第27話 農民、護衛の人に押し倒される
「……えーと、これは一体、どういう状況なんです?」
ラルフリーダさんに笑顔で応じた直後、俺の身体は地面へとひれ伏していた。
いや、何が何だかよくわからんのだが。
背中の方に、ずしりとした重みがあるのと、柔らかい感触があるので、誰かに倒されたのは間違いないようなのだが、近づいてくる気配とかも直前までは感じなかったし、あれっ? と思った瞬間には、今の体勢にされてしまっていたのだ。
てか、後ろで関節を決められているのは、地味に痛いぞ?
「ごめんなさい、セージュさん。私の護衛が少々お痛をしたようです……ノーヴェル、お客様を放しなさい」
「…………お嬢様に、色目使った」
「それは、貴方の誤解ですよ? そのような意図は感じられませんでしたし」
「…………最初が肝心」
どうなるか、身をもって知ってもらう、と背中ごしに声が響く。
声から察するに女性だよな?
どこかしら、ぶっきら棒ながら、可愛らしい声だ。
どうやら、俺、ラルフリーダさんの護衛の人に押し倒されたらしい。
完全に不意を突かれていたから、まったく対応することができなかったんだが、今も、きっちり押さえつけられて、ほとんど身動きが取れない状態だ。
何とか、顔だけ前の方を向くと、困ったような表情で苦笑いをしているラルフリーダさんとか、まったく気にも留める様子がない、カミュやグリゴレさんの姿も見えた。
うん?
もしかして、これってよくあることなのか?
「とにかく、離れなさい。貴方の気持ちはありがたいですが、いつもこのようなことでは困ります」
「…………わかった。今日のところは脅しだけ」
その言葉と同時に、俺にのしかかっていた身体の重みが消える。
いつまでも床にひれ伏しているわけにもいかないので、何とか身体を起こしつつ振り返ると、そこにはすごく綺麗な女性が立っていた。
スレンダーで色黒の美人さん。
いや、美人なのもそうなのだが、顔はどこかネコ科の生き物を思わせるというか、耳などが普通の人間のそれとは全然違うのだ。
獣人の人、か?
うん、そっちも気になるのだが、それ以上にまずいのが、その服装だ。
黒系統の身体にぴたっと張り付くような衣装で、そのおかげで少々目のやり場に困るというか、細身の身体なのに、胸だけはご立派というか、さすがにゲームと言えども、ちょっと俺的にも直視しづらい感じのスタイルというか。
女性的な身体のラインがもろに出てしまっている感じなんだが、この人。
そんな俺の視線に気付いたのか、睨んでいる目つきが少しきつくなる。
「…………男はみんな野獣。お嬢様には近づけない」
何だか不潔なものを見る目で、その護衛さんに見られた。
いや、そう思うなら、もうちょっと服装の方を考えて欲しいんだが。
さすがに少しばかり刺激が強すぎるぞ?
「ははは、相変わらずの男嫌いだな、ノーヴェルも」
「あー……セージュ、あんまり気にしない方がいいぞ? 俺も最初は同じような感じで睨まれたからな。この黒豹の獣人にとっては、すべての男は町長をたぶらかす悪い奴なんだとさ」
「真っ直ぐで良い子なのですけどね。ちょっと、行き過ぎることがありますのが、玉に瑕です」
カミュ、グリゴレさん、ラルフリーダさんが、それぞれフォローしてくれた。
いや、カミュに関しては、面白がってるだけだよな?
ただ、そのノーヴェルさんのことも教えてはもらった。
ラルフリーダさんの護衛のひとりで、黒豹の獣人。
どうして、そんなセクシーな服装をしているかというと、護衛任務のために、自分の能力に最適化しているからだそうだ。
さっきも、気配も感じさせずに、俺を押し倒したが、そういう風に動くためには、今の服装でないと都合が悪いのだとか。
ただ、そのおかげで、周りの男性から変な目で見られるせいか、より一層、男嫌いが進んでしまったとか何とか。
元々は、ラルフリーダさんを敬愛するだけの可愛い女の子だったらしいのだが。
「…………余計なことまで教えないで」
うーん。
少し照れて赤くなる辺り、本質的には悪い人じゃなさそうだ。
ただ、このノーヴェルさんもそうだが、家の前にいた銀狼のクリシュナさんとかも含めて、ラルフリーダさんの護衛の人たちは、本当にラルフリーダさんのことを大切に思っているらしく、過剰な防衛になってしまうことはよくあるそうだ。
「まあ、ラルのやつに変な感情を向けなければ大丈夫だぞ。ノーヴェルも、自分の身体をやらしい目で見られるだけなら、そこまで攻撃的にならないしな」
「…………うん。でも、お嬢様に色目を使ったら、殺す」
「いや!? けっこう物騒だぞ!?」
サラッと殺意を向けてくる辺り、安心できる要素がないぞ?
ともあれ、ノーヴェルさんほど極端ではないが、ラルフリーダさんの家にいる人たちは、それなりにそっちの傾向が強いので注意するようにとカミュから警告された。
まだ他にも、別の護衛さんや、身の回りのお世話をする人がいるそうだ。
「ふふ、それじゃあ、セージュが殺される前にとっとと帰るか。ラル、もう要件は済んだんだろ?」
「はい。みなさん、ご足労ありがとうございました」
そんなこんなで、ラルフリーダさんに見送られながら。
ノーヴェルさんには睨まれながら。
俺たちはその場を後にした。




