーマルボアっぽい蛇が見えるのに、そっちの鑑定ができないのだ。
俺が見えている距離と、スキルの使える範囲は別ってことなんだろうな。
さっきの魚っぽいモンスターも、橋の上からだと『鑑定』ができなかったぐらいだし。
もしかすると、レベルがあがれば、使用距離も伸びるのかもな。
今のままだと、弓とか魔法での遠距離攻撃の前には使えそうにないし。
とは言え、不便かというとそうでもなくて、今も、『鑑定眼』を発動した状態だと、近くの草むらに寝そべっているノーマルボアの姿も発見できた。
てか、普通に寝てる蛇もいるのな。
そういうのはなるべく回避して、戦闘を避けるようにしている。
何で戦わないのかっていうと、ソロだからっていうのがある。
意外とノーマルボアって強いのと、倒すだけならいいんだが、解体作業とかやってるとそれなりに、時間と体力を消耗するから、ってのが理由だな。
初めて訪れる場所でもあるし、何が起こるかもわからないから、目的を果たすまでは余力を残しておこうかな、って。
調子に乗って、戦闘ばっかりしてると、空腹になったり、疲れちゃったりするだろうし、そうなったら、本末転倒だからな。
戦うとしたら、素材採取が終わった帰り道で、余裕がある時だ。
別に、襲い掛かってこない、っていうのなら、慌てて対処する必要もないしな。
「えーと……サティ婆さんに言われた素材のリストは、っと」
必要な素材の種類を、俺は頭の中で思い出す。
「ルロンチッカ草、パヴォの実……あと、あったらいいなってのが、たしか、キヨウの実とナルシスの花、そしてリムヴァ草、だったかな?」
今回頼まれた素材はけっこう種類が多いのだ。
どれも、薬師として使う素材になるものばかりで、それぞれで採取難易度が違っているのだそうだ。
そう、サティ婆さんからも聞いている。
なので、最初のふたつを中心に、可能なら、残りの素材も、って頼まれたのだ。
念のため、ステータス画面のクエスト内容も見直してみる。
『クエスト【収集系クエスト:サティ婆さんのお手伝い】
【クエスト依頼】
・依頼者:サティト
・依頼内容:薬の材料となる素材を収集してくる。
希望素材は『ルロンチッカ草』『パヴォの実』『キヨウの実』『ナルシスの花』『リムヴァ草』、その他、薬として使える素材なら何でも可。
・報酬:家事手伝いなしでのサティ婆さんの家での宿泊権+採取してきた素材での出来高報酬。』
一応、サティ婆さんの希望素材はあるけど、まあ、薬素材なら何でも構わないとも言われているんだよな。
なので、パクレト草とかでも問題はないようだ。
乾燥させておけば、保存できるから、って笑ってたし。
とは言え、この素材の採取って、俺のためのものでもあるし。
今後、薬師の修行をするのなら、これらの素材は自分で採取できるようになった方がいいっていう、サティ婆さんからの優しさでもあるのだ。
だからこそ、頑張って集めないとな。
そういえば、クエスト内容を見直してみたけど、いつの間にか、【日常系】のクエストから、【収集系】のクエストに変更されているんだな?
あ、待てよ?
これって、【サティ婆さんのお手伝い】の二つ目のクエストなんだっけな。
それを受ける時点で、もうこの内容に変わっていたってことか。
報酬についても、いつの間にか、ただの宿泊権から内容が変わっていた。
たぶん、こっちも薬師の弟子修行みたいなのを始めたから、住み込み弟子みたいな扱いになったんだと思う。
でも、別に、家事手伝いとかはなくならなくてもいいぞ?
そもそも、サティ婆さん、腰痛が完全には良くなっていないんだし。
そのくらいは手伝わないと悪いだろう。
ともあれ、素材集めのスタートだ。
早速、俺は『鑑定眼』を使って、周りにある植物を調べて歩くのだった。




