第15話 農民、事件の目撃者になる
「お、そうだそうだ、忘れるとこだった。嬢ちゃん、ちょっといいか?」
「あん? 何だ、改まって?」
すでに、ラースボアの解体作業はある程度終わっていた。
なので、俺とカミュ、そして、十兵衛さんの間にはほのぼのした空気が漂っていたのだが、そんな空気をぶち壊すかのような殺気が辺りを包み込んだ。
――――っ!?
何だこれ、いきなり!?
そこで、俺は十兵衛さんのスキルの中に『威圧』のスキルがあったことを思い出す。
これって、『威圧』スキルってやつか?
どうやら、そのスキルはカミュに対して向けられているようなのだが、少し離れた場所に立っている俺までも、思わず、身をすくめてしまうような感覚に襲われる。
何か、強制的に、心底まで凍らせるような恐怖感を呼び起こされたというか。
いや、てか、なんでこんなことになってる!?
「おい……何の真似だ?」
さっきまで温厚そうだったカミュが真顔で、十兵衛さんを睨みつけている。
明らかに、殺気を向けられたことに対して怒ってるよな。
「いや、なあに、手前強ぇなって思ってさ。だったら、こうした方が面白ぇじゃねえか」
「本気で言ってるのか?」
「ああ。やっぱな、弱ぇやつ虐めて悦に浸るのは趣味じゃねえんだわ。さっきの化けもんも中々だったが、手前はそれ以上じゃねえかって、俺の勘が騒いでるんでな」
だからだな、と十兵衛さんが獣じみた目をして。
ああ、そうだ、と俺は横で見ながら思う。
今の十兵衛さんの目は手負いの熊が雄叫びをあげた時の目だ、と。
いや、それだけじゃないな。
どこか、愉悦というか、渇望か?
強さに対する飢えを感じさせるような目をして、カミュを睥睨している。
同様に、睨むような目つきをしていたカミュだったが、そこで軽く嘆息して。
俺と初めて会った時のような自然体に戻って。
「手加減しないぞ。正直、面倒くさいんだが」
仕方ない、といった感じでカミュが半身の構えを見せる。
それにしても、あの金髪シスター、この殺気の中でもまったく意に介す様子がないよな。
この程度の命のやり取りはよくあることだ、とでも言わんばかりに淡々としている。
「ありがてえな」
そう礼を言うが早いか、十兵衛さんが動いた。
――――ってか、速いな!?
さっきも遠くからラースボアと戦っている姿は見ていたが、目で追うのがやっとの速さだ。
正直、同じことをやれって言われても無理な気がする。
ここがゲームの世界だからってだけでもなさそうだしな。
「――――ちっ!」
一気に間合いを詰めて、十兵衛さんがそのままカミュの胸元へと一太刀する。だが、それは当然のようにメイスで阻まれると、すかさず方向を変えた剣戟が連続で繰り出されていくのがかすかに見えた。
もう、俺の目じゃ、追いきれない攻撃もあるな。
にも関わらず、カミュも手持ちの武器で対応しつつ、躱せるものはきっちりと避けている。
レベルとか、かなり高そうだったが、やっぱり強いなカミュも。
あの速さの剣戟についていって、きっちりいなしている。
何度か、十兵衛さんは刺突も使っていたようだが、それもメイスで剣筋を変えて、身体には当たらないようにしているし。
と、十兵衛さんが左右への動きを増やした。
別のゲームなどで見たような、アーツじみた動き。
それに加えて、踏み込みを左右にずらすことで、フェイントのような切り込みが混じり始めた。
すげえ! 面白い!
何か、俺、ただ見てるだけだけど、トッププレイヤー同士のバトルを見ているような感じで、お互いの動きが流水のように噛みあってるんだよな。
ちょっとした舞踊を見ているかのようだ。
まあ、当のふたりは必死なんだろうけど。
こっちはたったひとりの観客って感じで、ゆっくりと見させてもらおう。
ただ、俺の目もすごくなってないか?
普通だったら、目が追い付いて行かない気がするような動きまで何となくわかる気がするんだよな。
オリンピックのフェンシング競技とかですら、スローモーションにならないと、どういう攻撃だったのかってのが見えないはずなのに、たぶん、今目の前で展開している切り結びって、それよりも速いよな?
なのに、目がついていっているのだ。
今も、十兵衛さんがフェイントを交えて、カミュの姿勢を崩そうとしてるんだけど、カミュの方も半身と足さばきだけで、それに対応しているのだ。
金属同士が打ち合う音だけが、辺りに響いて、その音の間隔もどんどん短くなっているぞ?
おい、どこまで速くなるんだよ?
「はっはっは! やっぱり、強ぇな、手前!」
「あんたもな! ――――くっ! 防戦一方なんて久しぶりだよ!」
いや、何か、どっちも少し楽しんでないか?
