第47話 農民、ゴーレムと戦う
『じゃあ、俺が前の方な』
『私が後ろを狙いますね。ちょうどいいスキルもありますし』
打ち合わせの通りに、十兵衛さんとヨシノさんがそれぞれ、目の前の金色ゴーレムへと向けて動いた。
リディアさんの能力で、立ち上がった状態のまま、動けなくされたゴーレム。
その姿は、磔にされたようにも見える。
両手が広げられ、十字のような形で左右対称に動きを封じられているのにも関わらず、一切の動揺というか、戸惑いのような表情すら見せないのは、それが鉱物種だからなのだろうか?
それとも、狂化状態になっているから、その手の感情などもすでに存在していないのかもしれないよな。
案外、こちらの攻撃など通用しないと高をくくっているだけかも知れないが。
俺も、ふたりとはタイミングをずらす形でゆっくりと金色ゴーレムとの間合いを詰める。
詰めながら、軽く、土魔法を発動させては、元に戻すのを繰り返す。
魔法の使い方を反転させる、か。
土や石などを生み出すのではなく、そこにあるものをバラバラにする使い方。
一応、『アースバインド』は土枷を生み出す使い方が本来のもので、それを発展させることで、土壁を生み出したり、強化した土盾などを作り出すことも可能になるのだそうだ。
今回俺に求められているのは、壊すための使い方だ。
実は、ラースボアの時に使った、穴を掘るという使い方が、それに近いのだそうだ。
要するに、すでに俺はそういう使い方ができているってことらしい。
それに、穴を掘る時に気付いたのだが、土魔法で穴をまっすぐ掘るよりも、ドリルのように螺旋状に掘ることをイメージして魔法を使うと、消耗が小さくなって、威力も強まったようなのだ。
だから、と。
今回は、土ではなくて、石。
大きな岩を中から掘っていくイメージで、土魔法を使う。
十兵衛さんとヨシノさんがつけてくれた傷から、全身に広がるように土魔法を発動させるイメージ、だ。
リディアさん曰く、魔法というものは、魔力があって、適性を持っていれば、発動させること自体は難しいことではないのだそうだ。
問題は、その使い方。
規模や威力、それらをどういう風に使うかをイメージして、それに沿って、細やかにコントロールするのが難しいのだ、と。
いや、これも、片言だから、聞き出すのが大変だったんだが。
とにかく、魔技という形で『アースバインド』や『岩砕き』などが設定されているのも、基準となる指針がないと、ほとんどの魔法が、万人には発動すらできなくなってしまうから、だそうだ。
確かに、口で使い方を説明するのが難しそうではあるよな。
今の俺たちの場合、スキルがあって、それによって補助が働いている感じみたいだし。
こっちの世界の冒険者の多くは、未だに適性があっても、まともな魔法すら使えない人が多いのだとか。
ある意味、迷い人の魔法スキルって、こっちの人からすると、かなりチートなんだよな。
魔素の動かし方のコントロールや、周辺魔素の活用法、か?
正直、そんなことを言われても、まったくピンと来ないしなあ。
補助がなければ、こんなに簡単に魔法を使えはしないってことだろうが。
とにかく、だ。
いかさまでも、チートでも、使えるものはありがたく使わせてもらうぞ。
土魔法五回分を同時に発動するってことだろ?
『アースバインド』なら、五回や十回は使っても問題なかったし、やれるだけのことをやるだけだ。
と、十兵衛さんが磔刑にされているゴーレムに対して、突きの技を使った。
「はあああああああっ―――――――!」
カミュと戦った時に見せたような動きで、一瞬で間合いを詰めたかと思うと、そのまま、連続で突きを繰り出す。
頭と胴体を結ぶ首の部分に。
右手と胴体、左手と胴体をつなげている付け根にそれぞれ。
そして、人間でいうところの股関節というか、骨盤と足を結ぶような場所をそれぞれ左右にひとつずつ。
計五ケ所。
それが、十兵衛さんの鋭い突きによって、傷つけられた。
渾身の力を込めた突き。
それに、リディアさんの付与も加えて、ようやく、小さな破片が飛び散る程度の傷がついただけに留まる。
やっぱり、想像以上に硬いようだな、あの金色ゴーレムは。
それでも、横で座り込んでいたジェイド21さんが頷いているから、あれで傷としては、十分なのだろう。
そして。
ヨシノさんの方も、声を出すでもなく、ほとんど音も立てずに、素早くゴーレムの背後へと回り込むのが見えた。
さっき、ヨシノさんが言っていたスキルのひとつ『裏斬り』だ。
暗殺者系の武技の一種で、敵の後ろへと回り込んで、一撃を与えるための技だそうだ。
なので、どちらかと言えば、武技というよりも間合いを詰めるための技というか、攻撃を繰り出すための歩法の一種なのだろう。
