第56話 農民、料理人と出会う
「セージュ、お待たせー。『料理人』希望のユミナさん、連れてきたぞー」
「初めまして、ユミナです。皆さん、よろしくお願いします」
少し待っていると、テツロウさんが女の人を連れて、お店の中へとやってきた。
革鎧に盾、それに革の帽子に戦闘靴という感じで、全身を剣士風に固めているのがテツロウさんだな。
冒険者ギルドでは、武器と防具、それぞれが『初心者シリーズ』のものしか貸してくれない上に、靴とかについては貸し出してくれなかったので、あれっ? と思ったんだけど、そっちについては、生産職をやっている他のテスターさんの試作品なのだそうだ。
へえ、もう、靴を作れる人もいるんだな?
というか、テツロウさん、随分と顔が広いんだな。
とりあえず、興味がある人とかには片っ端から声をかけるのがテツロウさん流ってやつらしい。
そういえば、俺も昨日、カミュといた時はそんな感じだったしな。
普通だったら、不審がられるだろうけど、『けいじばん』の存在を知っている人にとっては、色々と吹き込んだりしているテツロウさんって、ある程度は人柄が伝わってくるので、話が進みやすいらしい。
一緒に来ているユミナさんも『けいじばん』繋がりみたいだし。
ユミナさんの服装は、見た感じ、初期装備とほとんど変化がないもののようだ。
ほとんどが『迷い人』の装備だし、一応、冒険者ギルドには顔を出して、初期のクエストに関しては済ませてあるらしいけど、武器はナイフのようだし、防具も俺が身につけている『ホルスンの革鎧』よりも小さめで、胸元の部分とか、急所を隠す程度の部分鎧ぐらいしか身につけていない。
ただ、だからと言って、ユミナさんが普通かと言ったらそういうわけでもなくて。
一際、目を引く特徴があったのだ。
頭の上に生えているのは、獣系の耳だ。
それも、どちらかと言えば、ネコ科の動物を思わせるような耳。
その耳が、ユミナさんの茶色の髪から、ぴょこんと生えていた。
うん。
たぶん、ユミナさんは獣人種ってやつだな。
俺にとっては、獣人っぽい人と遭遇したのは、チュートリアルの時のハイネに続いて二人目になる。
もっとも、ハイネの場合は、妖怪種らしいから、獣人ではなかったんだけど。
ともあれ、初対面の人が多いから、お互い自己紹介をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします。俺はセージュって言います。種族は『土の民』ってやつで、もぐらの獣人みたいなものらしいです。職業は『農民』ですね。そっちは、リアルの方の実家が農家なので、それに引きずられた感じになったらしいです」
「俺は、十兵衛ってもんだ。向こうだと結構な爺だが、よろしくな、テツロウの坊主に、ユミナの嬢ちゃん」
「ぼく、ドワーフをやっているファンって言います。職業は『踊り子』です。この中ですと、たぶん、一番年下になると思いますので、よろしくお願いします」
「ファン君の保護者のヨシノです。種族は人間のままで、職業は『剣士』です」
「ん、冒険者のリディア。よろしく」
とりあえず、テツロウさんとユミナさんにも席に同じテーブルについてらって、あいさつを交わしつつ、お互いの種族やら、職業に関する話とかもすることにした。
昨日は、出会いの時のぐいぐい感でテツロウさんにペースを持っていかれっぱなしだったので、話していないこととかも結構あったのだ。
今も、俺としてはユミナさんへの自己紹介のつもりだったんだが、真っ先に、種族に関して、テツロウさんから突っ込まれてしまった。
「いや、セージュって人間種じゃなかったのか? 何だよ、その『土の民』ってのは」
そんな種族聞いたことないぞ、とテツロウさん。
そういえば、『農民』なのは話していたけど、種族については話したっけか? と改めて思い出すと……触れてなかったかもしれないな。
「ですから、土竜系の種族ですよ。穴を掘るのが得意みたいですけど、詳しいことは俺自身もよくわかってませんし」
「自分でもよくわからないのか?」
「ええ。チュートリアルでNPCから少し聞いただけですし」
いや、一応、カミュも面白がってはいたか?
