第53話 農民、皆をつれて『大地の恵み亭』に行く
「お客さんいらっしゃーい。あー、セージュだ、セージュだ。ドランー、お待ちかねのセージュが来たよー」
「おう! よく来たな! 今、ちょっと手が離せないから、その辺の席に座って待っててくれ! ジェムニー、案内頼む!」
「あいさー」
おおう。
いきなり、気合の入った歓迎だな。
俺がリディアさんやファン君たちみんなを連れて、『大地の恵み亭』を訪れると、店に入るなり、ジェムニーさんとドランさんからターゲットロックオンみたいな感じにされてしまった。
いえ、そんなに全力でぶつかって頂かなくても結構ですよ?
俺、基本的に、揉め事嫌いな性格なんだし。
つくづく、何でこんなことになったのか、正直頭を抱えたいし。
「おっ!? 嬢ちゃん、ここの店員か? 随分、鮮やかな肌をしてるじゃねえか」
「そりゃ、粘性種だからねー。ぷるぷる、ジェムニーは悪いスライムじゃないよー」
「あっ! スライムさんなんですか!? きれいな青い肌ですね!」
「すごい……私もスライムって初めて見ました。人型なんですね」
あっ、ジェムニーさんと初対面のみんなが彼女の姿に早速食いついてるな。
そりゃあ、目の前に青くてちょっとだけ透明な肌をした人が立っていたら、普通はびっくりするだろうし。
まあ、ゲームの世界だし、そういう人もお店で普通に接客してるのを見れば、そのうち慣れてくるだろうな。
別に、今の時点でも怯えているような人はいなそうだし。
「ジェムニーさんは、ナビさんのひとりらしいですよ。この『PUO』の運営側のお助けキャラみたいな人らしいです」
「あ、そうなんですか!? ぼく、そういう方とお会いするの、初めてです!」
スライムさんと会えて嬉しそうにしているファン君たちに、ジェムニーさんのことを紹介する。
まあ、お助けキャラっていうと語弊があるかもしれないけど、このオレストの町だったら、彼女の手を借りることも多いだろうしな。
主に、食料の面で。
空腹値の問題があるから、ここでごはんを食べたり、確か『けいじばん』でも言っていたけど、携帯食料とかを買って行ったりとか。
空腹、動けない、死に戻りの三連コンボはやっぱり怖いから。
「うーん、運営側って言ったら運営側かなあ。一応、わたしもエヌさまの眷属だしねー。まあ、運営っていうよりも、サポートがメインだけどね」
「あ、そうなんですか?」
へえ、エヌさんの眷属なのか。
普通に、その手の情報って教えてくれるんだな?
まあ、カミュもその存在を隠そうとはしてなかったから、意外とゲームの中だとオープンな情報なのかも知れないな。
そうこうしていると、店の奥の少し大きめなテーブルへと案内された。
何だかんだで、五人で来店してるしな。
「ごめんねー、今、ドランも他のお客さんの料理を作ってるから。やっぱり、このくらいの時間だといそがしいんだよねー。それに、リディアさんも一緒、ってことはそれなりに量がないとまずいだろうから」
「そういえば、リディアさん、すごい健啖家ですものね」
ぼくも目の前で食べているところを見てびっくりしました、とファン君が苦笑する。
何でも、ファン君とヨシノさんが料理を作る先から、どんどん食べてしまったそうだ。
ふーん?
そういえば、二つ名が『大食い』なんだっけ?
見た目はどう見ても、スレンダーな美人さんなだけにギャップがすごいよな。
というか、そのために、店の奥に案内されたのか?
ジェムニーさんもリディアさんの食欲はよく知ってるみたいだし。
「そりゃ、有名人だからねえ。エヌさまからも話は聞いてるし。あ、そうだ、リディアさん、どう? こっちの住み心地は?」
「ん、今のところはあんまり変わらない。でも、新しい食べ物とか、めずらしい料理とかは期待してる」
あっ! めずらしい!
リディアさんがどこか饒舌に話をしているぞ?
表情もどことなく楽しそうだし。
何でも、リディアさん、エヌさんから話を聞いて、この町までやってきたそうだ。
元々は、違うところで活動しているらしい。
「ん、おいしいもの目当てで招かれた。初めての味に期待」
「まーね、あっちの人で条件を満たしているのって少ないからねー。その辺は、エヌさまも悩んでたよ? 『リディアが来てくれて助かった』って言ってたし。余計なリソースを割かなくて済むから」
「幻獣種は?」
「そっちはノリが悪いみたいだねー。基本は不干渉って感じみたい」
うん?
ふたりとも何の話をしているんだ?
幻獣種? リソース?
