第57話 農民、試食をする
「問題なのは、食材の種類の少なさです。それに調味料も、ですね」
ユミナさんも、最初のクエストが終わった後で、手に入れたお金を使って、この町のいくつかの食事処でごはんを食べてみたのだそうだ。
やっぱり、料理人としては、どういうものが食べられるのか興味があったから、って。
で、満腹になるまでお店を巡った結論として、この、オレストの町の食事が随分と偏ったものであることに気付いたのだそうだ。
「とにかく、使われている食材が少ないです。町の周りにいる、ぷちラビットや蛇モンスターのお肉を使ったものか、この町の畑で作られているお芋、それに、野菜が二、三種類ぐらいしかありませんでした」
「一応、料理系のスレッドで興味を持ったテスターで、町で作っている食材とかについても調べたりもしたんだが、ここの畑って、ほとんどが芋畑なんだってさ。町の人の話だと、種芋を植えていると、そんなに世話をしなくても、どんどん育ってくれるらしくて、便利だからそうなってるらしいぜ」
へえ、なるほど。
俺もこのお店で昨日食べた、あの付け合わせの芋。
アルガス芋だな。
ラルフリーダさんの家に向かう途中にあった畑の多くも、そういう理由から、アルガス芋を多く栽培しているのだそうだ。
栽培というか、畑に植えておくと、適当ににょきにょき育ってくれるので、ほど良い大きさになったら収穫すればいいのだそうだ。
「だからさ、あの畑を管理しているのも、町でやっているらしいぞ? 俺たちのイメージだと、畑って個人所有のものだとばっかり思っていたけど、『PUO』の世界の場合、そうでもなくて、町とか国で管理もしたりしてるんだってさ」
「あ、そうなんですか?」
「そうそう。だから、冒険者ギルドでも、日常系のクエストの一覧には『畑の作業』ってのもあったしな。誰か、責任者がいるんじゃなくて、その日の分の担当の仕事を、クエストを受けた冒険者がそれぞれやっていく、ってシステムらしいな」
ふむふむ、そうなんだ?
そういうわけで、テツロウさんによると、あの広大な畑に関しては、それを専門で耕している人がいるわけじゃないってことらしい。
それでも、アルガス芋に関しては、誰が作業をしても、そこそこの品質のものは採れるようになっているし、この不思議芋、何がすごいって、たまに畑を休ませるだけで、また、同じところから芋が生えるようになるのだそうだ。
連作障害が軽めの農作物らしい。
「ですから、アルガス芋が町の主要の作物になっているみたいです。他の葉野菜とかは、季節によっては、採れないようですし、固定で育てたりする専門職の人がいるわけでもないので、品質にばらつきがあったりするようですし」
「うん、そうだねー。うちのお店でもオルタン菜とか、メイン草とかぐらいしか、野菜は使わないかなー」
「オルタン菜? メイン草?」
「うんそう、『オルタン菜』ってのは、セージュたちの世界でいう、キャベツとかに近い野菜ねー。癖がなくって、ちょっとだけ甘味がある感じの。で、『メイン草』ってのは、通称『たてがみ草』って言って、香味野菜の一種かな。これ入れないと、蛇のお肉って臭みが強くて鼻につくから、臭み消しの野菜だねー」
ユミナさんの話の途中から、料理を持ってきたジェムニーも加わって、お店で使っている野菜について教えてくれた。
オルタン菜ってのは、向こうでいう、キャベツや白菜と同じで、地面の上で育って、葉球状に成長する野菜なのだそうだ。
要するに、こっちの世界のキャベツって認識でいいらしい。
『メイン草』は食材というより、獣肉や蛇肉の臭み消しがメインの野菜なのだそうだ。
「はい。というわけで、迷い人用に、メイン草を多めに使って、臭みを抑えた蛇肉のスープだよー。昨日よりはちょっとは食べやすくなってるんじゃないのかな? あと、ちゃんと鮮度とかもしっかりした蛇肉を選んでみたって、ドランも言ってるしねー。その分だけ、ちょっとお値段がお高くなっちゃうけど」
まあ、試してみてよ、とジェムニーさんが笑う。
昨日の蛇スープの改良版ってことらしい。
町の人にとっては、この手の臭みも少し癖になるみたいだけど、俺たちみたいな、外からやってきた者には、ちょっと癖が強すぎたのでそこを抑えてみた、と。
どれどれ?
