第46話 農民、狂化ゴーレムに挑む
「ゴーレムの破壊ってことは、もしかして、あれ? 文字を一文字削り取るってやつ」
「…………………………」
「いえ、違うみたいです。そもそも、文字が刻まれていないようですし」
俺の問いは、ジェイド21さんとファン君にあっさり否定されてしまった。
あー、やっぱり、違ったか。
物語とかでありがちなゴーレムの攻略法って、頭文字を削って無力化するってのが割と多いので、そう考えたんだけど。
そっちはたぶん、魔法生物として、誰かに生み出されたからだろうな。
『PUO』の世界のゴーレムって、普通に生物として存在しているみたいだし、どこかの魔法使いの所有物ってわけでもなさそうだもんな。
まあ、冗談言ってる場合でもないよな。
こうしてる今も、リディアさんが例のよくわからない魔法か何かで、金色ゴーレムが突っ込んでくるのを跳ね除け続けているし。
まだ、もう少し力の余裕はあるみたいだけど、ずっとは続けられないって言ってるし。
「…………………………」
「えと、じゃあ、伝えますね? まず、小さい傷で構わないので、ゴーレムの身体に正確に、六ヶ所、楔を穿って欲しいそうです。そして、その楔が刻まれたら、そこへ向かって、土魔法を使って欲しい、と」
そうすれば、ゴーレムの身体が砕けるそうです、とファン君。
へえ、六つの楔と土魔法か。
それで、ゴーレムを壊すことができるのか?
聞いている感じだと、そんなに難しくはなさそうだよな。
「で? ちなみに、その楔ってのは? 正確に、ってことは、きっちりと場所が決まってるってこったろ?」
「……………………」
「はい、十兵衛さん。身体の前面に五つ、後ろにひとつ。あ、逆でも構わないそうです。大事なのは、その位置だそうです。頭と身体、四肢と身体、それを結ぶ支点に五つ、その反対になるように、裏心臓……核のある身体の中心に当たる場所にもうひとつ。そこに傷をつければ、楔になるそうです」
鉱石を岩から砕く時に、楔を入れるやり方と同じだそうです、とファン君が真剣な表情で続ける。
あ、なるほど。
頭と両手両足、それに裏の心臓か。
そこに、正確に傷をつけることで土魔法を魔核まで届かせる準備となるそうだ。
普通に、土魔法を使っても、ゴーレムの体内まで浸透させることはできないし、傷がずれていたり、足りなかった場合でも、魔法が体内を巡りきらず、魔核を壊すことはできない、と。
「セージュさんには、土魔法の魔技『岩砕き』を使ってください、とのことです」
「えっ!? 『岩砕き』!?」
いや、ちょっと待ってくれ。
そんな魔法、今まで使ったことがないんだが。
俺が覚えているのは『アースバインド』だけだぞ?
「……………………」
「えと……『岩砕き』は『アースバインド』を裏返したような使い方をすれば発動するのだそうです。セージュさんは、十分に『アースバインド』を使えているようですので、その使い方を反転させれば、可能だ……と言ってますね」
「そうなのか?」
へえ、『アースバインド』って土を集めて固めたりするだけじゃなかったのか。
一応、レベルがあがるにつれて、石や砂を岩の塊へと固めたりとかも可能になるのだそうだ。
そういえば、『土魔法』で石とか岩をどうこうするのは試したことはあんまりなかったよな?
『採掘』の時にダメ元で使ったときは、うんともすんとも言わなかったし。
ただ、ジェイド21さんの話だと、集めるのではなく、拡散させる使い方が魔技『岩砕き』という使い方なのだそうだ。
やり方さえわかっていれば、土の基礎魔法でも十分に発動する、と。
ここで、問題がひとつ。
「ただし……この場合は、同時に五つ発動させてください、だそうです」
「は!? 同時に!?」
同時に魔法を発動、か。
そんなことほとんどやったことがないぞ?
