第14話 農民、エルフ剣士と共に蛇をさばく
「よーし、頭さえ落しちまえば、こっちのもんだ。身体はまだ動いてるけど、後はそのまま、おろしちまえば、ばっちりだ」
「おい、金髪の嬢ちゃん、かっさばくための刃物はねえか?」
「ああ、あたしのナイフで良けりゃ貸してやるよ」
お、何とか、仕留めてくれたみたいだな、十兵衛さん。
それにしても、あんなでっかいモンスターの首を剣で飛ばせるんだな。
ほんと、実際に斬り離された首と胴体を見ても信じられないよ。
そんなことを考えながら、俺も、穴の中から顔を出す。
地上の方では、カミュとエルフの十兵衛さんが、地に倒れて、まだ痙攣した状態のラースボアを、せっせと切り刻んでいるところのようだ。
頭を落としても、まだこんなに動けるんだな。
さすがは、蛇のモンスターだ。
「おーい、カミュ、何とか上手くいったか?」
「ああ、見事だ、セージュ。ってか、穴がでか過ぎだ。後の処理がちと面倒だぞ」
ともあれ、よくやったな、とカミュが満面の笑みを浮かべてくれた。
それを見て、俺も嬉しくなる。
ぶっつけ本番にしては、きっちりと仕事をすることができたようだ。
「おい、嬢ちゃん。そっちが、さっき話してた同行者ってやつか?」
「そうだ。さっき、あのでかぶつを穴掘って落としてくれた功労者だよ。ふふ、あれだけできれば、駆け出しの冒険者としては申し分ないな」
「へえ、助かったぜ、坊主。それに嬢ちゃんもな。お前らが手ぇ貸してくれなかったら、もっと倒すのに苦労しただろうしな。ありがとよ」
にかっと爽やかな笑みを浮かべるエルフの少年。
いや、見た目は俺よりも若い少年って感じだが、実年齢が確か84歳なんだよな?
ってことはどういうことなんだ?
「ああ、そうだな。礼もあったが、お互いの話をしてなかったな。まずは俺からだ。不肖の弟子からの頼みで、このゲームをすることになっちまった爺で、十兵衛ってもんだ。一応、それなりに剣の道を修めてるなあ。そんな感じだから、よろしくな」
「あたしはカミュだ。神聖教会で巡礼シスターをやってるんだ。なんで、あっちこっちの地方の教会に顔を出しては、それぞれの状況をチェックしたりするのが、あたしの仕事だな。今は、そのついでで、冒険者の監督者とかもやってるが、そっちはあくまでも、おまけの仕事だな。で、こっちがあたしが今、監督してる冒険者で、セージュってやつだ」
「セージュです。向こうでは高校生やってます。今は夏休みのアルバイトって名目で、このβテスターに参加してます」
そんなこんなで、蛇をさばきながらも軽く自己紹介が始まったんだが、詳しく話してみると、やっぱり色々と驚かされることが多かった。
十兵衛さんは、このゲームを作った会社の方から、テスターの仕事を頼まれたのだそうだ。
もちろん、直接ってわけじゃなくて、関係者の中に親しい間柄の人がいて、その人にどうしてもってお願いされて、仕方なく参加したらしい。
へえ、テスターってそういう感じで選ばれる人もいるんだな。
てっきり、ゲーム好きで希望者を募って、その中から抽選で、って話だと思ってたんだが。
「ということは、十兵衛さんはこのゲームに興味を持って、参加されたわけではないんですね?」
「おうよ。正直、現実に近いとか言われてもよ、この年でゲームやりてぇってなるわけがねえじゃねえか。まあ、『騙されたと思って』とかぬかしやがるから、上等だこの野郎ってわけで、俺もやってみたんだが、殊の外、面白ぇとは思ったぜ?」
いきなり、あんな化けもんと斬り合えるなんざな、と十兵衛さんが笑う。
何となく、戦うのが好きで好きで仕方ないという感じだな、この人。
向こうでの詳しい肩書とかは知らないけど、お弟子さんがいるってことは、それなりの実力者なのかも知れないな。
さっきの戦いっぷりとかを見ても、いかにも手練れって感じだったし。
「おめえこそ、高校生にしては、少しばかり、蛇をさばくのが慣れ過ぎちゃいねえか? 少なくとも、俺の周りのガキで、そこまで綺麗に切り裂けるようなやつはいなかったぜ」
