第21話 農民、魔素料理に驚く
「はーい、できたよ、お客さん。まずは、わたしが作った魔素料理の方ね。本日の魔素料理は『ビーフシチュー』と『サラダ』、それに『パン』のセットね」
「ありがとうございます、ジェムニーさん。へえ……これが魔素料理、ですか? 美味しそうですね」
どんな料理が出てくるか心配だったけど、テーブルの上に並べられたのは、俺もよく知っているような、普通のビーフシチューやサラダだった。ビーフシチューの方は、しっかりと煮込まれた肉と野菜という感じで、美味しそうだし、表面がぐつぐつとしていて、湯気も立っている。
あつあつのビーフシチューという感じだ。
それに、サラダの方もレタスやトマトとかにドレッシングがかかっている感じで、こっちも普通にきちんとしたサラダだよな。
パンも、何のへんてつもないパンだし。
これが、魔素料理、か?
「カミュ、これのどこが、微妙な料理なんだ? どこも変なところは感じないぞ?」
「ふふ、まあ、一口食べてみろって。話はそれからだ」
にやにやとどこか人の悪そうな笑顔を浮かべつつ、カミュがそう、食べるように促してきた。
うーん。
今日、ここまで接してきたイメージで、カミュの性格が何となくわかってきたんだが、そこから感じるに、今のカミュには嫌な予感しかしないぞ?
もしかして、目の前のビーフシチューって、罰ゲーム的な味なのか?
まあ、それ以上は、食べるまで答えてくれないようなので、俺も恐る恐る、ビーフシチューを一口分だけ、スプーンで口へと運ぶ。
「………うん?」
なんだこりゃ。
いや、嫌な予感に反して、そこまで不味い味じゃあなかった。
ただ、単純に、だ。
「味がないぞ……このビーフシチュー。いや、違うか、しょっぱさはあるか……え? 何だこれ? それに、飲み込んだ途端に、口の中から消えてなくなるような……は?」
少なくとも、同じようなものは食べたことがないぞ?
咀嚼して、ごくんと飲み込んだ瞬間に、その食べたものが身体に同化するというか、吸収されるような感じがして、それで――――なくなるのだ。
何だよ、これ。
一応、何かを食べているって感じはするんだが、食べ物を食べてるって感じじゃないぞ。
というか、視覚的には、どこからどう見ても美味しそうなビーフシチューだけに、味と食感の落差がひどい。淡い塩味はするけど。
何だか、狐に化かされているような変な感じだ。
いや、もしかすると、VRの世界での食事って、こんな感じが限界なのかも知れないけどさ。何というか、本当にがっかりな味だ。
「何だよ、この、がっかり料理……」
「ははは、それ、魔素でできた料理なんだからな。基本、魔素由来の魔法食材ってのは、これに限らず味がないからな。それだけで食べれば、食べた気がするってだけさ」
「一応、塩味は付けてるよ、お客さん。さすがに、まったく味がないと本当に食べにくいからね」
「いや……これも十分食べにくいですよ?」
本当に、見た目と味のイメージが一致しないと、ここまで変な感じになるとは思わなかったぞ。
向こうのテレビとかのネタ番組でもたまにやってるが、見た目は唐辛子をたっぷり入れた激辛キムチ鍋なのに、実は、一口食べると滅茶苦茶甘い味付けだったりすると、脳がパニックを起こすのだ。
麦茶とそばつゆ理論って言い換えてもいい。
とにかく、今まで培ってきたはずの味のイメージが崩されると、ものすごい違和感だけが残って、変な感じになるのだ。
この驚きってエッセンスを上手に使うと、美味しさの要素にもなるんだろうけど、この目の前のビーフシチューの場合、何というか、悪意しか感じないぞ?
どっちかと言えば、嫌がらせに近いというか。
これはこういうものだって、認識した上で何口か食べたら、ある程度は落ち着いては来たけどさ。
「でも、セージュ、食べたら、空腹は収まったんじゃないか?」
「え……? あ、そういえば、そう……かな?」
この『なんちゃってビーフシチュー』を口に運んだ後は、さっきまでの倦怠感が大分収まってきているのに気付く。
口の中で消えてなくなって、吸収されたのを感じたが、それが、空腹状態を埋めてくれているってことなのか?