話の途中ではあるけど、せっかくの料理になので、温かいうちに食べてみる。
……うん…………うん。
あ、確かに昨日よりは食べやすくなってるかな?
さっき、ジェムニーさんが言っていたメイン草か?
それが、多めに入れられているのも、蛇肉の癖を抑える秘訣らしい。
昨日の臭スープよりは、万人受けのスープになったような気がする。
たぶん、目隠しして食べれば、蛇肉だってわからない人も出てくるかもな。あー、でも、しっかり噛みしめると、ネチャって感じの食感も残ってるか。
この辺は好みが分かれるかもしれないな。
「うん、昨日より、食べやすくなってますね」
「あ、そう? でも、セージュは意外と蛇大丈夫だったもんねー。他の人の反応はどうなんだろ?」
「まあ、こんなもんじゃねえか? 別に俺、出された飯にどうこう言うつもりもねぇし。基本、喜んで頂くぜ?」
「ぼくはちょっと……どちらかと言えば、ドジョウとかに近い感じですけど……やっぱり、蛇の肉ってのは……すみません」
「そうね。ファン君の言う通り、ドジョウ鍋に近い気がします。私はそこまでダメってわけではないですね。ちゃんと食べられます」
「ん、普通の蛇スープ」
「あー、俺はこういうのも、面白がって食べる派だなー」
「確かに、昨日食べたものよりも、臭みが少ないですね」
とりあえず、試食してみて、色んな意見があがってきた。
俺とユミナさんは、昨日のスープも食べていたので、比較すると食べやすくはなっているって感想で一致した。
もっとも、味に関しては、塩ベースの薄味に、蛇のダシか? そっちが加わっている感じなので、どこか物足りない感じがあるけどな。
臭みが減ったことで、スープ自体に深みがないことが浮き彫りになったという感じだ。
いや、それでも、昨日よりは、迷い人向けの料理にはなっているけどな。
その証拠に、テツロウさんとか十兵衛さん、それにヨシノさんも別に食べられないってほどじゃない、って言っているし。
ファン君の場合、蛇そのものがダメという感じのようだし。
リディアさんに言わせると、この手の蛇スープは、こっちの世界だとオーソドックスな料理に当たるのだそうだ。
蛇肉を香味野菜と一緒に塩で煮込んでそのまま食べる、と。
ある意味、おふくろの味みたいな感じなのかも知れないな。
一応、ジェムニーさんも言っていたけど、臭みがあってこそ、って意見も町の中の人からはあがっていたりもするらしいし。
「あー、でも、美味しいは出ないかぁ。ふふ、となると、もうちょっとセージュへのクエストは続きそうだねー」
「あ、ちょっと待って、ジェムニーさん。セージュが受けてるクエストってどんなの? 俺もちょっと興味があるんだけど」
そういえば、クエストの話は聞いていなかった、とテツロウさんが前のめりになる。
受けれるなら受けたい、ってことらしい。
他の人もクエストについては気になるようだしな。
「あ、うん。今、セージュが受けてるクエストは【日常系クエスト:ドランからの挑戦状】だねー。まあ、最初ちょっと色々あって、セージュがここの料理をあんまり美味しくない、って態度をしちゃったから、それで『セージュが美味しい』って言うまで、ドランの料理の味見を続けるって、強制クエストになっちゃったの」
「いや、あの、成り行きですってば! 別に俺、そこまで露骨に意見を言ってなかったじゃないですか!?」
ここはきっちりと否定しておかないと、変なイメージを持たれちゃうだろ。
とにかく、成り行きだったことは強調しておく。
要は、たまたま、俺がこの店で食事を取った最初の迷い人だったってだけだろ?
