第49話 農民、工房へと戻る
「ただいま戻りました」
「あら、お疲れ様。思ったより早かったわね」
無事、オレストの町へとたどり着いた俺たちは、そのまま、ペルーラさんの工房へとやってきた。
何せ、早いところ、採掘してきた石を見てもらう必要があったわけだし。
あの金色のゴーレムの石も含めて、だ。
あっちはあっちで、ラルフリーダさんからのクエスト絡みっぽいので、冒険者ギルドにも顔を出す必要があるだろうけど、とりあえず、優先すべきはこっちの職業クエストの方だろうしな。
幸いというか、ちょうどペルーラさんたちも、今日の分の作業の方は山を越えていたらしく、戻って来た俺たちの姿を見て、歓迎してくれた。
というか、どんな石を採って来たのか、興味深々って感じだろうか。
「ふふ、それで? どうだったの? 少しは石を持ってくることができたの?」
「はい。色々な石を手に入れることができましたよ」
「ふうん? 色々、ねえ。あたしが貸し出した工具だと、掘れる層は限られてくるんだけど? もしかして、無茶をやったの? ……ふふ、まあ、いいわ。それじゃあ、せっかくだから、採って来た石を見せてちょうだい」
ペルーラさんから、工房の中の空いたスペースに石を出すように言われて。
「わかりました……リディアさん、お願いします」
「ん、採って来た石を解放」
リディアさんの言葉と同時に、採掘所で入手した鉱石や、その破片に粉末が、工房の床の上へと取り出された。
うん、やっぱり、ここで改めて見ると、なかなかの量だよな。
特に、ゴーレムの身体だった部分は、人間の大人よりも一回りか、二回りは大きかったから、それが砕けても、それなりの量になるし。
「ええっ!? ちょっと待って!? こっちの石はどうやって掘ったの!? 渡した工具じゃ、絶対に掘れないはずだけど!?」
ゴーレムの石を見ながら、驚愕の表情を浮かべるペルーラさん。
そんな彼女の後ろから、旦那さんのジェイドさんが近づいてきて。
「………………………………」
「え? ちょっと待って? それじゃ、採掘所にはぐれ系のゴーレムが出たの?」
「……………………」
うーん、ジェイドさんが何を言ってるのか、相変わらずわからないよな。
横でファン君が通訳してくれたところによると、今、ジェイドさんが、ペルーラさんへと、採掘所で起こったことについて、一通り説明をしてくれているのだとか。
「ジェイドさんは、分体の人と『情報共有』ができているそうですね。なので、もう、採掘所で何が起きていたのか、知っていたみたいです」
そう、ファン君が通訳してくれた。
へえ、そういえば、ジェイド21さんにも、そんなスキルがあったような気がする。
なるほどな。
その『情報共有』ってのは、本体と分体との間で、ってことか。
この町と採掘所ではけっこう離れてるけど、それでも共有ができてるってことは、かなり便利な能力だよな。
これがあれば、ゴーレムさん同士では、伝達が不要ってことだもんな。
うん、やっぱり、鉱物種って、かなりすごい気がするぞ。
ゴーレムの通信士、とか。
『ゴーレム語』を持ってないと、『自動翻訳』でも言葉が通じないってのをのぞけば、かなり、メリットの大きい種族だよな。
そうこうしていると、ペルーラさんへの説明も終わったらしい。
何だか、少し怒っているような表情を浮かべてるぞ、ペルーラさん。
「いや、でも、そういうことなら、みんなが帰ってくる前に、あたしに教えてくれても良かったんじゃないの?」
「…………………」
「えっ!? ちょっと!? そういうのは他の人がいる前では言わない!」
「………………」
あれ?
怒っていたはずのペルーラさんの表情が、いきなり真っ赤になったぞ?
まだちょっと怒りはあるようだけど、それ以上に、俺たちの方もちらちら見ながら、どこか照れているようにも見える。
俺も、ファン君に通訳を頼もうとしたら。
「ちょっ!? そんなことより、こっちの石の話戻るわよ! はい、注目!」
何だか知らないが、慌てて、話を逸らされてしまったぞ?
ファン君も少し困ったような表情をしているので、もしかして、話しづらいことなのか?
というか、惚気か?
案外、ジェイドさんが、かなり照れ臭いことでも言ったのかもな。
まあいいや。
今は、そんな大事な話でもないしな。
気を取り直して、少しだけ顔が紅潮しているペルーラさんが、そこにあった金色の鉱石を手に取った。
「ちなみに、これ、何の石かわかった人はいる?」
「いえ、俺たちの中に鑑定できるものがいませんでした。今のところは、未鑑定の鉱石の一種としかわかりませんね」
俺の言葉に、ファン君やヨシノさんも頷く。
十兵衛さんは、成り行きを見守りながら、どこか面白そうな表情を浮かべているな。
「ふぅ……じゃあ、教えてあげるけど、これ、ミスリルの鉱石よ」
ほら、と鑑定が終わった鉱石のひとつをペルーラさんが差し出してきた。
【素材アイテム:素材】ミスリル鉱石(大)
オレストの町、北西の採掘所で突然変異を起こしたミスリルゴーレムから採れた石。大きさはかなり立派。すでに純度が高いため、原石とは異なり、処理をせずとも、そのままインゴットと同じように扱うことができる。ただし、加工は難しい。
「あっ!? すごいです!」
「へえ、鑑定が終わると、説明文がそう変わるんだな。はは、なるほどな」
「……ミスリルゴーレムだったんですか」
「ん、やっぱり、硬い」
うわ、やった!