何となく、運営がらみの話なのは分かるんだが。
「あの、ジェムニーさん、リディアさん、それって何のことなんですか?」
「ん、世間話」
「そうそう。セージュ、『このゲーム楽しんでる?』って聞いているのとおんなじだよー。水が合わなかったら、体調を崩したりもするかもだし」
うーん、何だかはぐらかされている気がするな。
というか、リディアさんももしかして、中の人とかがいるのか?
確かに、エヌさんのこととかも知ってたしな。
「ちなみに、お客さんたち、セージュに、十兵衛に、ファンに、ヨシノは、どうなのかな? このゲームは楽しめているのかな?」
「はい! 最初はかなり不安でしたけど、リディアさんや、セージュさんたちとお知り合いになれて、イベントも進めることができました! 今はとっても楽しいです!」
「そうだな。俺も、充実はしてるなぁ。できれば、もうちょっと斬り合ったりできるモンスターが出てきてくれると言うことねぇんだがな」
「私はファン君の付き添いですから。ですが、初めて体験するようなことが多くて、とても新鮮ですね。ジェムニーさんのようなスライムさんと出会えたことも嬉しいですし」
「ふんふん、なるほどねー。うん、今のところは高評価ってことでいいのかなー」
それは嬉しいねー、とジェムニーさんが微笑む。
一応、ナビとして、その手の評価も気にはしているのだそうだ。
ジェムニーさんも、カスタマーサポートみたいな感じなのかね?
そういうことなら、ちょっとひとつだけ頼んでおこうか。
「あ、でも、空腹値とかの問題は何とかなりませんかね?」
今、その辺の問題をこじらせて、強制クエストみたいな感じになってるわけだし。
だが、そんな俺の言葉にジェムニーさんは首を横に振って。
「いやいや、動けばお腹が空くのは当然のことでしょ? お腹が空いたら食べないと。そうじゃないと、経済って循環しないからねー。それで、仕事がなくなる人とかも出てきちゃうし」
「ん、食事は大切」
おおう。
ジェムニーさんだけではなく、リディアさんにも短い言葉で力説されてしまった。
というか、すごく実感がこもってるよな。
まあ、どっちにせよ、その辺のシステムをいじるのは無理ってことか。
てか、経済の話なのかよ、とは思ったが。
「だがよ、俺は別に腹とか空かねぇぞ? 昨日から、こんなかじゃ、何ひとつ食ってねえはずなんだが」
「そりゃあ、十兵衛はエルフだもの。エルフって、ドリアードとかと一緒で『樹人種』だからねー。種族スキルの『光合成』があるから、別にごはんを食べなくても、そう簡単には空腹にはならないよ? まあ、水は時々飲んだ方がいいとはおもうけどねー」
「そうなのか? はは、そいつは便利だな。飯抜きで、延々と戦えるってことか」
「ん、悲しい種族」
へえ! そうだったのか!?
すごいな、エルフ。
何でも、ジェムニーさんによると、エルフってのは植物系の種族なのだそうだ。
人型をした植物というか。
そのために、種族として『光合成』スキルが使えるようになっているのだそうだ。
ただ、向こうの光合成とちょっと違うのは、こっちはその要素に水と光だけではなくて、周辺魔素も含まれるのだとか。
なので、魔素変換で、光と魔素だけでも身体の中で空腹を満たすことができるらしい。
もちろん、水があれば、より効率よくエネルギーを生み出すことができる、と。
いいなあ、エルフも。
ドワーフといい、鉱物種といい、種族スキルがチートな種族が多くないか?
もっとも、リディアさんに言わせると、お腹が空かないので、食事を美味しく食べられない悲しい種族ってことになるみたいだけど。
まあ、空腹は最良のソースなり、とか言う言葉もあるしな。
「まあ、そんなわけで、もうちょっと待ってねー。なんだったら、わたし特製の味のない『お腹の膨れる水』を出してもいいけど」
「いや、お腹がいっぱいになったら、ドランさんの料理が食べられないでしょ」
満腹だと、味見とかしても判断が微妙だろうし。
というか、結局、味のない『魔素料理』は『味のない水』に落ち着いたらしい。
ジェムニー印の『お腹の膨れる水』。
ペットボトル一本で500Nだそうだ。
おい、ちょっと待て、ペットボトルって、とは思ったけど、この器に関しても、魔素で作られているらしく、水を飲み干してしまうと、自然に消滅してしまうのだとか。
再利用はさせないぞ、って感じで。
まあ、見た目を再現できるってことは、そういうことも可能ってことだもんな。
あんまり、深くは突っ込むなってことらしい。
ともあれ。
ジェムニーさんに言われた通り、もう少し、ドランさんのいそがしさが落ち着くまで待つ俺たちなのだった。




