第60話 農民、素材を見てもらう
「おやおや、そいつは大変だったねえ」
俺がサティ婆さんの家に謝りに行くと、そう言って、笑って許してくれた。
別に、すぐにやらないといけないことでもないから、って。
なので、昨日に引き続き、サティ婆さんの身の回りの手伝いをしつつ、今朝がた起こった、採掘所での話をしたりもした。
他の迷い人と違って、サティ婆さんだったら、ペルーラさんとの一件についても話しても問題ないだろうと思ったし。
何だかんだで、俺も誰かに話を聞いてもらいたかったってのもあったしな。
当然というべきか、サティ婆さんも、ペルーラさんたちのことや、採掘所に関しての情報も知っていた。
一応、薬師としての道具とかを作ってもらうこともあるのだそうだ。
「ペルーラちゃんは腕はいいけど、ちょっと怒りっぽいからねえ。ふふ、だから、ちゃんと認めてくれて良かったねえ」
「あ、やっぱり、そんな感じなんですか?」
「ふふ、どちらかと言えば、曲がったことが大嫌いという性分みたいだけどね。だから、自分より弱いものには手を差し伸べたりもするしねえ。とっても、いい子だよ」
うん、確かにそれはわからないでもないな。
何だかんだ言っても、ファン君に対しては優しかったし。
「それで、セージュや。昨日から、色々と頑張ってるってことは、何か素材とかを持っていたりするんじゃないのかい?」
「あ、そういえば、そうですね」
そうだそうだ。
サティ婆さんに言われて思い出したけど、もうそろそろ俺のアイテム袋っていっぱいになっちゃうんだよな。
本当は、昨日にもサティ婆さんに見てもらおうと思っていたんだよ。
何せ、『薬師』だし。
ただ、昨日は、ちょっと腰を痛めてたみたいだし、それどころじゃなかったから、ちょっと棚上げにしていたのだ。
「あの、けっこう、たくさんあるんですけど、見てもらってもいいですか? 特に、モンスターの血なんかは、カミュが言ってたんですけど、『薬師』の人とかに見せないと使い道とかがわからない、って話でしたし」
「ああ、いいよ。あたしで良けりゃ、大歓迎だよ。ふふ、あたしの場合、ちょっと『薬師』としては異端だったからねえ。そういうわけでギルドにも入ってないし、だからお店とかも開いていないのさ」
「あ、そうなんですか?」
「そうそう。この町でも、あたしが薬師だってことを知ってるのはごく一部だねえ。ラルさんとか、教会の関係者とかね」
へえ、そうなのか?
実はサティ婆さんって、薬の調合とかに関しては、我流で行なっているのだそうだ。
そのため、薬師ギルドにも登録せず、自分とか身内のためだけにしか、薬を作ったりしていなかったのだとか。
ただ、この町に移り住むにあたって、領主であり、町長さんでもあるラルフリーダさんからお願いされて、内緒で、こっそりと教会へと癒しの薬を卸すことになったらしい。
今、教会で行なっている癒しのうち、薬を使った治療に関しては、サティ婆さんが調合した薬を使っている、と。
もっとも、その辺の話は表にはあまり出てこないのだとか。
いや、俺が聞いちゃってもいいのかね?
「ふふ、採掘所にはぐれのミスリルゴーレムが出たなんて、大事件だからねえ。たぶん、普通はそのこともラルさんか、ペルーラちゃんのところで止まっているはずの情報だからねえ。まあ、そのお礼という感じかね」
えっ、あの話、やっぱり、他の人に伝えるとまずかったのか。
危ない危ない、俺ももっと気を付けないとな。
さておき。
アイテム袋にしまっておいたものを少しずつ取り出す。
ぷちラビットの素材に、ラースボアの素材の一部。
ノーマルボアに関しては、俺の分はすべて買い取ってもらっているし、今日の分はファン君たちへと回したので、ひとつも残っていない。
後は、パクレト草やミュゲの実が少々、といったところだろうか。
ミスリルとか、そっちの鉱石については、ペルーラさんの方のクエストで使うので、ここでは出していないが。
それらの素材をひとつひとつ、サティ婆さんにチェックしてもらう。
さすがに、ラースボアの素材については、見た時に少し驚いていたようだが、それでも、腰を抜かすほどではないようで、穏やかな雰囲気でチェックが進む。
と、いくつかの素材を見て、サティ婆さんが少し眉根を寄せた。
「おやおや、こっちの素材は品質が劣化してるねえ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「そうだねえ、『ぷちラビットの血』と『憤怒蛇の血』に関しては、食品としてはもう使えないねえ。まあ、血に関しては扱いが難しいから仕方ないんだけどね」
あ! そっか!
