第10話 農民、この辺りの話を聞く
「よし、できたぞ」
「早いな!? しかも、随分と手際がいいじゃないか。へえ、正直少し驚いたな、さっき、ぷちラビット相手に緊張してたやつと同一人物とは思えないぞ」
さっき、カミュが示してくれたように、丁寧にうさぎを捌き終えることができた。
俺の目の前に残っているのは、さっきゲットできた素材と同じものだ。
で、目の前の金髪シスターはと言えば、口笛でも吹きそうな感じでこちらを見て、感心してくれた。
下手をすれば、あたしより上手いな、と。
それがちょっと嬉しい。
嫌々ながら叩き込まれた技術とはいえ、こういうところで役に立つもんなんだな、とは思う。
「さっき、手順に関してはカミュが見せてくれたしな。それに、俺が知っているうさぎとほとんど身体の構造が一緒だったからな。それなら、特に問題はないよ。それこそ、魔石とかでもあれば別だろうけど」
「はは、この辺の普通のぷちラビットじゃ、魔石は難しいだろ。石が生成されるほど、身体の中に魔素が蓄積しないぜ」
もっと森の奥の方に行かないとな、とカミュが笑うのを見て、むしろ俺の方が逆に驚く。
いや、魔石の話は半分冗談のつもりだったんだが。
この手のゲームと言えば、モンスターを倒せば、魔石みたいなものが手に入るとかどうとか、そういうものが多かったからさ。
それで話を振っただけなんだが。
え? 魔石持ちのモンスターも普通にいるってことなのか?
「やっぱり、魔石を持ってるモンスターもいるのか?」
「まあ、一部の種族か、周辺魔素の濃度が濃い場所にしかいないって思ってた方が無難だがな。特に、この辺の世界の場合はエヌのやつがちょっと弄ってるからな。モンスターが生まれやすくなってる反面、魔石持ちは少ないはずだ」
「そうなのか?」
「ああ。ま、どのモンスターにしても、魔素は身体の中を循環してるから、可能性はゼロってわけじゃないがな」
へえ、そうなのか。
というか、この辺ってモンスターが生まれやすくなってるのか。
カミュの話だと、普通だったら、それぞれの土地に生息しているモンスターってのは、倒してしまえば、増えるまでそれなりに時間がかかるそうなのだが、この辺りのモンスターはそうではないらしい。
ふうん?
要するに、倒しても、少し時間が経てばリポップするってことだろうな。
その辺は、ゲーム上の都合ってことかも知れない。
ただ、そのせいで、新しく生まれたモンスターについては、魔石が身体にできていることはほとんどないらしい。
魔素の循環とか、蓄積がどうとかって話だから、条件が必要なのかもな。
というか、だ。
「カミュ、循環ってことは、さっき集めた血液にも意味があるのか?」
「へえ……いいところに目を付けたな。ま、その辺は秘密だな。あたしも言っていいことと悪いことがあるからさ。ただ、そうだな……モンスターの血液素材を持ち込むのは、この町の教会か、薬師ギルドがらみって、覚えておいた方がいいな。他の教会支部だと、極々一部しか、その手の情報を知らないだろうしな」
たぶん、持ち込まれても困ると思うぞ、とカミュがシニカルな笑みを浮かべる。
どうも、オレストの町の教会は、『迷い人』仕様というやつらしい。
なるほどな。
「わかった。じゃあ、詳しくは聞かないが……それとは別にひとついいか? 森の奥の方だったら、魔石持ちのモンスターがいる場所もあるのか?」
「ああ、と言っても、『迷いの森』に入った辺りからだがな」
「『迷いの森』? そんな場所があるのか?」
「そうだ。何せ、この辺りは、本来だったら、魔境のすぐ側だからな」
「魔境?」
「ああ。一本の樹を中心とする大森林地帯。モンスターがわんさか生息している、魔境『グリーンリーフ』だ。千年樹が生えている中心地……森の奥地から最奥地にかけて広がっているのは、通称『迷宮森林』って呼ばれている場所で、更にその外側にあるのが今、あたしが言った『迷いの森』ってわけさ。はは、ちなみに、今あたしらがいるのは、更にずっとずっと外側だよ」
だから、まだ、この辺りのモンスターは弱いな、とカミュが笑う。
へえ、その情報は初めて知ったな。
つまり、オレストの町ってのは、その魔境『グリーンリーフ』か?
その側にある町ってことなのか。
今、カミュが説明の際に、指差した方角へと目を遣る。
オレストの町から、北の方角。
そちらには確かに、見るからに深そうな森が広がっている。
そのずっと奥には、緑色をした高い山が見える。
……って、え、山!?
