第22話 農民、オレストの町の料理を食べる
「はーい、お待たせー。こちらが本日のおすすめだよ」
そう言いながら、ジェムニーさんが持ってきた料理を、俺たちの前へと並べる。
ひとつめの皿には、こんがりと焼かれた骨付きの肉と、付け合わせなのか、それとも、そっちも料理のひとつなのか、茹でた芋っぽいものが皮ごと、何個も乗せられている。
そして、ふたつめの深い器には、スープが注がれていた。
以上の二品で、『大地の恵み亭』本日のおすすめ、らしい。
「こっちのが、ぷちラビット焼きだねー。で、こっちのがノーマルボアのスープだよ」
「あ、やっぱり、スープの方が蛇肉なんですね?」
「うん。蛇肉と、この町で作ってる野菜を煮込んだものだね。お客さんみたいな、迷い人にとっては、見た目ちょっとグロいかもしれないけど、ドランの料理の方では美味しい方だと思うよ?」
「おい! ジェムニー! 一言余計だぞ!」
「あー、ごめんごめん」
ジェムニーさんの料理の説明の途中で、店の厨房からのお怒りの声が飛んだ。
あ、ドランさんちょっと怒ってるな。
まあ、そりゃあそうだろうな。
いくら、NPCって言っても、料理人の人の前で、さっきから、ここの店の料理は美味しくないだの、口に合わないんじゃないかだの言ってればなあ。
うん、俺も気を付けよう。
ともあれ、スープの方がドランさんの自信作ってことらしい。
中に入ってるのは、葉物系の野菜とぶつ切りにされた蛇肉みたいだな。
スープの色自体は薄めというか、白湯スープとかに近いような気がする。
まあ、さっきのカミュたちの話だと、塩ベースの味付けらしいから、そうなって当然っちゃあ当然なんだが。
こんなファンタジーっぽい世界で、いきなり、醤油味とか味噌味の料理を出されても、それはそれでちょっと、って感じだしな。
「ちなみに、うさぎの焼肉の横に大量に添えられた芋は何ですか?」
「あー、そっちもこの町の畑で作ってる芋だよ。『アルガス芋』って言って、アーガス王国から北の方でよく食べられてるかな」
「一応、この辺の主食だな。暑さ寒さに負けずに育ってくれるので、雪のない地方だったら、一年中栽培できるんだ。やっぱり、年中食べられる食材ってのは貴重だからな」
「へえ、そいつはいいな」
ジェムニーとカミュがそれぞれ教えてくれた。
こっちの世界にも小麦やライ麦はあるらしいんだが、どっちもこのアルガス芋と比べると、育つ環境とか、時期を選ぶのだそうだ。特に小麦の方が。
なので、場所によっては、芋が主食になっているところも多いそうだ。
このオレストの町の場合も同様で、芋が主食で、それプラス畑で獲れた野菜とか、森の中に生えている野草や山菜、それに、モンスター食材としてのうさぎ肉と蛇肉。
そんな感じになっているらしい。
なので、大体のお店のメニューには、何らかの形で、この芋が出されるのだとか。
ふーん?
あれ? だったら、別にどこの店でも芋料理は食べられるってことじゃないのか?
さすがに芋だったら、俺たちみたいな迷い人でも問題ない気がするんだが。
「でも、芋ばっか食ってると飽きるぞ? こういうのは、他の何かと一緒に食べるもんだろ、普通」
「味が淡泊だからねー。この辺だと、基本塩味だけだから。まあ、食べてみればわかると思うよ?」
「そうだよ、セージュ。とりあえず、食ってみろよ。ある意味、あんたの評価がここの料理をどう感じるかの、迷い人の基準になるからな」
「いや、それはちょっと重いっての」
というか、俺の味覚を基準にしない方がいいぞ?