「だから、さっきもジェムニーが言ったろ。空腹状態を回復するためのアイテムって扱いに近いって。味もへったくれもないから、食事したって満足感もないだろうが、まあ、腹は膨れるって代物だな」
「何で、味がないんだよ?」
「だから、味に関する情報が足りてないんだって。魔素だから、あんたらの世界の料理の見た目だけコピーできるが、それを作るための味がある食材が欠けてるんだって。そもそも、まともな調味料で、この町で入手できるものと言ったら、塩ぐらいしかないしな」
「ええっ!? そうなのか?」
何でも、カミュの話だと、こっちの世界の料理って、あんまり調味料のたぐいに関しては、発達していないらしい。
というか、各国で地方によっては、香辛料とかが採れる場所もあるそうだが、そもそも、ほとんどが野生のもので、量産できていないので、産地から離れてしまうと、調味料に関してはものすごく高価になってしまうのだそうだ。
その辺は、向こうで言うところの大航海時代のコショウとかとおんなじだよな。
しいて言えば、塩に関しては、ある程度はあっちこっちで入手可能とのこと。
いや、だから、そういうとこまでリアルに作るなっての。
向こうと比べると食事のレベルが相当に低いぞ、こっちの世界って。
さすがにテスターとしての報告案件だろ、これ。
「牛肉自体は、教会にホルスンがいるから、何とか、だけど。他の野菜とかそれ以外のものについてはちょっとね」
「おい、ジェムニー、ホルスンはダメだぞ。あれ、そもそも肉を食べるために飼ってるんじゃないからな。基本は寿命で亡くなったホルスンを供養するってだけなんだし。あたしはそんなに忌避感はないが、教会の中には、ホルスンを食べるのを嫌がるやつだって多いんだからな」
「うん、じゃあ、牛肉もダメだね。ふふ、残念」
何でも、カミュによると、教会の場合、ホルスンを飼っているうちに情が移ってしまう人なんかも多いらしくて、なるべくだったら供養してあげたいって風習があるそうだ。
もちろん、飢えがひどい地方だとその限りじゃないらしいけど、少なくとも、この町では難しいって感じらしい。
要は、お前はペットを食べるのか? って話らしい。
いや、でも、町の外にいるモンスターは食べるんだよな?
「まあ、その辺は、色々と複雑なんだよ。手前勝手な話だろうが、革とかを加工して、形見として持ってるってのも供養って理屈だしな。ま、要は、まだそれなりに余裕があるってことでもあるよな。そもそも、貧すれば、選択肢なんてありゃしないし」
「この町は魔境に近いからね。そういう意味じゃ、多少ははぐれモンスターを狩っても、すぐ増えるし。他の、はぐれモンスターが少ない上に、土地が痩せてるところとかは、もうちょっと大変かな」
「って、話が逸れたな。少なくとも、今のところは魔素を使わずに、この料理を再現することはできないってこった」
「だから、わたしの魔素料理は見た目だけだね。味はさておきって」
「はあ……わかりました」
とにかく、味はないけど、魔素料理で空腹は埋めることができる、と。
でも、それなら、いっそのこと、水とかでもよくないか? とは思う。
「え? でも、見た目だけでも美味しそうな方がよくない?」
「いえ、見た目が美味しそうな分だけ、がっかり度も大きいんですって」
「ふんふん、なるほどね。その意見はちょっと参考にさせてもらおっかな。お客さんの他の迷い人さんにも聞いてみるね」
「おーい、ジェムニー! こっちの料理もできたから、持ってってくれ!」
「あ、はーい。それじゃ、お客さんちょっと待っててね」
厨房からおやじさん……ドランさんって名前らしい、そのドランさんから声をかけられて、ジェムニーさんがいそいそと厨房の方へと戻っていく。
今度は、この町の名物料理を持ってきてくれるそうだ。
名物ってことは、ぷちラビットとか、ノーマルボアとかの料理ってことか。
目の前のサラダやパンなども口にしつつ、そんなことを考える。
ていうか、念のため、どっちも試してみたけど、サラダもパンも、味はやっぱり、『なんちゃってビーフシチュー』と変わらないのな。
あのさあ。
いっくら、見た目でバリエーションを増やしても、味が塩味じゃ、結局、何を食べても一緒じゃないかよ。
やっぱり、空腹状態の方を設定し直してもらった方が早い気がするんだが。
後は、こっちの普通の料理の味の方をチェックしてからだな。
もしかしたら、案外美味いかもしれないし、この町の蛇料理って。
とは言え、あんまり期待はせずに、俺は残りの料理が届くのを待った。