「なあ、カミュ、ずっと遠くに見える、尖った緑色の山って……」
「はは、そうそう、気付いたか。あれ、山じゃないからな。あれが、『グリーンリーフ』の象徴だよ。通称、『グリーンリーフの千年樹』。まあ、千年樹って言っても、千年よりもずっと昔からあるらしいがな。どのくらいかってのはあたしも知らないし」
「マジか……」
魔境すげえな!
あれが一本の樹かよ!?
遠くから見てるせいで、規模がよくわからないんだが、下手をすれば、富士山ぐらいの高さがないか、あの樹?
屋久杉とかよりも全然育ってるし。
というか、千年ぐらいじゃ、あの大きさまで育たないとは思うんだが、その辺はゲームの世界ってことなんだろうな。
いや、製作者の人、大したもんだ。
「まあ、魔境って言っても、『グリーンリーフ』の場合はまだマシな方さ。少なくとも、住んでいるモンスターの中には話が通じるやつもいるしな。そうでなかったら、とっくの昔に『無限迷宮』の仲間入りしてるはずさ」
「えーと……『無限迷宮』ってなんだ?」
「一応、教会が定めているんだが、数あるダンジョンの中でも、踏破難易度が高いものを『無限迷宮』って呼んでいるんだ。なるべくその場所には近寄らないように、って警告も兼ねてな。そうだな、今ある『無限迷宮』について教えてやろうか」
カミュによると、現在、『無限迷宮』として認定されているのは六ヶ所だそうだ。
エルフの街の側にある『大樹海』。
英霊たちが眠る場所『戦闘狂の墓場』。
伝説生物が闊歩する島『幻獣島』。
通称、神界入り口『空中回廊』。
フードモンスターの巣『闇鍋』。
海底深部の神聖地帯『海神殿』。
以上の六つ、と。
どれもこれも、冒険者と言えども近づくべからず、って場所なのだそうだ。
つまりは、高レベルになったら挑戦する場所ってことか?
ゲームとかでよくある、普通の攻略とはあんまり関係ないダンジョンなのかも知れないな。
「フードモンスターってのは何だ?」
「塩でできたゴーレムとか、酒の味がするスライムとか、そういうモンスターのことだ。倒すと食材になったり、そのまま食べられたりするらしいな」
「へえ、そんなのもいるのか?」
「って、言っても、教会でもまだほとんど研究が進んでいない謎のモンスターだがな。ちょっと目撃例が少なくて、よくわからないのが現状だ。『闇鍋』はそもそも周辺が危険地帯だから、たどり着くのが難しいしな」
だから、場所に関しても伏せている、と。
中に生息しているフードモンスターも強いらしく、ある意味で、その『闇鍋』っていう名のダンジョンは封印状態なのだそうだ。
響きだけ聞けば、食の理想郷みたいな感じなのにな。
いや、何が入っているかわからない、って怖さもあるけどさ。
「とにかく、『迷いの森』から奥には、『グリーンリーフ』の管理人みたいなモンスターもいるからな。そいつらは攻撃するんじゃないぞ。さっき注意した、友好的なモンスターってやつだ。もし、敵意を持たれたら、森が全部敵に回るからな。そうなったら、襲い掛かってくるのは、はぐれモンスターだけじゃなくなる」
「気を付けるよ……と言っても、その友好的なモンスター、か? どうやって見分ければいいんだ? さっきのぷちラビットも違ったんだろ?」
ある意味で、見た目は愛くるしかったぞ、このうさぎ。
もっとも、こっちに気付くなり、いきなり体当たりをしてきたけどさ。
「とりあえず、目を見ろ。敵意があるかないかが目安になる。それに、心配しなくても、相手が興奮状態で襲ってきた場合は、仮に友好的なモンスターが相手でも、それで倒して罰せられるってことはないしな。ステータスと冒険者ギルドカードにログが残るから、それで、無罪証明になる」
あ、なるほど。
友好的な種族でも、攻撃されたらその限りじゃないってことか。
まあ、そりゃあそうだよな。人間同士のPvPとかもあるだろうし。
「よし、じゃあ、そろそろ行くか。引き続き、ぷちラビットを倒しつつ、奥に進むぞ。ノーマルボアがいる辺りまでな」
「わかった」
ぷちラビットの素材をカミュのアイテム袋へとしまい込んで。
そのまま二人で森の方へと向かった。
『グリーンリーフ』について。
千年樹→迷宮森林→迷いの森→普通の森→森の外側(オレストの町含む)。
中心から外側にかけて、こんな感じに区分けされています。
 




