第40話 農民、ドワーフっ娘の正体に驚く
「さて、これからどうしましょうかね?」
話は終わったとばかりに、ペルーラさんに工房の外へと追い出されてしまった俺たち五人。
一応、採掘用の道具については、最低限のものだけは貸してもらえたので、それに関しては、それぞれのアイテム袋に入ってはいる。
ちなみに、ファン君とヨシノさんはまだ最初のクエストを終えていないので、代わりにリディアさんが自分のアイテム袋に預かってくれているのだ。
まあ、さても何も、このクエストを進めていくしかないんだが、問題がひとつ。
そもそも、ファン君の装備がないので、弟子入りの話になったんだよな?
いざ、弟子入りイベントを始めてはみたものの、結局、オレストの町の外へと行かないといけないようなのだ。
ペルーラさんから教えてもらった採掘所の場所は、オレストの町から少し北西に進んだ、森の中にあるのだそうだ。
「どうもこうも、その、採掘所か? そこを目指せばいいんじゃねえか?」
「でも、十兵衛さん。ファン君の装備がないですよ? えーと、ファン君、ちなみに、その着物って、何か特別な素材だったりするの?」
「いえ、普通の着物みたいですね。アイテム名は『迷い人の着物』になってます」
ファン君がどうぞと言うので、触れさせてもらうと、アイテム名がチェックできた。
【装備アイテム:服】迷い人の着物
迷い人が愛用している着物。こちらの世界にはない、特別な技術で染め上げられた美しい着物。子供用のため、大きさは小さめ。着心地は良いが、耐久性は低め。
俺も着物のことはよくわからないけど、触り心地とかはなかなか良いから、素材としてはけっこう高いものなのかもしれないな。
もっとも、解説文が言っているように、町の外での戦闘とかにはあんまり向かないような気がするぞ?
さすがに、これを着て、モンスターのいる場所を歩き回るのってどうなんだろ?
「こっちの世界の子供服ってないのかな?」
「ええ、仕立て屋さんの方には、子供用の服もありましたね。ですが、残念ながら、手持ちではちょっと購入が難しくて……」
あ、そっか。
ふたりとも、クエストがまだクリアできてないものな。
となると、報酬も持ってないわけか。
あれ? ちょっと待てよ?
「昨日の宿とか、食事とかはどうしたんだ?」
「リディアさんのテントに泊めてもらいました。お金が無かったので、助かりましたね」
「えっ!? テントなんてあるのか!?」
「ん、簡易コテージ。たまたま、あったから」
「リディアさん、ソロの冒険者だそうですよ。野宿のための装備も手持ちに色々とあるみたいですし、食事の方も、食材を分けてくださったので、ぼくがそれを使って、料理をしてみたんです」
「ファン君、『料理』スキル持ちですからね」
あ、なるほど。
それで、さっき、ごはんがどうとか言ってたのか。
何でも、その時の料理をリディアさんがいたく気に入って、それで料理さえ作ってくれれば、護衛を続けてもいい、ってことになったらしい。
というか、『料理』スキルなんてあったのな。
ちょっと、一覧を見た時、見落としてたわ。
ただ、一応、その手の救済措置もあるってことがわかった。
やっぱり、クエストを上手に達成できる迷い人ばかりじゃないってことは、運営側も計算に入れてるんだろうな。
まあ、それはそれとして。
「何だったら、ファン君の代わりの服を買う分のお金なら貸すよ? さすがに、その姿のままで、外に行こうってのは気が引けるし」
「いえ!? 先程会ったばかりの方に、そこまでご迷惑をかけるわけには……」
「でも、小学生だって聞いた以上はなあ……ねえ、十兵衛さん?」
「まぁな。これも何かの縁だろ。はは、別に金なんざ、稼げるときに稼げばいいのさ」
俺も十兵衛さんも、昨日のラースボアのおかげで、妙な稼ぎ方ができてるし。
俺はたまたま遭遇しただけで、報酬の三分の一だし、十兵衛さんは十兵衛さんで、俺とカミュが分けなかったら、『死に戻り』で報酬ゼロだったし。
そういう意味では、目の前の困ってるテスターを助けるために使うのは、そんなに嫌じゃないんだよな。
そもそも、俺たちテスターなんだから。
困っている状況と、それをどう解決するか、その辺の筋道を探していくのも仕事のうちだと思うのだ。
現実で、お金を払ってプレイしてるお客様じゃないしな。
とりあえず、採掘のクエストまでは一緒に行動することに決めて、ファン君には、仕立て屋でこっちの世界の子供服やら靴やらを買って来てもらった。
ついでに、そのタイミングで、武器も防具も手に入らなかった十兵衛さんにも、冒険者ギルドでもう一度簡易装備を借りてきてもらった。
これらは町の外に行くためには大切なことだからな。
ただ、やっぱり遠慮したせいか、ファン君もお店で売っていた安い古着などを選んだそうで、結局20,000Nそこそこで済んだ。
いや、実際、スタート直後は20,000Nは大金のはずなんだよ。
一日6,000Nあれば、普通に生活できるんだから。
やっぱり、ラースボア討伐のせいで、ちょっと、俺の金銭感覚がおかしくなっているようだ。
ともあれ。
「うん、素朴な女の子の服だよな。よく似合ってるよ」
「ありがとうございます、セージュさん……やっぱり、着物以外の女の子の服って、ちょっと恥ずかしいですね」
俺の言葉に、ちょっと照れくさそうな、困ったような感じで苦笑するファン君。
うーん、やっぱり、ファン君って。
「ねえ、ファン君、やっぱり、君、元々は男の子なの?」
「えーと……ヨシノ姉さん」
「はぁ、仕方ないわね……ええ、そうです。ファン君は男の子です。もっとも、普通の男の子と比べますと、女の格好などには慣れてますがね」
「え? そうなんですか?」
「はい、うちの家系が代々そういうお仕事をしているんです。ですから、ぼくも女の子の着物をよく着ているんです」
ですから、ゲームの中で性別が変わるのもあまり抵抗がありませんでしたね、とファン君。
え? 代々そういうお仕事って何だ?