アイテム袋に入れているだけだと、徐々に品質が劣化するんだものな。
しまったなあ……せめて、昨日のうちに見てもらうんだったな。
サティ婆さんの話だと、火をしっかり通せば大丈夫だけど、それぞれの肉の品質に関しても、やや、劣化が見られるとのこと。
まあ、そりゃ、そうだよな。
モンスターの肉を常温放置したら、それは劣化が進むよな。
そういうところばかり、リアルなんだよな、このゲームって。
「採れたお肉に関しては、肉屋に持っていくといいよ。小精霊避けの箱があるから、それに入れておけば、腐ったりはしにくくなるからねえ」
「へえ、そんなものがあるんですか?」
「そうだよ。肉屋をやるのには必要なものだからねえ」
さっき、『大地の恵み亭』で冷蔵庫とかはないって聞いて、どうやって、食べ物を保管しているのかと思ったら、そういう理屈だったのか。
その『小精霊避けの箱』ってのは、肉屋ギルドなどで開発した、食べ物の腐敗防止のためのアイテムなのだそうだ。
こっちの世界で言う『小精霊』ってのは、菌類のことらしい。
ちなみに、時間停止のアイテム袋に入れると、その手の『小精霊』はすぐに死滅してしまうので、殺菌消毒のためにアイテム袋を使うって方法もあるのだそうだ。
サティ婆さんが、とある地方で使われている裏技だって、教えてくれた。
もっとも、あんまり袋に入れたままだと、食品の方も劣化してしまうので、タイミングとかがコツがいるらしいけど。
いや、何か、サティ婆さん、色々知ってるよな。
おばあちゃんの知恵袋レベルの話じゃないような気もするんだが。
まあ、何にせよ、『肉屋』の中でも、その『肉屋』ギルドに属していれば、必ず、その『小精霊避けの箱』を持っているそうだ。
どのくらいの大きさかは店によって違うので、容量がいっぱいだと買い取ってもらえないこともあるらしいが。
それにしても、『肉屋』ギルドか。
ギルドにも色々な種類があるんだな。
まあ、食肉業者が力を持ってるのって、食料が溢れかえっていない世界だったら、当たり前の話だろうしなあ。
現代の日本だと状況が違うけど、少し時代をさかのぼれば、食べ物を扱っていた存在が力を持ってるってのは常識だったみたいだし。
とりあえず、せっかく採ったお肉は悪くなる前に、肉屋に売った方がいいとのこと。
「革の方の素材は、そこまで悪くはなってないねえ。元々の状態はよくないけど、これだけ丈夫なら、十分に素材として買い取ってもらえるはずさ」
「革はどこで買取りをしているんですか?」
「この町だったら、肉屋の裏に革職人の工房があるんだよ。いつも、モンスターの解体とかやってるから、匂いでわかると思うよ」
あ、そっか。
最初に町を巡った時に通ったところか。
それなら、覚えてるぞ。
あそこが、革を加工する工房か。
「それでサティ婆さん、こっちの血や骨はもう使えそうにないですか?」
「血は、飲み薬にはもう使えないけどね。まだこのくらいだったら、いくつか使い道があるんだよ。調合の触媒に加工したり、魔石の生成作業に転用したりとか。後はそうだねえ、もっと劣化させて、薬師の武器へと作り変えたりとかね」
「えっ? 薬師の武器ですか?」
触媒とか、魔石生成も素人の俺にとっては、ちょっとわかりにくかったけど、それ以上に、血から武器を作るってのがよくわからないな。
薬師の武器って、一体何のことだ?
「ふふ、『調合』っていうのはねえ、薬も作れるけど、その逆も可能ってことだよ。劣化した血液は毒薬調合の材料にも使えるんだよ。たぶん、この『憤怒蛇の血』はそっちの素材としてもなかなかのものと見たね」
「あっ!? 毒ですか」
「もちろん、解毒薬も作れるけどね。薬師にとって大切なのは、薬効と毒性、その両方を理解して、調合を行なうってことだからねえ」
分量次第では、すべての材料は毒にも薬にもなる、とサティ婆さん。
はー、なるほどなあ。
よく効くお薬を作るためには、毒についてもしっかりと理解しないといけないのか。
まあ、そうだよな。
向こうの薬剤師だって、ある意味、毒のスペシャリストってことだものな。
「ふふ、ごめんねえ。少し物騒な話になっちゃって。でもね、セージュや。あんたも『調合』を覚えたいと思ったら、毒から逃げてはいけないよ。量が過ぎれば、どんな薬も毒になる。これを忘れてはいけないからねえ」
「わかりました」
はい、と頷きつつ。
俺、いつの間に、サティ婆さんから『調合』とかを教わることになったんだろ? と首を捻る。
何となく、これもクエストになりそうだよな。
そんなことを考えていると。
ぽーんという音が響いた。
『クエスト【職業系クエスト:サティ婆さんの知恵袋】が発生しました』
いや、ちょっと待ってくれ!
嬉しいけど、さすがにクエストが並行し過ぎじゃね!?
職業系クエストってことは、これ、『薬師』がらみのクエストってことだよな?
あ、そうだ。
サティ婆さんなら、もしかして、だ。
ちょっと聞いてみようか。
「あの、サティ婆さん」
「なんだい?」
「サティ婆さんって、俺の他にも『調合』を教わりたいって人がいたら、受け入れてくれます?」
いい加減、この手のクエストの独占は嫌だ。
というか、もうちょっと専門というか、そっちを目指している人に任せたいってのもあるし。可能なら、少しは情報を広げていきたいのだ、俺としても。
「そうだねえ。まだ空き部屋には余裕があるからねえ。あたしと感性が合う子だったら、別に構わないよ。あたしはもうギルドに入るつもりはないけど、そろそろ、この町にもちゃんとした薬屋がある方がいいだろうしねえ」
おっ、意外と前向きな感じだな。
よし、そういうことなら、ちょっと『けいじばん』に吹き込ませてもらおう。
これで、少しは『薬師』を目指している人への助けになるといいな。
そう思いながら、『けいじばん』を開くのだった。




