第59話 農民、教会と食材の話を聞く
「ハチミツに関しては、教会で聞いた方がいい」
ユミナさんたちがどうしても、甘いものが欲しいということで、リディアさんに相談したら、そんな返事が返って来た。
「え? 教会でハチミツを作っているんですか?」
「ん、この辺りのことは知らないけど、そんな感じだった」
リディアさんによると、ハチミツを扱っているのは、神聖教会の支部なのだそうだ。
何でも、教会の中に、それらを採取する専門スタッフがいるらしくて、それで、各国に出回っているハチミツの多くは、教会がらみなのだそうだ。
えーと、教会って食べ物とかも売ったりしているんだな?
「教会が食べ物を扱ってるんですか?」
「まあ、それ自体はめずらしいことじゃないぞ、セージュ。この町でもホルスンから採れる乳から作ったバターとか、チーズとかを販売してくれるからな。実のところ、教会の力が強いのも、その辺が理由だからな」
あ、そうなんだ?
ドランさんのお店でも、バターとかは教会から買っているのだそうだ。
というか、ホルスンってのは牛系のモンスターなので、今のところ、ホルスンを教会に無断で飼育したりすることは難しいのだとか。
基本は、乳製品については、教会の専売という風に取り決められているらしい。
てか、バターやチーズはあったのか。
だったら、芋とかの料理に使えば、もっと色々できそうだけどな。
「ねえ、ジェムニーさん、てことは、教会ってけっこう力を持ってる組織なの?」
「うん、そうだねー、テツロウ。この町があるのは中央大陸だけど、この大陸の中だったら、神聖教会の影響力が最も大きいって言っても過言じゃないよー。何せ、元々は、冒険者ギルドも神聖教会の下部組織として生み出されたものだからね」
「そうなんですか!?」
えっ!? 教会と冒険者ギルドって根っこはひとつなのか!?
「元々、教会自体が魔族と対抗するために生まれた組織みたいなものだからねー。今でこそ、そこそこ平和になったから、そっちの魔族対策とかはぐれモンスターの討伐とか、各地の治安維持とかは冒険者ギルドに任せて、教会は食料とか物資の生産強化へと方向性をシフトさせてるけどね。ほんとはそれなりに物騒な組織だったんだよ、教会って」
「一部の国をのぞけば、ほとんどの町に教会の支部はあるし、ほら、昨日セージュを連れてやって来たカミュな。カミュが就いている巡礼シスターや、各支部を巡っている巡礼騎士なんかは、あちこちの支部と教会本部の連携をまとめたりしてるのさ」
「教会には国っていうしがらみがないからねー。どの国も少なからず、教会の力を借りてるし。まあ、言ってみると、物凄く横に広い組織だよねー」
ジェムニーさんとドランさんがそれぞれ教えてくれた。
なるほど。
少なくとも、大陸のほとんどには教会が影響力を行使しているってことか。
なので、ホルスンがらみでの乳製品の売買に関しては、教会がほぼ専売状態らしい。
その代わり、各町での販売については、ある程度、平等に行きわたるような配慮とかをしているらしい。
ひとつの商会とか、商人、あるいは国として、大量に買い占めるようなことは教会が認めないようにしているそうだ。
へえ、随分と清廉な組織なんだな?
何となく、教会のイメージ的には、権力を持ったらお布施とかでお金をどんどん吸い上げるような感じもするんだが。
まあ、カミュとか見ていると、必ずしもそんな感じでもなさそうだったけどさ。
「ふふ、別にきれいな支部ばっかりじゃないけどねー。教会にも色々あるんだよー。この町はまだ平和な方かな」
「そもそも、乳製品と言っても、バターとチーズぐらいしか人気がないぞ? ホルスンの乳は劣化が早いから、無理に飲んだりすると腹を壊したりするしな」
「えっ!? それじゃあ、牛乳は出回ってないんですか!?」
ドランさんの言葉に、ユミナさんが驚く。
いや、俺もびっくりしたけど。
牛乳があるのなら、もうちょっと料理とかに使えそうだけどなあ。
「あー、ユミナ。ここ、ユミナたちの世界と違うからねー。低温保存するための設備がないの。あ、ないっていうとちょっと違うかなー? 正確に言うと、そういうことができる魔道具ってものすごく高価なんだよー」
そう言って、ジェムニーさんが苦笑する。
あ、そういうことか。
冷蔵や冷凍のための設備がないから、牛乳を搾っても、貯蔵できないってことか。
とりあえず、搾った乳はそのままバターやチーズに加工してしまって、新鮮なうちは教会の内部で消費することはあっても、外にはあまり出回らないのだそうだ。
「前に、売り出した牛乳の管理が悪くて、食中毒というか、まあ、こっちだと変な流行り病と勘違いされたことがあってね。そのせいで、教会自体がホルスンの乳を直接販売するのを止めちゃったんだ。下手をすれば、教会批判が高まっちゃっただろうし、それも仕方ないんだろうけどねー」
なるほど、そういうことがあったのか。
買った後の管理に関してまで責任は持てないので、結局販売中止ってことになったのだそうだ。
それ以降は、いくら商人とかが頼んでも、販売許可が下りないとのこと。
「でも、バターやチーズは売っているんですね?」
「ああ。店ごとに売ってくれる量も制限されてるけどな。特にチーズは、本当に不定期でしか出回らないので、毎日食べられるようなものじゃないぞ」
なので、いざ料理に使うとなると難しい、と。
少なくとも、固定のメニューとしては提供できないらしい。