一応、食べ物を作ってきた側としては、味に関して言いたいことがあっても、料理自体を否定することはないからな。
まあ、例外は、自分たちの育てた野菜とかを、料理で台無しにした場合か。
そういう場合は、とりあえず、お前、野菜に対して土下座しろよとかは思う。
せっかく良い素材なんだから、ちゃんと調理してくれよ、って感じで。
ともあれ。
ふたりがじーっと食べるの見つめてくるので、食べづらいことこの上ないんだが、その空気の中で、料理を口へと運んだ。
てか、店の奥から、ドランさんも気にしてるみたいだし。
「あー、うん、なるほどな……美味いと思いますよ?」
「……おい、セージュ」
たぶん、俺の言葉から何かを嗅ぎ取ったらしい、カミュが半眼を向けてくる。
いや、だって、仕方ないだろ?
この空気の中で、あんまり美味しくないですとか、何だかちょっと今ひとつだとか、言えないだろ、普通。
周りの人たちは美味しそうに食べてるんだから。
実際、不味いってところまではいかないぞ?
ただ、それでも、なんだよ。
まず、ぷちラビットの焼いたやつ。
向こうでも野生のうさぎ肉は食べたことがあったんだが、もうちょっと味に旨みがあったような気がするんだよな。
さっき、カミュと解体した時も、そこまで肉の質が悪くなるような処理はしてなかったような気がするんだが、それにしては、何だろう、下処理を失敗したような感じの今ひとつな味と、旨みがほとんどなくて、塩味と焼いた香ばしさで何とか食べられるかな、という感じの味。
あれ?
もしかして、素材ごとに処理した人も、そのタイミングも違うのか?
あ、そっか!
そっちが正解なのかも知れないな。
カミュも言ってたもんな。
解体ができなければ、冒険者ギルドに素材を買い取ってもらう時に、解体料金を取られるとかどうとか。
ということは、処理をすぐ行わずに、冷却もせずにそのまま放置された素材とかも、普通に流通するってことだよな?
専門の狩人ってより、冒険者によって持ち込まれる素材の方が多そうだし。
いや、まあ、こっちの世界みたいなところだとそれが普通なのかも知れないよな。
向こうでも、ジビエの肉が臭いとか不味いっていう人のほとんどは、処理に失敗したか、例え正しい手順を踏んでいたとしても、獲物が死んでから大分時間が経過していたか、とにかく、下処理が悪かったものを調理したのに当たったからだろう。
冷却と血抜きを即座に手早く行えば、鹿肉とかの臭みとかも最小限に抑えられるしな。
とりあえず、ドランさんの手前、不味いとまでは言わないが、俺たち基準としては、決して美味しいものではないのも事実だ。
本当は、うさぎの肉ってもっと美味しいものだと俺は思ってるし。
ただ、その辺は、察してくれって感じでカミュに目配せする。
すると、向こうもそれを感じ取ってくれたらしく、やれやれという感じでため息をついた。
「まあ、いいや。細かい感想については、後で聞かせろ。それより、そっちの蛇のスープはどうなんだ?」
「いや、こっちは俺は嫌いじゃないぞ? 蛇を食べることに抵抗がなければ、美味しいって言うんじゃないのか?」
「ふんふん、向こうの迷い人さんでも、そういう意見、っと。さすがはドランの自信作だねー」
ジェムニーさんが少し嬉しそうに言う。
あー、ただ、ごめんなさい、ジェムニーさん、ドランさん。
これも、やっぱり、気になるところがあるんですよ。
食感のぶよぶよ感は、たぶん、迷い人の中でも好みがはっきりと分かれるだろうし、味付け自体も、それなりに、蛇の生臭さが出てしまってるんだよな。
こっちは、素材自体の状態もさることながら、もうちょっと臭みを抑えられるようにしておかないと、蛇料理初心者にとっては、辛いものがあると思うんだ。
まあ、俺も、ノーマルボアクラスの大蛇とかは、さすがに食べたことがないから、実はこのくらいの大味でも普通なのかもしれないけどな。
蛇の肉って、肉質自体は淡泊なので、スープの臭みとか全部染み込んじゃうんだよな。そのまま、じっくり煮込んでダシみたいなのをとってるのかも知れないけど、もうちょっと下処理をしっかりしないとまずいと思う。
煮込まれてる野菜の味よりも、臭みの方が強いし。
ただ、率直な話、食えないってレベルでもない。
たぶん、塩味の『なんちゃってビーフシチュー』とかよりは、こっちの方が食べたいと思うのが普通だろうし。
人間、多少なりとも旨みがないと、食事を食ってる感じがしないんだよな。
まあ、うさぎと蛇はそんな感じだが、そんな中でも、芋に関しては美味しかったぞ。
この、アルガス芋、か?