詳しくはどういった種族かについては、一切説明が無かった気もするがな。
というか、ギルドでのカードを見比べた時に、ファン君やヨシノさんも俺の種族については、気付いていたらしいんだが、その辺を聞きそびれていたらしくて、それなりに不思議には思っていたそうだ。
あ、そっか。
十兵衛さんには説明をしてたけど、ファン君たちには、土魔法が得意だとか、そっちの話しかしていなかったような気がする。
あの時は、自己紹介よりも、ペルーラさんに対して、どう話を持っていくかの方が大事だったから、まあ、仕方ないよな。
「セージュさん、見た目は人間と変わりませんしね」
「だな。爪を伸ばして使っているとこぐらいしか、土竜っぽくはねぇぜ」
「爪を伸ばせるんですか? 知りませんでした」
「ん、ファンとヨシノがいない時しか使ってなかった」
一応、リディアさんは見ていたんだよな。
採掘所に向かう途中は、ファン君たちのためにモンスターとの戦闘は譲っていたから、そもそも、鉱石の採掘作業以外では、使う機会もなかったし。
「いやあ、俺もセージュのことは普通の人間種だとばっかり思ってたからさー。でも、見た目どうみても人間でも、別の種族ってこともあるってのは驚きだよ。今後は、そっちに関しては、もっと注意して聞いてみることにするわ」
そう言って、テツロウさんが笑う。
そのまま、笑みを浮かべたまま、俺たちを一通り眺めるようにして。
「いや、でも、すごいな、この面子。エルフにドワーフ、山猫の獣人に、もぐら族かあ。大分ファンタジーの世界っぽくなってきたよなー。そっちの白くて綺麗なお姉さんも、ちょっと綺麗すぎて、普通じゃない感じだしな」
何でも、テツロウさん、俺たちがいたテーブルを見て、テンションがあがりまくりだったのだそうだ。
ファン君やヨシノさんの姿は、昨日の時点でも遠くから見たことがあったらしいので、知り合うきっかけができて嬉しいって言ってるし、十兵衛さんも見た目は凛々しい少年エルフだから、やっぱり、ゲームの世界はこうでなくっちゃ、って感じらしい。
ふふ、やっぱり、この人、自分に正直だよな。
ただ、不思議と安心感もあるんだよな。
話し方は軽いんだけど。
というか、ユミナさんは山猫の獣人か。
ってことは、こっちの世界にも山猫が存在するってことだよな。
一応、職業はまだ『職人』で、種族特性として、武器なしの肉弾戦というか、格闘系が得意な種族なのだとか。
料理人と格闘って、大分離れている気もするけど、まあ、そういう組み合わせもあったりするってことなんだろうな。
「獣人種は素手の方が強いんですか?」
「そうですね。私の場合は、ナイフで切りかかるより、手に魔力を込めてパンチした方が強かったですね」
もっとも、あまり町の外での戦闘はしてませんけど、とユミナさんが苦笑する。
へえ、魔力を込めた拳でモンスターをなぐるって感じなのか。
一応、ユミナさんも『拳』スキルとかを持っているらしい。
その辺は、ゴーレムさんたちも持ってたよな。
「ですから、私はレベルが低いんです。身体のレベルは3ですから。テツロウさんとか、もうレベル7ですよね? やっぱり、皆さんすごいです」
「まあ、もっとレベル高い人もいるかもだぜ? 俺の場合、黒さんとかとパーティー戦闘が多かったから、割と森の奥まで進めたわけだし。他にもそういうケースもあるんじゃないか。はは、『けいじばん』でも、このぐらいが上限だったみたいだけどなー」
うん?
……えーと。
今初めて知ったけど、もしかして、他のテスターさんのレベルって、そのぐらいなのか?
いや、まだ二日目だし、戦ってばかりの人ばっかりじゃないから、そうなのかも知れないけどさ。
何となく、ファン君とかヨシノさんの方を見てみると、俺と同じように、ちょっと驚いているような、困っているような表情をしているし。
十兵衛さんは、他の人のレベルとかは興味がないみたいで、相変わらず飄々としているけどさ。
さて、どうしようか?