お互い、アドレナリンが出過ぎだろ?
「もうちょっと長く楽しみてぇんだが……ちと、俺も限界だ。いくぜ――――っ!」
「――――っ!?」
やべえっ!?
マジで何にも見えなかったぞ?
十兵衛さんが、一気に間合いを詰め――――ようとしたのは見えたんだが、次の瞬間にはその手に持っていた剣の刃が真ん中から折れて、空中を飛び散っている絵と、カミュが右手に持っていたメイスじゃなくて、左手の手刀で十兵衛さんの持つロングソードとその奥にある身体ごと、手で貫いている姿があって、そこだけゆっくりと目に映った。
「ぐはっ――――!? ……やっぱり、強ぇな……」
そう一言だけ残して、十兵衛さんが事切れた。
で、少しの間、身体から血が流れていると思ったら、その身体が白い光に包まれて、瞬く間に光の粒子となって消えてしまった。
なるほど。
今のが『死に戻り』ってやつか。
血が流れるところまでは、けっこうリアルだったような気がするぞ?
一方のカミュの方を見ると、突き刺して、血塗れになっていたはずの左手も、十兵衛さんが消えるのと同時に、血も一緒に世界へと溶けてなくなったようだ。
すでに、カミュは何事もなかったかのように、ため息をついている。
「やれやれ……おい、セージュ」
「なんだ?」
「あんたの世界の連中って、みんなこんな感じなのかよ?」
「そんなわけないだろ。俺だって違うし……まあ、そういう人もいなくはないとは思うけどな」
さすがに今の十兵衛さんみたいなのは極端だろうけど、ゲームってことでひたすらに修羅道を極めんとしている物好きなプレイヤーは一定数はいるだろうし。
俺がそう伝えるとカミュが心底面倒くさそうな顔になる。
「……さすがにいちいち相手するのは、あたしも嫌だぞ。仕方ない、ちょっとエヌと罰則規定を適用できるか、相談してみるか」
と、カミュが自分のステータスウインドウを呼び出して。
そして、何やら色々と操作しだしたかと思うと画面に向かって話をし始めた。
「おい、エヌ。『迷い人』の中に、一部、危険因子が混じってるようだぞ。必要に応じて、教会の『危険生物指定』を下しても構わないな?」
『はいはい。うん、こうじょりょーぞくにはんするこういはそれでいいよ。していしたひとについてはこっちでもちぇっくするからね。それでもんだいなければ、せっていのほうをいじるようにするから』
「具体的には、どうするつもりだ?」
『つうかくのけいげんをかいじょ。じっけんちゅうの『うわさねっと』とおなじあつかいになるよ。かそうげんじつできずをおっても、げんじつにふぃーどばっくするようにね』
「え!? おい、それで良いのか?」
『うん、そのへんはすのーとのはなしあいがすんでるから。ぼくのせかいですきかってやってもんくはいわせないよ』
「わかった。じゃあ、教会としてもそういう対応で行くぞ」
『どうぞどうぞ。あ、かみゅ、『うわさねっと』の『けいじばん』のほうにもふきこんでおいてね。けいこくしておかないと、まよいびとのひとたちかわいそうだから』
「わかった」
そう言って、その、カミュとどこかの誰かとの会話は終了した。
ってか、今のってGMコールだよな?
エヌって人がGMって感じだろうから。
それにしては、随分と舌足らずなしゃべり方をしていたような気がするが。
どっちかと言えば、かなり子供っぽい感じだったぞ、そのエヌって人は。
「なあ、カミュ……」
「ちょっと待ってくれ。説明は、こっちの作業が一通り終わってからな」
そう言って、今度もステータスの画面をいじりながら、何やら言葉を吹き込んでいくカミュ。
ちょっと小声だったせいで、何を言ってるかまではわからなかったが。
というかさ。
十兵衛さんの暴走もそうだけど、そのおかげで、ラースボアの素材が放ったらかしになってるんだが。
仕方ない、カミュが別の作業をしている間、俺も残りの解体を続けるとしようか。
さすがに色々と聞きたいことがあるしな。
ステータス画面の使い方についてとか、さっき十兵衛さんと戦った時のカミュの能力とか。
……待てよ?
それにしても、ステータスウインドウ、か。
ちょっと、細かく見てみようか。
俺自身のデータとかとは別に、ログアウトのためのボタンとかもあるんだよな。
あ、『噂ネットワーク』って項目もあるな。
そのボタンに触れると、『けいじばん』っていう項目が現れた。
あ、なるほど。
さっき、カミュとエヌさんが言ってたのはこれか。
へえ、ゲームの中からも外からも書き込める掲示板があるんだな。
何となく興味を覚えた俺は、解体の作業をそっちのけで、掲示板のページを見てみることにした。