見た目は、手のひらサイズの楕円形の芋なんだが、味とか食感とかは、じゃがいもとはちょっと違う感じの芋だ。
どっちかって言えば、タロイモとかに近いか?
ねっとりとした感じもあって、タロイモと長芋の中間ぐらいの食感がした。
まあ、多少はねっとりしてるが、芋だけあって、それだけで食べ続けると、口の中がパサパサになるんだが。
ただ、味は悪くなかった。
下手をすると、この芋が、この中では一番、日本人に受け入れられるんじゃないか?
さすがに、ゆでて塩を振っただけの芋が一番って言うと、作ったドランさんががっかりしそうだから、直接は言わないけど。
少なくとも、クセが強くないので、受け入れやすいとは思った。
「ふうん、どうやら、アルガス芋はなかなか重要らしいな」
「あー、だったら、魔素料理も芋料理にしておこうかな?」
「えーと……それは勘弁してください、ジェムニーさん」
別に、そういう意味で芋が美味しかったって感じてるわけじゃないんで。
魔素料理に関しては、見た目と味の落差が問題なんですってば。
まあ、茹で芋くらいだったら、そこまで美味しさに期待もないだろうから、がっかり感も少しは薄れるのか……?
いや、でも、この町の普通の料理でも同じ芋料理が出てくるんだろ?
それはちょっと紛らわしいよな。
とりあえず、その後も、味に関してはそれとなく、ぼかしつつ、色々とカミュと話をしながら、食事を取り終えた。
何だかんだで、腹が膨れた感覚はあって、ゲームでも飽満感とかがあるんだなとは感心した。
「おーい、ドラン、美味い飯ありがとな。精算を頼む」
「……ジェムニーの料理の分だけでいい。俺の分は金はいらん」
「え? 何でだ?」
カミュが不思議そうにそう尋ねると、そのドランさんの目が俺の方へと向けられて。
「その代わり、おい、お前……名前は?」
「あ、はい、セージュです。セージュ・ブルーフォレストって言います」
「よし、セージュ、ただにする代わりに、また飯を食いに来い。次こそは、お前が満足するものを出してやる」
「えっ!? いや、あの……えっ!?」
うわ、何か、変なこと言い出したぞ、ドランさん。
というか、俺なるべく表情に出してないつもりだったんだが、もろバレだったらしい。
どうやら、目の前の料理人のやる気に火をつけてしまったようだ。
一方、横で、成り行きを見ていたカミュは、心底面白そうな表情で。
「あ、なるほど、それはいいな。ははは、おい、セージュ。これは、ドランからの挑戦状だぞ、さすがに逃げるわけには行かないよな?」
いや、ちょっと意味がわからんのだが。
別に俺、『こんな飯が食えるかっ!』って感じの美食キャラじゃないぞ?
と、ポーンという音が頭の中に響いて。
『クエスト【日常系クエスト:ドランからの挑戦状】が発生しました』
『注意:こちらは強制クエストです。もし断った場合、今後、このお店で料理が食べられなくなります』
いや、ちょっと待て!?
これ、逃げられないのか!?
ただ、飯を食いに来ただけなのに、何だか変なことになってきている気がする。
「セージュ、また、飯を食いに来い」
「……わかりました。俺でよければ、喜んで」
そう答えるしかないよな。
てか、横で笑ってるカミュ、後で覚えとけよ。
絶対に、カミュがこの流れの原因だろうに。
何はともあれ、そのまま、残りの分のお勘定をカミュが支払って。
ドランさんとジェムニーさんに見送られながら、俺たちは『大地の恵み亭』を後にした。




