第66話 農民、薬師の暗号を目にする。
「まあ、難しい話はさておき、薬師同士で情報をやり取りする際は、暗号が読めるってことが最低条件になるのさ。お互いのレシピを交換したりとか、誰かに師事を仰ぐとか、ね」
「だから、俺たちも暗号が読めるようにならないといけない、ってことですね?」
「そういうことだよ。ふふ、『調合』の練習とか以外に、暇な時にでも、こっちの本にも挑戦してみるといいよ。ここのテーブルに置いておくから」
【魔道具アイテム:本】初心者薬師向けレシピ集
駆け出しの薬師に向けた調合のレシピが詰まった本。著者:サティト。
本文はすべて、暗号文で書かれているため、まずはそれを解読できないと、内容に触れることすらできない。
『制約』あり。サティトの家から持ち出すことはできない。
【魔道具アイテム:本】サティトの日記其の壱
サティ婆さんがつれづれなるままに、自分の日常をつづった日記。
本文は日記調になっており、普通にそれらを楽しむこともできるが……?
『制約』あり。サティトの家から持ち出すことはできない。
それぞれの本を手に取ってみると、色々とわかったことがある。
レシピ集の方は、そもそも、中身がすべて、謎の文字の羅列になっていて、今のままでは読むのが難しそうだ。
一方の日記の方は、今の俺でもそのまま読むことができた。
『○月×日、天気晴れ~』などから始まって、何というか、サティ婆さんがその日起こった出来事などを書いているというだけの、ごく普通の日記としか読めないな。
ただし。
今の話の流れから出てきたってことは、こっちの日記も暗号が隠されているってことだよな?
おそらく、全文が暗号のケースと、一見すると普通の文章の中に『何か』を隠しているケースがあるってことだろう。
もっとも、俺がそう聞いてみても、サティ婆さんはニコニコしているだけだ。
そこから先は教えてくれない、ってことらしい。
「さっきも言ったけど、まずやるべきことは暗号を読むことじゃないからねえ。今日教えたのは『簡易調合』と、本来の『調合』を一例ずつだったろう? それを踏まえた上で、あんたたちなりの新しいレシピに挑戦しておくれ」
「はい、サティトさん」
ハヤベルさんが真剣な表情で頷く。
俺も同様に、サティ婆さんへと頷きを返しつつ。
「あの、サティ婆さん、調合のために、鍋とキッチンは使わせてもらってもいいですか?」
その点については、確認しておく。
今日の調合の工程を見る限り、鍋は当然必要だし、それを火にかける設備も必要になってくるだろう。
材料を刻むなら、ナイフを使える場所も重要だろうしな。
そういう意味では、この家の台所は打ってつけなのだ。
素材の採取自体は、問題はない。
鍋も、サティ婆さんが使ったようなペルーラさん特製の鍋とかでなければ、買ったりすることもできるかもしれない。
でも、火力に関しては、すぐに用意できるかと言えば微妙だろう。
「ふふ、わかってるよ。そのくらいは大丈夫だよ。ただし、そういうことなら、ふたりとも魔法の方もしっかりと頑張らないといけないよ。あたしがやっている時は簡単に見えただろうけど、この『調合鍋』を使うとなると、それなりには魔力を消耗するからねえ」
もし、上手に使えないようだったら、かまどの方を使うといいよ、とサティ婆さん。
そっちは、昨日も俺が火をつけたりできたものな。
『調合鍋』と違って、発火のためだけだから、消耗が少なめってことらしい。
「でも、使う時は、きちんと薪なり何なりを用意しておくれ」
「もちろんですよ」
てか、家に泊めてもらっているだけでも十分にありがたいしな。
そっちの燃料代とかは、自分で何とかしますって。
「セージュさん、もしかしてけっこうお金持ってるんですか?」
「まあ、そこそこ、ですね。ハヤベルさんは、最初の冒険者ギルドのクエストはまだなんですよね? そっちをきちんと熟せば、最低限の報酬は得られるはずですよ」
お金がなくて不安そうにしていたハヤベルさんに、最初のクエストの流れをざっくりと説明する。
「慣れている冒険者の方が、監督としてついてくれますから、そんなに心配しなくてもいいと思いますよ」
「そうですね……わかりました。『けいじばん』でクエストの内容については、ある程度は知っていたんですが……ちょっと私、スキル構成がおかしいもので、町の外へに行くのが不安だったんです」
「そうだったんですか?」
「はい。現時点では使えないスキルが多いんです。そちらの封印がいつ解放になるのかもわかりませんし……。でも、頑張ります! おかげさまで、サティトさんに弟子入りすることもできましたし、これで『薬師』としての活動もできそうですから。ちょっと怖いですけど、頑張ってみます」
早速、冒険者ギルドに行ってみます! と意気込むハヤベルさん。
ちょっと、そのスキルに関しては興味があったけど、本人があまり話たくないようなので、やめておいた。
封印されたスキルなんてあるんだな、ってのは驚いたけどな。
ちょっと変わったスキルも色々とあるってことか。
「ふふ、それじゃあ、今日のところはここまでだねえ。あー、頑張ったから、あたしも腰が痛いよ。夕飯の準備までは少し休ましておくれ」
「あっ、それなら、俺が手伝いますよ」
少しばかり疲れた表情で腰をさするサティ婆さんに、俺も応じる。
どうせ、今日は魔力の調子が戻らないから、適当に切り上げるつもりだったしな。
だったら、昨日に引き続き、ここで手伝いをしていた方がいいだろう。
「あ、私も手伝いますよ?」
「ハヤベルさんは、冒険者ギルドのクエストに行ってください。あれ、チュートリアルですから、放っておいてもいいことないですし、薬師になるにもお金が必要でしょう? どっちみち、俺、魔法が使えなくなってるので、この手のお仕事ぐらいしかできないんですよ。だから、任せてください」
「そうですか……はい! わかりました、セージュさん、お言葉に甘えますね」
うん、良かった。
ようやく、笑顔になってくれたな、ハヤベルさん。
会った時から、どこかおどおどしている感じだったけど、とにかく、やる気になってくれて良かったよ。
俺も何となく嬉しいし。
結局、そのまま、サティ婆さんのクエストはお開きとなった。
ハヤベルさんは、冒険者ギルドへ。
俺は、このまま、サティ婆さんの家で夕食の準備、と。
うん?
そもそも、このクエストって、達成条件は何なんだろうな?
今日教わった分だけじゃ、まだまだってことのようだし。
そんなことを考えながら、俺は夕食の支度に取り掛かるのだった。




