エルフ剣士、戦う
対ラースボア戦。
十兵衛視点です。
「はっはっは! むかつく程に強えな、てめえ」
『きしゃああああああああっ!』
「甘ぇよ! それじゃ、俺には当たらねえぜ!」
いやいやいや、長生きはするもんだぜ。
俺の不肖のくそ弟子が妙な話を持ってきたと思ったら、こんなに心が躍ることになるとは思わなかったぜ。
これってゲームの中なんだってな?
ここなら、俺の身体もまだ動く。
むしろ、全盛期の時よりも俊敏に動けてるんじゃねえか?
何せ、こんなでっけえ、蛇の化けもんなんざ、こちとら、生まれてこの方、相対したことなんざなかったからな。
それでも、どうにかこうにか、太刀打ちできている。
ああ、俺は強えな。
ここへ来て、はっきりとわかるぜ。
俺の頭上遥か上から、明確な殺意ってやつを感じながらも、笑いが堪えきれないぜ。
狂ったような目。
だが、きっちりとこっちを敵として認識して狙ってきやがるのは、俺のことを餌だと思ってやがるからだな?
ああ、いいねえいいねえ。
また、口から変なもんを吐きやがった。
紫っぽいドロッとした液体は毒か?
はん、さすがは化けもんでも蛇だな。
一端に毒を吐くじゃねえか、って、それ吐いてる時は隙だらけだぜ?
すかさず、尻尾の方へと回り込んで、身体を切り裂く。
『きしゃあああああっっ――――!?』
決して、このデカぶつの皮膚は硬くねえ。
それなりに分厚いし、弾力性があるので適当に斬りかかれば弾かれちまうだろうが、こっちも斬ることに集中すれば、十分に斬れる程度の代物だ。
ただ、俺にも不満がねえわけじゃねえ。
「せっかくの上等な相手なのになぁ。何で、俺の愛刀はここにねえんだろうな?」
ああ、もったいねえ。
存分に切れ味を確かめられる相手が目の前にいるってのにな。
現実じゃあ、真剣なんざ使う機会は少ねえからなぁ。
お座敷剣法が常道としてまかり通る世の中じゃあ、大義名分がねえと何も斬れねえからなあ。まったく、俺にとっては世知辛い世の中だぜ。
『あんたは、生まれる時代を間違えたんだよ』って、平和ボケしたやつらに何回言われたことか。不肖のくそ弟子にもな。
だが、ここなら。
この目の前の蛇の化けもんが相手なら。
俺が普段から抱え込んで、ずっと我慢してきた衝動を解き放っても、別に罰は当たらねえよな?
だからこそ。
「――――このなまくらには大いに不満があるぜ」
胴体ごと突っ込んで来やがる化けもんを避けながら、その身体を斬りつける。
『きしゃあああああっっ――――!?』
痛みに暴れながら、その辺に生えてる木々をなぎ倒しつつ、化けもん蛇が叫ぶのを見ながら、どこか冷静になってる俺もいる。
相手を怒らせるために挑発もするし、この死線を楽しんでもいるが、それでも油断なんざするつもりはねえ。
ただ、なあ。
ダメージはそれなりに通ってるんだろうが、この化けもんも、化けもんなりにタフだ。
この剣も振るい慣れた刀とは違って、切れ味はいまいちだが、それなりに丈夫にはできているだろう。
だが、本来、叩き斬るための剣で斬ることに集中するのって大変なんだぜ?
同じぐらいの体格のやつ相手なら、この剣でもいいだろうが、こういう化けもん相手にゃ向かねえな。
大いに物足りねえぜ。
さっきから、延々と斬り裂いてるのに、堪える感じがねえ。
尻尾も何度か分断した。
だが、その傷の部分からちょっとずつ再生してきやがるんだ、これが。
せめて、頭を狙えればなあ。
一度、頭を使って、頭突きみてえなことをしてきたんで、その時に目を斬りつけてやったんだが、それで、こいつちょっと警戒してやがるし。
狂ったような目をしてやがるが、こいつ頭は悪くねえのかもな。
俺に攻撃が当たらねえって気付いてからは、自分の身体にかかるの覚悟で、毒みてえなやつとか、地面や木を溶かすやつとかを吐いてきやがるしな。
こいつはやべえ、って思って、剣で払ったら、それもわずかに溶けるくらいだ。
いくらこのなまくらが丈夫と言っても、限度もあるだろう。
だが、さすがにそんな代物を自分の身体で浴びるのは、化けもんでも痛ぇらしく、それでぼろぼろになって、動きも鈍くなってきてるようだ。
それでも、だ。
そこまでしても、俺のことぶっ潰してえんだな? おめえはよ。
いいねえ、いいねえ!