これ、ミスリルの鉱石なのかよ。
へえ、割とおなじみな石ではあるけど、こういう風にゲームとは言え、直接、質感とか触れてみるのは初めてだな!
『PUO』以外のゲームだと、どんな鉱石に触れても、あんまり大差がないからなあ。
というか、純度が高いとか、実はすごい石なんじゃないか?
何せ、原石を掘ろうとしても、俺と十兵衛さんでは手も足も出なかった石だしな。
さすがはミスリルというべきか。
そして、例のごとく、ぽーんという音が鳴り響いて。
『クエスト【収集系クエスト:???鉱物採取】を達成しました』
「えっと……今のは!?」
「あー、そうか。ファン君たち、クエスト達成は初めてだったんだよね? 今のは、クエストが無事達成されましたよ、ってのを知らせるメッセージだよ」
「そういや、俺もその、クエストってやつは初めてやったな」
「あれ? 十兵衛さんもそうでしたっけ?」
うん? そういえば、そうか。
十兵衛さん、冒険者ギルドからのクエストを受けてないんだもんな。
となると、まともに始めたクエストって、ペルーラさんがらみのやつだけってことか。
もちろん、ラースボアも討伐してるから、十兵衛さんが望めば、ラルフリーダさんのモンスターがらみのクエストも受けられるだろうけどな。
「とりあえず、クエストの達成件数とかが、冒険者としての評価になるらしいですよ? サティ婆さんがそんなことを言ってましたから」
「ん、ランクに応じてノルマがあったりする」
「あ、そうなんですか?」
リディアさんの言葉に少し驚く。
そっちのことについては、初耳だよな。
「ん、でも、別に無理する必要ない。ランクが下がるだけ」
だから、好きにすればいい、とリディアさん。
別に、冒険者ギルドに所属しているからって、あんまり頑張り過ぎなくてもいいそうだ。
「うーんと、それはちょっと、ね。リディアさんみたいな人だから言えることだと思うけど? 普通の冒険者の場合、ギルドと貸し借りの精算とかがあるわけだし」
ペルーラさんが、リディアさんの言葉を否定する。
さっきの言い分は、借金がなくて、一定以上の頻度でクエストを達成しているから言えることなのだ、と。
普通は、初期の借り分をなかなか精算できなくて、ギルドの職員みたいなお仕事とかで取り込まれてしまうことも多いのだとか。どうしても、専業で冒険者をやっていくのは色々あって、難しいとのこと。
「命は大事にしないとね。身の程をわきまえずに、クエストに挑んでも失敗して、借金が増えるだけだもの」
「てことは何か、ペルーラの嬢ちゃん。さっさと借りた装備とか返さねえとえらいことになるってのか?」
「状況によるんじゃない? 悪徳商人とかの借金とはまた違うから、そういう意味では良心的ではあるわね。労働と引き換えに帳消しになったりもするし、少なくとも、暴利を貪るって感じじゃないから」
とは言え、油断してると、ギルドからの強制クエストとかも割り振られたりもするようになるので、そうなる前に、手頃なクエストなどでお金を稼いでおけ、ってことらしい。なるほどな。
「ま、こっちのクエストはあたしの弟子入りも兼ねてるから、そっちとはちょっと別になるわね。報酬も、使わなかった分の鉱石の残りって形になるし」
あ、そういえば、そうだったな。
ともあれ、これで弟子入りの方のクエストも前進ってことか?
「ペルーラさん、これで、俺たちに『鍛冶』を教えてくれるんですか?」
「ええ。そっちのちょっと赤みがかかったのが鉄の鉱石だから。あなたたち……セージュに十兵衛、それにヨシノには、そっちを使って、基本の『鍛冶』の方法を覚えてもらうわ。そして、問題は、ファンね」
そう言いながら、ペルーラさんが少し困ったような、嬉しそうなような表情でファン君を見つめる。
「ぼくは『鍛冶』は教えて頂けないんですよね?」
「ええ、そのつもりだったんだけど……気が変わったわ」
「え!?」
驚くファン君に対して、ペルーラさんがにっこりと微笑む。
「まさか、ミスリルを持ってくるとは思わなかったしね。それも、ここまで品質が高いものをね。普通の『鍛冶』では、ミスリルは加工できないの。こうなった以上は仕方ないわね」
だから、とペルーラさんが続けて。
「アルミナに報告を入れた後に、『ドワーフ鍛冶』についての伝授を行なうわ。偶然であれ何であれ、自力でミスリルを手に入れた以上は、条件を満たしているわけだしね」
「――――っ!? ありがとうございます!」
無事、弟子入りも認められることになって。
そうして、工房内にファン君の嬉しそうな声が響いた。