ヨシノさんも、十兵衛さん同様、斬るのではなく、一点に集中して、ショートソードを突く。
こちらからだとよくは見えないが、これで、背中の中心に傷が刻まれたはずだ。
目が合ったヨシノさんが、わずかに首を縦に振るのが見えた。
「おい、セージュ! 後、頼むぞ!」
「わかってます!」
十兵衛さんからの怒鳴るような声に、こちらも同じく怒鳴り返して。
俺も自分に課せられた役割のために動く。
目の前には、今にも動き出しそうな金色のゴーレムがいる。
近づくほどに、その大きさ、その迫力に恐怖のようなものを感じつつ、静かな狂気とも言えるような独特な雰囲気をした、その目に一瞬飲み込まれそうになる。
ラースボアと相対している時の十兵衛さんも、この手の恐怖と戦っていたのだろうか。
向こうの世界での熊などの狩りは、基本遠距離のみだ。
ここまで近づいて戦うなんてのは、やっぱり、普通じゃないと思う。
たとえ、死なないとわかっていても、人間より一回り大きなロボットみたいなやつと真正面から向き合って攻撃をするなんて、狂気の沙汰だ、と。
ただ。
何でだろうな。
怖さだけじゃなくて、どこかドキドキしている自分もいるような気がして。
俺、十兵衛さんみたいな戦闘狂じゃないはずなんだけどな。
たぶん、これはVRMMOじゃないと味わえない感覚だからだろうか。
生きるか死ぬかのギリギリのところで感じるような、緊張感みたいなものが、ゾクリと背筋を震わせるのを感じて。
どこか訳の分からない感情を持て余している自分に驚いて。
そのまま、一気に間合いを詰める。
自分の手とゴーレムの身体を重ねるようにして。
「『アースバインド』を反転! 『岩砕き』!」
そう、叫びながら、思い描くのは螺旋。
五つの傷から、螺旋状に魔法が身体の中を流れて、背中の穴へと抜けていくイメージ。
と。
全身から、急激に力が奪われていくような感覚に戸惑う。
うわ、何だこりゃ!?
いや、たぶん、これが『岩砕き』が発動した証みたいなものなんだろう。
目の前では、光りを伴った魔力の奔流が、ゴーレムの身体の中を駆け巡っていくのを感じる。
ああ、やばい、身体が重い。
そう、考えた時には、すでに、自然と膝をついていた。
やっぱり、いきなりで、五つの同時発動というのは無理があったようだ。
消耗が普通の土魔法の時とは全然違う。
だが、それでも無理やりにでも発動できたのは、スキルの補助のおかげだろう。
他の属性はさっぱりだが、この『土魔法』に関しては、種族、能力共に、俺の場合は特化しているわけだし。
……これ、やっぱり、俺、このゲームの中でも農民やった方がいいのかな?
どう考えても、そっち向きの能力としか思えない以上は、逃げても仕方ないような気がするんだよな。
ふぅ、とため息をつく。
「――――――――って!?」
いや!? 今、そんなこと考えてる場合じゃないよな!?
脱力感に負けないように慌てて顔をあげると、目の前の金色のゴーレムがゆっくりと中心部分からひび割れていくのが見えた。
……成功か?
振り返るとジェイド21さんが頷きを返してくれた。
なるほど、これが、ゴーレムの破壊法、か。
小さな傷と土魔法の組み合わせで、岩を砕くこともできる、と。
待てよ?
ということは、この使い方を応用すれば、普通の岩壁とかも壊せるんじゃないか?
もう、これ以上は借りた工具を壊せないので今回はやめておくが、次の機会があったら、そっちも試してみようか。
いや、まあ、工具以前に、今の脱力状態だと、同じことは無理っぽいけどな。
そんなどうでもいいことを考えていると、ゴーレムの崩壊がゆっくりと進んで。
さっきまで人型だったはずのそれは、バラバラに砕け散った。
後に残ったのは、大小さまざまな大きさの光る石だ。
「おう、やったじゃねえか、セージュ」
そう言いながら、近づいてきた十兵衛さんが俺の頭を叩く。
いや、けっこう痛いですってば。
まあ、こういう雰囲気は嫌いじゃないけどな。
「すごいですね! 今の土魔法の力ですか!」
「うーん、というかみんなで力を合わせた結果だと思うけどね」
リディアさんが、ゴーレムの固定と、武器の強化を。
ファン君が『舞踊』で十兵衛さんたちの強化を。
十兵衛さんとヨシノさんが、強化された状態でゴーレムに傷をつけて。
最後に俺が土魔法、と。
うん、五役そろって、『ゴーレム砕き』達成だな。
何だかんだで、十兵衛さんたちだけじゃなくて、俺もファン君の『舞踊』のおかげで、動きが少し早くなってたし。
そういう意味では、誰かが欠けていても、うまくいかなかったかもしれないしな。
ともあれ。
無事、狂化ゴーレムを倒すことができたことを喜ぶ俺たちなのだった。