やっぱり、こういう感じじゃねえとな。
だからこそ、俺も、この戦いに命をかける覚悟があるってもんよ。
「はははははっ!」
だから、俺もぼろぼろになっても、笑うことを辞めねえんだ。
命の輝きなんて上等なもんは知らねえよ。
だが、それでも、今の時分は確かに生きてるって実感がある。
それを感じるのが、ゲームの中ってのは皮肉が効いてるがな。
だからこそ、後ろから話しかけられた時は、少しばかり興ざめだったがな。
「おい、そこのあんた、ちょっといいか?」
「別に良かねえが、そういう手前は、さっきから俺らのことを見てたやつだな? 何の用だよ?」
「このままだと、危ないだろ? 手を貸すぞ」
ああ、やっぱりか、と思う。
一瞬だけ、声をかけてきたやつの姿を振り返ると、どう見てもちびっ子の嬢ちゃんが立ってるじゃねえか。
いや、目や身のこなしを見れば、俺にもわかる。
――――こいつ、強ぇな。
下手をすれば、目の前で暴れている、この化けもんの蛇よりも、か?
正直、隙を見せればやられるんでな。
あんまり、化けもんから目も離せねえんだが、それでも、己の感覚を信じるなら、こっちの嬢ちゃんの形をしたもんの方が、得体の知れない感じがした。
だからこそ、振り返らずに問う。
「せっかく、気持ちよく戦ってるところを邪魔する気か?」
「あんたが優勢だったら、ただ見てるだけだったがな。倒してくれるんなら、こっちにとっても好都合だし。だが、状況的に悪いってんなら、こんな特殊進化の個体を町の方に近づけるわけにはいかないんだよ。あたしの立場としても」
仕事だから仕方なくだ、とその嬢ちゃんが嘆息した。
ふん。
なるほど、好き好んで無粋なことをしてるわけじゃねえってことか。
ゲームの中には、ゲームの中の事情ってもんがあるのか?
そう思って、俺も苦笑する。
ここにも、世知辛い事情ってのがあるんだな、と。
まあ、俺としても、嬢ちゃんを困らせる趣味はねえ。
「わかった。そういうことなら、俺も我がままを通すつもりはねえよ。助太刀を頼むぜ」
実際、多少は強がってはいるが、長期戦を覚悟していた。
このなまくらもどこまでもつか怪しいところだったし、例の腐食によって、切れ味が馬鹿になったり、折れたりしたら、後は、この身ひとつでどうにかしねえといけなかったからな。
この身体、五体満足で自在に動くが、限界がどの辺なのか俺も知らねえし。
あんまり、鍛えられてねえとは感じたがな。
ふふ、今の俺はこの程度でちょうどいいってことか。
まったく、年は取りたくねえもんだ。
「ああ、そう納得してもらえると助かる。あんたみたいなタイプは邪魔されると怒り出すと思ってたからな」
「興ざめだが、俺も現実が見えねえわけじゃねえよ。で? どうしてくれるんだ?」
「あんた、その蛇の頭を落とせるか?」
「この、なまくらが壊れる覚悟があればな。それに、この化けもんの頭が俺の手に届く場所だったら、って話なら不可能じゃねえ。が、今のままだと高すぎる」
周りの木も軒並み倒れちまったしな。
そもそも、今の状態でも、普通に森の木よりも高いんだが、この化けもん、どこに隠れていやがったんだ?
相変わらず、毒やら色々吐いてきやがるのを躱しつつ、そんなことを考える。
「よし、あんたの言葉を信じるぞ。今から、あの蛇の動きをあたしが止める。その直後に、蛇の頭がちょうど斬りやすい高さまで下がって来たら、頭を切り落としてくれ」
「下がってきたら、だぁ? ああ、わかったわかった、そういうことならやってやるよ」
意味はわからねえが、この嬢ちゃんが何かするらしい。
なら、俺は目の前の化けもんを叩っ斬るだけだ。
いつでも斬れるように、このなまくらと意識を合わせる。
「よし……あっちも準備が整ったようだな。じゃあ行くぞ。『超水玉』!」
嬢ちゃんがそういうなり、目の前の化けもんの蛇の頭の上にものすごくでっけえ、水の塊が現れた。
何だ、ありゃ? すげえな。
その水玉が勢いよく落ちて来て、巨大な蛇の身体を丸ごと包み込むのが見えた。
いきなり、水の中に閉じ込められた化けもんが苦しんでるぞ。
「なるほど……あの水の重さで頭を落とすってことかよ」
「いや、違う、仕掛けはここからだ」
「あん?」
嬢ちゃんが、首を横に振ると、その直後にものすごい音が響いて。
同時に、化けもんの身体が下へと落ちていく――――。
――――今だ。
蛇の頭が手の届く場所にあって。
水の塊が一瞬のうちに消え失せて。
一瞬。
呆気に取られたような表情の化けもんと目があった。
まったくだ、と俺も思う。
正直、俺も訳がわからん、と。
だが、それでも、俺が成すべきこともある。
化けもんが硬直している、その一瞬を逃さず、ただ斬ることだけに集中して。
そのまま、巨大な蛇の頭を切り落とした。
 