「その辺は家庭の事情ってやつです。農家に生まれた以上は、自分でやれることは一通りできないと食べていけないんですって」
「成程。農家の倅か」
「ええ、おまけに北海道の片田舎なもんで、普通に野生に片足を突っ込んだようなところなんですよ。今でこそ笑い話ですけど、小学生に鹿を捌かせるなんて、ちょっとどうかしてますよ?」
鶏の内臓を抜いたりするのとは訳が違うだろうに。
今思い出しても、うちの両親の教育ってやつには疑問を持たざるを得ない。
てか、野生の鹿や熊の解体なんて、農場経営の必須スキルじゃないぞ、まったく。
ただ、その話を聞いていた十兵衛さんが腹を抱えて笑っている。
「はは! そいつは傑作だな! しっかし、そっちの方向性は考えてもいなかったぜ。俺もおめえの住んでるとこに道場を構えれば、面白ぇことになったかも知れねえな」
不肖のくそ弟子にも、蛇を捌く練習でもさせるか、と十兵衛さん。
ただ、そんなことを言いながらも、その十兵衛さん自身も、かなり解体作業には精通しているように感じた。
というか、少し離れたところで作業しているカミュもだ。
高校生の俺、見た目は少年で中身は爺さんの十兵衛さん、それにシスター服を着た金髪少女。
この三人がテキパキと巨大な蛇をさばいているのって、かなりシュールだよな。
いや、さすがに、俺もこんな大物はさばいたことがなかったんだが、カミュと十兵衛さんが次々と手頃な大きさに斬ってくれているおかげで、それの処理をすればいいので、何というか流れ作業でできてしまってはいるのだ。
さすがに、血を採っておくのも難しいので、一部をビンに移した後は、その辺に処分してしまっている。
改めて、このラースボアの大きさには圧倒されてしまうしな。
さすがに全長で百メートルはないか?
いや、もうすでに切り刻まれているので、元の正確な大きさはわからないんだが、周辺の木よりも頭ひとつふたつ飛び抜けていたから、それなりの大きさはあったよな。
本当に、こんな太い首を剣で斬ってしまうのだから、十兵衛さんには恐れ入るよ。
「よくもまあ、こんな太い蛇を斬れましたよね。すごいですよ」
「まあ、斬るだけが俺の取り柄だからなぁ。それに、こいつを倒したのは俺だけの手柄じゃねえよ。そっちのカミュの嬢ちゃんが水で包んで動きを止めてくれたのもそうだし、セージュだっけな? おめえが蛇の頭を届くところまで押し下げたから、俺の剣が届いたってだけだぜ。っと……そうだな、さっきは聞きそびれたが、おめえどうやったんだ?」
興味深げに、さっきのことを十兵衛さんが尋ねてきた。
なので、俺も正直にさっきやったことを答える。
「俺、今の種族が穴掘りとかの作業が得意なやつなんですよ。なので、地面の下を掘りまくって、最後に土魔法で落盤を起こしたんです」
俺がさっき思いついたのはシンプルな方法だ。
もぐら族なんだから、穴を掘れるんじゃないか、って。
一応、爪技もあったし、スキルの中に『土中呼吸(加護)』ってのもあったから、最悪生き埋めになっても何とかなるんじゃないかって考えたのだ。
一応、その時、カミュにも相談してみたが。
『なあ、カミュ。俺のスキルであの蛇の下に落とし穴を掘れないかな?』
『土竜の爪で掘り進んで、か?』
『ああ、蛇の下を掘りまくれば、いける気がするんだが』
『だが、あんたのスキルだとまだ成熟度が低すぎるだろ。そんなんじゃ、自分の身体の大きさぐらいの穴を掘るのがいいとこだぞ?』
『それなら……土魔法は使えないか?』
『土魔法の基礎は【アースバインド】だな。確かにそっちも穴を掘ったり、土を積み上げたりするためのものだが、そっちにしたって、成熟度が低すぎるっての。セージュのレベルじゃ、ちょこっとだけ穴が掘れる程度だぞ?』
『だったら、螺旋状に穴を掘ってくってのはどうだ? 薄皮一枚の壁を残して、円錐状の穴を掘って、最後に、壁を土魔法で取り除けば、落とし穴になるだろ』
『あんたなあ……そんなもん、上であの蛇が暴れたら、そのまま落盤するっての』