こっちのレベルについて話すと、どうしても、『狂化モンスター』関係の話に触れないといけなくなるし、そうなると、ラルフリーダさんのクエストが情報漏洩で失敗扱いになる可能性もあるものな。
よし。
レベルに関しては聞かなかったことにしよう。
案外、『けいじばん』に吹き込んでいない中には、もっとレベルが高い人とかもいるかも知れないしな。
「そうだ、テツロウさん。結局のところ、相談ってどういう内容ですか? 『フレンド通信』だけだとよくわからなかったんですけど」
「あー、そうそう。そっちが本題だったもんな。ごめんごめん、つい、別の話で盛り上がっちゃってさ。うん、セージュに相談したいのは他でもない。料理に使える食材を探すのを手伝ってほしい、って相談なんだよ。ね? ユミナさん?」
「はい。やはり、うさぎですとか、蛇ですと、食べること自体に抵抗があるっていう意見が多かったんです。私は、一応、お仕事柄、うさぎ肉については扱ったりすることもありましたが、やはり、うさぎを食べるのは可哀想、という意見の方もおりましたし」
なるほどね。
その辺は、俺も感じていたことだしな。
そして、詳しく話を聞くと、ユミナさんって、向こうの世界だと、ジビエとかも料理したりするようなお店で働いているのだそうだ。
ていうか、その手のお店の料理人って、こんなテスターに参加している余裕なんてあるのかな? と思っていたら、ちょっと怪我をしてしまって、その治療を受けていた病院が、たまたま、『PUO』のテスターと関連の病院だったらしくて、そっちから、お仕事してみないか、って話をもらったのだそうだ。
今も、リアルの身体は入院中ってことらしい。
いや、そういうケースもあるんだな?
意外って言えば意外だけど、確かにありそうな話ではあるか。
そうでもなければ、現役の料理人をゲームのテスターに引っ張って来るなんて難しいだろうし。
「一応、テツロウさんのお話ですと、この町の北にある森を進んでいくと、鳥系のモンスターとかにも遭遇したりするそうです。なぜか、町の周りには、うさぎと蛇ばかりみたいなんですけどね」
「え!? そうなんですか!?」
「ただ、やたらと強かったぜ? 監督として冒険者さんたちが一緒に来てくれてなかったら、普通に全滅してただろうな」
慌てて逃げ帰ってきたんだ、とテツロウさんが苦笑を浮かべる。
たぶん、俺や十兵衛さんがラースボアと遭遇したところよりも、森の奥に進んでいたんだろうとは思う。
「それって、『魔境』ってところですか?」
「いや、同行した監督さんによると、『迷いの森』の手前なんだってさ。その辺りから、エンカウントする、はぐれモンスターの種類が増えてくるって言ってたなあ」
「へえ、強ぇ化けもんがうようよしてんのか」
そいつは楽しみだな、と十兵衛さんが笑みを浮かべる。
どうやら、採掘所までの道での戦闘では、ちょっと欲求不満だったらしい。
いや、あれ、リディアさんの謎パワーで動きを封じてたわけだし、そりゃあ、十兵衛さんの期待には添えてなかったけどさ。
まあ、ミスリルゴーレムにしても、そんなところか。
最短での攻略法を狙ったせいで、お望みの、ひりつくような戦いにはならなかったんだろうな、十兵衛さん的には。
とにかく、他の食材になりそうなモンスターもいなくはないらしい。
まだ、テスターだけで進むには難易度が高そうなので、すぐには厳しいみたいだけどな。
何せ、NPCの冒険者パーティーでもあっさり撤退を決めるような感じらしいし。
だから、この町も、うさぎと蛇の食材ばっかりになっちゃうんだろうな。
何となく、運営側の悪意を感じるぞ?
ただ、現状がそういう感じなので、『農民』である俺に相談があるってことらしい。
で、その流れのまま、ユミナさんが相談事を持ち掛けてきた。
獣人種は、鉱物種同様に、身体強化系が得意です。
種族特性が『拳術』スキルに近い効果もあったりしますしね。