「ふうん? でも、教会の人に相談してみるのって悪くないかー。俺、このままちょっと話だけでもして来ようかな。もしかしたら、カミュちゃんもいるかもしれないし」
ハチミツと乳製品がどっちも教会の管轄ってことは、そっちに話を持って行った方がよさそうだ、とテツロウさんが笑う。
「ユミナさんは、ここで料理の修行なんだろ? だったら、俺の方でちょっと動いてみるよ。ちょうど、取り立ててやることもなかったし、何だか、こっちの方が面白そうだもんな」
「テツロウさん、私も一緒の方が良くないですか? ……あの、ドランさん、それじゃ、ダメでしょうか?」
「うーん、そうだなあ……よし、それなら、俺も行った方がいいな。ユミナは夕方以降に残ってもらってもいいか? この店閉めたら、教会の方に、うちで働く料理人として、紹介しておきたいんでな」
そうすれば、俺の代理として買い出しとかもできるだろう、とドランさんが笑う。
やっぱり、迷い人がいきなり行って、すんなり交渉が進むかどうかは疑問だから、と。
「わかりました。私は遅くまでいられますので問題ないです」
「あれー、となると、俺はどうすればいいの?」
折角だから、教会にも顔を出したかったんだけど、とテツロウさん。
「いや、別にそっちはそっちで構わないぞ? 何か問題があった場合も、後で俺が行った時に説明しておいてやるよ。はは、それに食材のために頑張ってくれるんだろ? だったら、うちの店にとってもありがたい話だしな。止める理由はないぞ」
「うし! じゃあ、そういうことで、俺ことテツロウ、先遣隊として、ちょっと頑張ってまいりまーす!」
そう言って、テツロウさんが屈託のない笑みを浮かべて。
「それじゃ、試食とかのクエストはセージュが担当するとして、ここにいるみんなも食材らしきものを見つけたら、情報を回すか、この店に持ち込んでもらうかして、えーと、あと何か残ってる話はあるか?」
「いや、あの、テツロウさんが持ち込んでくれた話なんですけど……ちなみに、ユミナさんからは気になることはあります?」
「そうですね……そちらの、リディアさん、ですか? あの、ちょっとお聞きしたいんですけど、いいですか?」
「ん? 何?」
「先程のハチミツもそうでしたけど、もしかして、この町では採れない食材などをお持ちではないですか?」
リディアさんに対して、ユミナさんがたずねる。
あ、そういえば、ハチミツを持っていたってことは、リディアさんは他の食材を持っている可能性もあるのか。
そもそも、ファン君たちも料理を作ったってことは、少なくとも、その分の食材とかは持っていたってことだもんな。
「ん、けっこう離れた場所の食材もある」
でも、とリディアさんが付け加えて。
「新鮮な分は昨日使い切った。後は、干物とかそっち」
どうしても、アイテム袋でも長期保存はできないので、鮮度の高い食材から消費せざるを得ないのだそうだ。
後は、残っているのは他のモンスター素材の干し肉とか、干物などだそうだ。
そっちの場合は、ある程度は長持ちするから、と。
「また、新たに食材を採ってきたりとかされる予定はありますか?」
「ダメ。当分は護衛の任務中」
そう言って、リディアさんがファン君とヨシノさんを示した。
あ、そっか。
さっきのでクエストの監督官は終えたけど、個人的にリディアさんが護衛に就くって話だったものな。
「そうですか……残念です」
「いや、ユミナ。そもそも、リディアに頼んでも、定期的に食材が入ってこないだろ? それじゃあ、商売にならないぞ。たまの特別メニューがせいぜいだ」
「うん、なるべくなら、この辺りで採れる食材を探した方がいいよー。幸いというか、この辺、森の人とかが見向きもしない食材とかもあるしねー」
だから、スタート地点に選ばれたんだよ、とジェムニーさん。
いや、何だか、すごく気になる発言だぞ? それって。
詳しくははぐらかされてしまったけど、少なくとも、俺たち迷い人でも新しく発見できる『何か』はあるらしいな。
うん、さすがはお助けキャラ。
「はは、そういうことなら、俺も森の奥を目指してみるか。さっき、テツロウの坊主から話を聞いてから、気になっちまってな。ちょっと腕試しに行ってみらぁ」
「あっ、危ないと思ったら、すぐ逃げた方がいいかも、十兵衛さん。俺たち六人がかりでも進めなかったぐらいだし」
「わかったわかった。無理はしねぇよ」
そう言って、物凄くいい笑顔を浮かべる十兵衛さん。
いや、この顔は無理をする気だな?
言っても、止まらないだろうから、まあ、気が済むようにしてもらうしかないけどさ。
ともあれ。
ある程度は、それぞれの方針が決まったかな。
テツロウさんは教会へ。
十兵衛さんは森へ。
ユミナさんは、このまま『大地の恵み亭』でお仕事を。
ファン君、ヨシノさん、リディアさんは、今度は町の外で採取のクエストに挑戦してみるのだそうだ。明日になるまでは、ペルーラさんのクエストも進展がなさそうだし、と。
で、俺はと言えば、サティ婆さんのところに謝りに行く、と。
本当は、このまま、頼まれていた採取のクエストをやりたいところなんだが、さっきのミスリルゴーレムと戦ったのが響いて、けっこう、蓄積疲労が残っているのだ。
特に、土魔法に関しては、無茶な使い方をしたせいか、使おうとすると頭が痛くなって発動しないし。
この状態で町の外に行くのは無謀だからな。
死に戻り覚悟ならいいけど、やっぱり、そういうことするとカミュに怒られるし。
とにかく、食事もひと段落して。
ひとしきり挨拶を交わした後で、俺たちはそれぞれの行動へと移るのだった。