いや、例のラースボアの時の穴掘りでは、それに近いような使い方をしたような気がするが、いっぺんに五つってのは試みたことすらないのだ。
まあ、泣き言とか言ってる場合じゃないから、やるしかないんだろうが。
やっぱり、簡単と言っても、それなりには条件が難しい方法ではあるようだ。
「はい。この方法は簡単ではありますが、それなりに特殊な方法なのだそうです。そもそも、普通でしたら、動いているゴーレムに対して、この手段を取ることは難しいそうですよ?」
激しく動き回るゴーレム相手では、正確に楔を刻むことなどできない、と。
それはそうだよな。
傷をつけられるってわかって、抵抗しない相手はいないだろうし。
ただ、今に限って言えば、それも不可能ではない。
リディアさんが力で動きを封じることができる、と言ってるし。
「ん。でも、そんなに長くは無理。分担して、一度にやって」
お腹がいっぱいなら、いくらでも止められるけど、今のままだと簡単にガス欠になってしまうらしい。
それなりに、この、不可視の攻撃は魔力やら何やらの消耗が激しいようなのだ。
「だが、どうやって、傷をつける? あの野郎、俺らの武器だと硬さに負けちまうぞ?」
「ん、そっちは何とかする。これ、使うと残りがほとんどなくなるから、失敗はできないけど」
「これ?」
「武器に付与。それで傷ぐらいはつけられる」
そんなこともできるのか!?
リディアさんが、武器に対して魔法の付与をしてくれる、と。
ただ、元々の武器が弱いので、あんまり強すぎる付与では武器そのものがもたないから、そこまで強い付与はできないらしいけど。
それでも、十兵衛さんやヨシノさんの初心者向けの装備でも、あのゴーレムに傷ぐらいはつけられるようになるそうだ。
「よし、そういうことなら、やってくれよ」
「その前に。ファン」
「何ですか?」
「『舞踊』をふたりに。『身体強化』付与」
「えっ……!? でも、ここで使うと相手も、じゃないんですか?」
「もう、あっちは使ってる」
だから、心配いらない、と。
どうやら、ファン君の『舞踊』には、『身体強化』に近い効果を与えられる舞もあるらしい。
もっとも、今のファン君だと重ねがけにはできないので、それを持っている相手には効果がないけど、十兵衛さんとヨシノさんは、まだ『身体強化』を得ていない。
ファン君とヨシノさんはクエストをクリアしていないし、十兵衛さんは、カミュとあんなことになったので、『身体強化』自体をもらう機会がなかったし。
いや、クエストを受けてないってことは、そもそも報酬としてもらえないのかも知れないけどな。
ただ、攻撃力向上の『歌』とは異なり、そっちの『舞踊』の場合、問題ないらしい。
そういえば、『身体強化』のスキル持ちだったもんな。
ジェイド21さんが『身体硬化』ってやつも持っていたところを見ると、そっちも使っている可能性もあるしな。
元々が硬い金属でできていて、かつ上乗せで硬くなっているとすれば、それはかなりの脅威だろう。
ノーマルボアとか一蹴した、リディアさんの攻撃でもほとんどダメージがなかったのもそのためらしい。
「わかりました……いきます! 『紅葉の舞』!」
そう言うと、ファン君の身体が緩やかな円の動きで舞い始めた。
踊りが始まると、ファン君の身体が淡い暖色の光に包まれ、それが周囲へと舞いと共に、広がっていく。
十兵衛さんとヨシノさんだけではなく、俺やリディアさんのところまで光は届いているようだ。
これが『舞踊』スキルか。
踊りのスキルというよりも、魔法を使っているかのような現象だと感じた。
辺りにふわふわと散っていく、光りの残滓は魔素と呼ばれるものなのだろうか?
「おおっ!? 何かすげえな!」
「ん、じゃあ、こっちもいく」
『そーど』とリディアさんが、十兵衛さんとヨシノさんの持っている武器へと魔法らしきものをかけると、それらの武器がわずかに白く光を帯びた。
あ、リディアさんの攻撃は見えないけど、こういう場合は白い光が出るんだな。
「おっ! これがか」
「刃の部分が薄皮一枚分の光で包まれていますね」
十兵衛さんとヨシノさんが感心したように、手に持っている武器を見る。
それに対して、リディアさんは答えず、そのまま、ゴーレムに向けて右手を伸ばす。
「しーるど」
そして、少しだけ感情がこもった声で。
「ん、長時間は無理。一瞬で決めて」
「はい!」
「ああ。これで、あの野郎に傷をつけられるんだな?」
時間がない、というリディアさんの言葉に。
十兵衛さんとヨシノさんが、それぞれ、ゴーレムに楔を与えるために――――動いた。