ジェムニーさんもそんなことを言ってたし。
「へえ! そんなクエストもあったのか! もう同じようなクエストは起きないの?」
「うん。その後色々あって、ドランの精神力がゴリゴリと削られちゃったからねー」
「仕方ないだろ……そりゃあ、俺だって、国有数の料理人とかとは比べものにならないだろうが、それなりショックだったんだからな」
「あ、ドランさん」
渋い顔、というか、苦笑いを浮かべながら、ドランさんがやって来た。
手に持っているのは、ウサギ肉を焼いた料理だ。
こちらも、材料の品質を良いものを選んで作ってみたのだそうだ。
とりあえず、ドランさんが見ている前で、焼いたうさぎ肉をみんなで実食する。
うーん。
やっぱり、まずくはない。
まずくはないんだけど、うまくは言えないんだけど、やっぱり物足りない味だ。
たぶん、そっちは、昨日向こうで食べたうさぎ料理のせいだろうけど。
あれと比べてしまうから、どうしても、味の差を感じてしまうのだ。
ただ、それでも、十兵衛さんとかテツロウさんは、悪くないって評価ではあった。
ふたりとも味に対するハードルが低めなんだろうな。
逆に、ユミナさんは俺とおんなじで、ちょっと首を捻ってるし。
向こうで、割とよくうさぎを食べているかどうかが、たぶん分かれ目になっているんだろうな。
リディアさんは、淡々としていて、どういう風に思っているかよくわからないし。
でも、量はしっかりと食べている感じではあるな、うん。
「はぁ……やっぱり、難しいな。正直、俺もお前らみたいな迷い人がどういう風な味を好むのかよくわからないんだよなあ。今のままだと、セージュ、お前を満足させる料理を作るのは、もう少し時間がかかりそうだぞ?」
「あ……そうですね。それでしたら、あの、ドランさんでしたよね?」
「ああ、そうだが?」
「私もここの料理の改良するお手伝いをさせてもらえないでしょうか? 一応、こう見えて、向こうでは料理を作っていましたし、たぶん、好みの味付けとかも多少でしたら、ご協力できると思いますよ?」
「何!? 本当か!? あんた、名前は!?」
「ユミナと言います」
「よし、ユミナ。あんたを雇う。俺の店を手伝ってもらえないか?」
「はい、ぜひともお願いします。私もこの中ですと、どなたかに弟子入りでもしないと職業を得られないようでしたので、願ったり叶ったりですよ」
「よし! それじゃあ、よろしく頼む!」
お? 何だか、話がとんとん拍子に進んでいるな?
「あ!? 今、クエストが発生しました! 【職業系クエスト】です」
どうやら、例の『ぽーん』がユミナさんにも起こったらしい。
料理人になるための職業系のクエストだろうな、たぶん。
そう、俺がそんなことを考えていると。
ぽーん、と俺の頭の中にも音が響いて。
『クエスト【日常系クエスト:ドランからの挑戦状】が変更されました』
『新しいクエストが発生します』
『クエスト【日常系クエスト:ドランとユミナからの挑戦状】が発生しました』
『引き続き、こちらは強制クエストとなります』
は!? なんだこりゃ!?
クエストの内容変更?
そんなこともあるのか?
今の、ユミナさんのものと連動して、クエストの内容が更新されたらしい。
「うわ、クエストの内容が変更されました。どうやら、ドランさんだけじゃなくて、ユミナさんも、こっちのクエストに巻き込まれたようですね」
「たぶん、そうでしょうね。私の方も、『料理人』の見習い解除の条件が、セージュさんから美味しいという評価を得ることになってます。ふふ、腕が鳴りますね」
いや、あの、というか、何だかすみません。
えー、また問題がややこしいことになってる気がするんだが。
他のテスターさんの条件まで巻き込んじゃったし。
「へえ! そういうクエストもあるんだな! 俺、初めて見たよ。何だか面白いな」
テツロウさんが他人事であるように……いや、実際他人事だけど、俺の方を見ながら、楽しそうに笑う。
それに対して、ため息をつきつつ。
俺は残っている料理を口へと運ぶのだった。