女装のお仕事なんてあるのか?
「あ、なるほどな。だから、『ファーストリバー』なのか。おめえ、どっかで見たような顔してると思ったんだよな、俺も」
「えっ? 十兵衛さんはわかったんですか?」
「まあな、てか、セージュの坊主はわからねえか? 梨園の家系ってこった。なあ、『壱川』の倅よぅ」
おめえ、そんなに元の顔と変えてないだろ? と十兵衛さん。
あれ、もしかして、十兵衛さん、ファン君の元の顔を知ってるのか?
というか、そもそも、梨園って確か……。
「えーと……もしかして、歌舞伎?」
「はい。ぼく、壱川扇って言います。もちろん、本名ではありませんけど」
「そして、私が壱川吉能です。扇君同様、本名じゃありませんけど、私の場合、読みは同じですし、苗字が少し違うだけですね」
ファン君はもうすでに舞台などに立っているんですよ、とヨシノさんが笑う。
あ、そうなんだ?
へえ、実はちょっとした有名人というか、芸能人って感じなんだな。
だから、小学生でもこのゲームのテスターとして許されているのか。
てか、十兵衛さんに言わせると、その『壱川流』ってのは、江戸時代から続く、由緒正しき歌舞伎の流派のひとつなのだそうだ。
名字の『壱川』も、名を受け継ぐ役者さんが多くて、複数の屋号にまたがっているとか何とか。
いや、どこかで耳にしたことぐらいはあったけど、詳しいことは全然知らなかった。
不勉強ですみません。
「十兵衛さんは、ファン君の元の顔を知ってたんですね?」
「まあな、一応、俺もおめえんとこの先代とは顔なじみだったからな」
「えっ!? 御爺さまと!?」
そうなのか。
いや、ファン君もヨシノさんも驚いているけどさ。
やっぱり、十兵衛さんって実はけっこうすごい人なのか?
何でも、その『壱川』の先代当主の人が、剣術に関して教わりに来たことがあったらしくて、そっちの縁で付き合いがあったのだそうだ。
ファン君がもっと小さかったころに会ったことがあったとか何とか。ヨシノさんは、俺と同じで、元の顔から多少弄っているらしくて、それでわからなかったらしいけど。
今更ながら、十兵衛さんって何者だよ?
本人に聞いても、もう楽隠居の爺だ、って笑ってるし。
ただ、事情を聞いて、ファン君が着物姿だった理由は何となくわかった。
歌舞伎で言うところの女形ってやつらしい。
でも、別にファン君も着物姿で、機械に乗り込んだわけじゃないらしいから、どうして、着物姿だったのかは、結局本人にもわからないみたいだけど。
まあ、仕草はどことなく女性っぽいよな。
さっきまで着ていた赤い着物は『赤姫』って呼ばれる衣装の種類のひとつらしい。
襲名披露を終えて、舞台にあがるようになったファン君にとっては、姫役ってのは、大切な人気役のひとつなのだとか。
ともあれ。
ゲーム内でのスキル構成とかも、『ギフト』を選んだせいか、ちょっとは現実の職業に寄ってしまっているらしく、種族はドワーフでも、職業は『踊り子』で、スキルの中身はやや生産職寄りの踊り子風味って感じの内容になってしまったとのこと。
「『歌』とか『舞踊』のスキルもありますね。ですが、戦闘面ではあまりお役に立てるスキルがありませんので……申し訳ありません」
「そのために、私がいますしね」
一方のヨシノさんは、自分でスキルなどを選んだらしく、人間種でやや剣士寄りで、それプラス、盗賊というか、暗殺者というか、そっち側のスキルも混ぜたような感じになっているのだとか。
気配察知とか、隠密とかが得意な剣士ってところだろうか。
なるほどな。
「ちなみに、リディアさんはどういう職業の方なんですか?」
「うん? 職業? 冒険者」
「いや、あの、そうかも知れませんけど」
大別するとギルドに参加している人は全員冒険者になるんじゃないのかね?
ただ、本人の話だと、職業は本当に冒険者らしい。
そういう場合って、職業の特性とかってどうなるんだ?
まあ、確かに、本職の『冒険者』ってのもいてもおかしくはないよな。
というか、説明の言葉が簡潔すぎて、かなりわかりにくいんだよな、この人。
一応、強い冒険者のNPCってことで間違いないみたいだけど。
「まあ、あんまりぼやぼやしてねえで、そろそろ、その採掘所か? そっちに向かおうぜ」
「そうですね」
十兵衛さんの提案に、俺も、ファン君もヨシノさんも頷く。
まあ、護衛の人もいるし、俺や十兵衛さんもファン君のフォローはするから、町の外でも何とかなるだろ。
こうして、俺たちは町の外にある採掘所へと向かった。
このお話はフィクションです。当たり前の話ですが。
元ネタは現実のものを参考にしていますが、同じであるとは限りません、とだけ。
おかしな部分は自分の不勉強です。
その辺りは、要精進ですね。
それぞれの専門職の修行時代の資料とか、良いものがあれば参考にしていきたいです。