『それでも、ダメ元で試してみたいんだよ!』
『……わかったわかった。ま、発想は悪くないから、乗っかってやるよ。そうだな……一応、保険はかけさせてもらうからな。あたしの方で、セージュ、あんたに対して、【同調】を繋ぐぞ。そうすれば、地上からでも、どこにいるかわかるようになる。途中で、地面が崩れて、あの蛇に潰されるのだけは防いでやるよ。だから、存分にやってみな』
『ありがとう、カミュ』
後は、もぐら族のスキルで穴を掘り進んでいくだけだった。
いや、俺も初めて、自分で地面の中を掘り進むって体験をしたんだが、意外と息苦しくないのな。
これが『土中呼吸(加護)』の効果なんだろうな。
てか、この『加護』ってのがよくわからないんだが、その辺は、今考えることじゃないってことで放っておいた。
ただ、『土の民』の種族特性なのかは知らないが、穴を掘っている最中でも、掘り始めた場所から、今いる場所までの距離感とか、方角とか、穴の深さみたいなものが何となく感覚としてわかるのには驚いた。
俺自身も、カミュと話している時に思っていたんだが、いざ、穴を掘ったとしても、綺麗な円錐状の穴なんて掘れるのか? って、心配はあったし。
結果として、それは杞憂で済んだ。
地面の中でも何となく、自分のいる位置がわかるのだ。
問題は、地上の方がまったくわからないことだったんだが、こっちとしては、その時は落とし穴を掘るのに必死だったし、それで手一杯だったしな。
なので、地上で、カミュが水魔法を使って、ラースボアの位置を微調整してくれていたのは、後で聞いて驚いたくらいだ。
『発想は悪くないから、もうちょっと頭使えよ。行き当たりばったりじゃ、上手くいくものも上手くいかなくなるぞ』
そう、注意された。
まったくだ。やっぱり、思い付きで行動するのはよくないな、と反省する。
カミュのサポートがなければ、俺だけでは、ラースボアを穴に落とせなかった可能性のが高いのだ。
次は、同じ失敗をしないように気を付けよう、と。
まあ、それはさておき。
十兵衛さんに、その手の説明を一通りしておいた。
「成程なあ、落とし穴かよ。それに土竜種ねえ。地面に穴掘る能力ってのは色々と面白ぇな」
「まあ、十兵衛もエルフなんだから、やりようによっては色々とできるだろ。てか、あたしも気になってたんだが、何で剣士なのに、エルフを選んだ? 他にも長命種で剣が得意なやつがあったと思うぞ」
「俺もよく知らねえよ。俺が決めたんじゃないしな。『別にどうでもいいから適当にやってくれ』って言ったら、こんな姿にされちまったんだよ」
「えっ!? そうなんですか!?」
「あー、なるほどなあ。『ギフト』じゃなくて、『ランダム』かよ。まあ、ある意味それも適当ではあるんだが」
十兵衛さんの説明に、カミュが納得したように頷く。
えーと?
つまり、初期設定の時に、自動で選択されるのって、『ギフト』の他にもあるってことなのか?
「ああ、『ギフト』がいくつものパターンがある場合は、そういう選択もできるんだ。『ギフト』だと、バランス重視で最適化されたものが選ばれるが、『ランダム』ってのは、その手のバランスを無視して、固有魔素に準じた能力が選ばれるってな。はは、道理で、十兵衛の種族やら、スキルやらはちぐはぐなはずだ」
「はん。別に俺としては、これでも構わねえよ。ちとひ弱だが、今の俺ならこんなもんだろ。ここから鍛えればいい」
「まあな。実際、『剣』でも『剣技』でもなく、上位スキルの『剣術』だしな。最初っから、それ持ってるってことは、ほとんど補助がいらないってことだしな。そのレベルでその強さってのも、後々空恐ろしいことになりそうだ」
そう言って、カミュが楽しそうに笑う。
やっぱり、この十兵衛さんって、カミュから見ても強いんだな、と俺が何ともなしに感心していると。
突然、楽しそうに笑っていた十兵衛さんの目が剣呑な感じで光った。
「お、そうだそうだ、忘れるとこだった。嬢ちゃん、ちょっといいか?」




